「東京」を歌ったロック/ポップソングの名曲14

あなたの思い描く「東京」はどんな街だろうか。一人ひとりの抱く「東京」の情景は、明るかったり、暗かったり、それぞれ違うと思う。では、ミュージシャンたちが描いてきた「東京」は、どのような街だったのか――あなたの目に映る「東京」とも照らし合わせながら、この全14曲をもう一度聴いてみてほしい。きっとそこには、キラキラした未来とか、過去への後悔とか、泥臭い希望とか、いろんなものが剥き出しのままに、14の全く違う「東京」の街が音楽として存在しているはずだ。


①ピチカート・ファイヴ/“東京は夜の七時”(1993年)

時はまさに「渋谷系」という呼称が生まれる時代。大型外資系レコード店が次々オープンし、またファッション/カルチャー面において温故知新の60’s/70’sリバイバル現象が巻き起されていた頃(サンプリング文化を含め「新しさ」の概念が書き換えられる時代だった)、古今東西のポップミュージックを貪欲に取り入れてより斬新なフォーミュラを築き上げるアーティストたちは、東京の華々しく目紛しい躍動感そのものを担っていた。アイコニックなビジュアルと歌声を持つ野宮真貴は、当時のダンスムーブメントともシンクロするこのナンバーで、ワクワクするような東京の夜の入り口に立った。

②エレファントカシマシ/“東京の空”(1994年)

エレカシ通算7作目となるアルバムのタイトルチューンで、13分近くにも及ぶ大作。ソリッドでありながら重々しく続くロックのグルーヴ、そして狂気に触れんばかりのフリーキーな哀愁を振りまくトランペット演奏が全編にフィーチャーされ、宮本浩次(Vo・G)の歌とせめぎあう構成になっている。《ああ 街の空は晴れて ああ 人の心晴れず》という歌い出しの一行で、心象だけでなく長尺の理由までも鮮やかに説明してしまう点がすごい。こんなふうに見上げる東京の空は、どれだけ多くの人々の哀しみと記憶を吸い上げてきたのだろうか。

③くるり/“東京”(1998年)

3ピースバンドとしてシーンに登場したくるりの、メジャーデビューシングル曲。彼らのソングライティングは、当時から日本語ロックの粋を踏まえた成熟ぶりを見せていたが、“東京”は胸にスッと入り込んで情感を膨らませるキャッチーさを兼ね備えた、珠玉の上京ソングだ。故郷にいる《君》への届かぬ手紙のような、胸を焦がす思いと同時に一気に溢れ出す激しいギターリフの音響。幾多の気鋭バンドを手がけてきた佐久間正英がプロデュースしており、鮮烈なエモーションと90年代オルタナティブの感性、日本語ロックの経験が見事に合致している。

④椎名林檎/“丸の内サディスティック”(1999年)

歌詞の中に新宿は出て来ないが、“歌舞伎町の女王”と並んでデビュー当時の椎名林檎が「新宿系」と語られる所以になった一曲だろう。シングル表題曲ではないにも関わらず、東京事変もライブレパートリーにしていた鉄板の人気曲だ。ロックファンをときめかせる歌詞フレーズの数々と、エロティックな深読みを誘う言葉遊び、そして丸の内線沿線の駅名が次々に飛び出す物語が、猥雑でタフなディープトウキョウのバイタリティを掘り起こしている。90年代オルタナティブ的でありながら、青江三奈や藤圭子らのご当地歌謡にも通じるテイストを宿した東京ソング。

⑤桑田佳祐/“東京”(2002年)

桑田佳祐が原案を手掛け、自らタクシードライバーに扮するサスペンスドラマ仕立てのMVも秀逸(フルバージョンMVは映像作品に収録)。『波乗りジョニー』、『白い恋人達』に続き通算8作目のシングルとしてリリースされた。三拍子とヘヴィ&ブルージーなギターサウンドが織り成す、大人びた悲恋が歌い込まれている。《去かないで向日葵/この都会の隅に生きて/世の痛みに耐えて咲いてくれ》と、離れていった恋人の身を案じる主人公の思いは、MVのドラマの中で無残にも引き裂かれてしまった。愛や夢の裏側に、いつでも底なしの泥沼が顎門を開いている。東京=入り組んだ人間模様の残酷な一面を捉えたナンバーだ。

⑥銀杏BOYZ/“東京”(2005年)

2005年に銀杏BOYZが2作同時リリースしたアルバムのひとつ『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』を締め括る、ミドルテンポの美しいロックナンバー。ひしゃげた爆音ギターの向こうから届けられるハーモニーコーラスが素晴らしい。《僕が歌うことは全部君が僕に教えてくれたものさ/ふたりを通り過ぎたなんでもない毎日が/僕にとってはそれこそが歌になるのさ》。誰かと誰かを出会わせる街、東京。ときには引き止めもせず誰かを見送る街、東京。無数の「誰か」の物語に埋もれたくないから、渾身の思いを込めた歌は生まれ来るのかもしれない。

⑦YUI/“TOKYO”(2006年)

ソリッドなロックチューンから彩り鮮やかなポップスまで、多様な楽曲を世に送り届けたソロ時代のYUIだが、この“TOKYO”に触れると、胡座を掻いてアコギを抱える彼女のベーシックスタイルが一瞬で瞼の裏に蘇る。アッケラカンとしながらも凛とした、YUIを最も「近く」感じさせるスタイルだ。シングル表題曲には珍しい外部提供曲(COZZiの作曲)だが、YUIは歌詞に《何かを手放して そして手に入れる/そんな繰り返しかな?》と綴った。上京という人生の大きな分岐点に、夢や希望だけでなく「喪失の覚悟」が横たわっているというリアリティ。そこに踏み込むことができていたから、彼女の歌は多くのリスナーの信頼を得ていたのだろう。

⑧チャットモンチー/“東京ハチミツオーケストラ”(2006年)

チャットモンチー初のフルアルバム『耳鳴り』の幕開けを告げる上京ソングで、作詞・福岡晃子、作曲・橋本絵莉子。《ハチの巣みたいだ 東京/働きバチの行列だ/私はまだやわらかな幼虫/甘い甘い夢を見てる》という可愛らしくも技ありなコーラスが印象的だが、メロディを巧みに切り替えて進む曲調といい、ドラマティックに膨らむロックサウンドといい、末恐ろしい怪物バンドの片鱗を覗かせている。プロデュースはいしわたり淳治。アルバム曲でありながら、目下の最新ベスト『BEST MONCHY 1 -Listening-』にも堂々収録されている。

⑨サカナクション/“モノクロトウキョー”(2011年)

人は環境に馴染み、慣れ、そして飽きる生き物だ。明るく彩り鮮やかな夢を、煌びやかな都市と重ねて思い描いていたとしても、日々はそこから色彩を奪ってゆくことだってある。《東京/モノトーン/憧れ/フルカラー》。山口一郎(Vo・G)の歌声はくぐもったディレイと共に鳴り響き、退屈と苛立ちを振り払うように昂ぶったコーラスへと向かってゆくのである。ダンスポップだって、いつも明るく楽しいとは限らない。文学的にエモーショナルに生身の人間の心情を切り取る、サカナクションの真髄がこの東京ソングにはある。

⑩サザンオールスターズ/“東京VICTORY”(2014年)

バレーボールのTV放送テーマソングに起用された経緯もあるが、その歌詞はやはりリリース前年に開催が決定した2020年の東京オリンピックを想起させるシングル曲。日本の高度経済成長期にあたる1964年東京オリンピックを幼少期に体験した世代のサザンオールスターズが、環境の変化と社会の混迷、東日本大震災後の現実も丁寧に織り込みながら、《みんな頑張って》と力強いエールを贈っている。ここで歌われているVICTORYとは、誰にとってのVICTORYなのだろうか。チャントの逃れがたい高揚感の中で、向かうべき未来を考えさせてくれるナンバーである。

⑪きのこ帝国/“東京”(2014年)

インディーズ時代に発表したシングル曲で、アルバム『フェイクワールドワンダーランド』のオープニングを飾っている。それまで、激しくも痛ましい内省の轟音ロックを鳴らし、歌っていたきのこ帝国が、繊細な感受性を維持しながらも、何か吹っ切れたように表現の幅を押し広げていったことが印象的なナンバーだ。《日々あなたの帰りを待つ/ただそれだけでいいと思えた/赤から青に変わる頃に/あなたに出逢えた/この街の名は、東京》。そのラブソングは、みるみるうちにファンを増やしてゆく、きのこ帝国のライブの光景にもぴったりと嵌っていた。ときに世界がひっくり返るような奇跡的変化さえもたらす、出会いの東京ソング。

⑫Perfume/“TOKYO GIRL”(2017年)

まず、Perfumeはずっと新しい世代の少年少女に向き合い続けている点が素晴らしいと思うのだけれど、この“TOKYO GIRL”がテーマ曲となったコミック原作のドラマ『東京タラレバ娘』のヒロインたちは30代で、立派な都市生活者である。娘=GIRLの語が指すレンジの広さがキモだ。音の行間が空いた導入部からアップリフティングなコーラスまで、中田ヤスタカはオリエンタルなメロディの情感と哀愁を忍ばせており、大人もグッと来る見事なフューチャーハウスに仕立て上げられている。都市生活者たちの心の空隙を埋め、励ますエール。全世代の娘=GIRLたちに届くべき歌である。

⑬King Gnu/“Tokyo Rendez-Vous”(2017年)

クラシカルな旋律からベースミュージック以降のグルーヴ感、エクスペリメンタルなサウンドデザインまでバンド演奏に織り込み、異端児のまま今まさにメインストリームを突き進むヌーの王。常田大希(G・Vo)によるふんぞり返るほど挑発的な拡声器ボイスと、井口理(Vo・Key)が美しく狂おしい歌声でリードを取る《この身一つを投げ出して/キザなセリフを投げ売って/触れてみたいの/見てみたいの/トーキョー》というフックは、スクランブル交差点でバラバラな方向に行き交う孤独な人々を一斉に振り向かせる。ロックはエゴイスティックなぐらいでちょうどいい、ということを思い出させてくれた東京ソングだ。

⑭フジファブリック/“東京”(2019年)

生まれも育ちも神奈川県の筆者にとって、実は東京は「お出かけする場所」という微妙な距離感がある。十代の終わりに訪れた渋谷系はお洒落すぎて今ひとつ馴染めなかったし、上京ソングの名曲たちの意味も正確に汲み取れているのか心配だ。フジファブリックには、志村正彦(Vo・G)が郷愁を込めた不滅の上京ソング“茜色の夕日”がある。しかし、傑作最新アルバム『F』を締めくくる“東京”は、現代東京を生き、そして励ましてくれる先輩肌の極上ディスコロックになった。数え切れないほどの夢を抱え込み、あたかも東京の街そのもののような包容力で力強くグルーヴしている。ちょっと、東京で生きる人々が羨ましくなる一曲である。(小池宏和)
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