サカナクション『834.194』を聴いた

サカナクション『834.194』を聴いた - 『834.194』6月19日発売『834.194』6月19日発売
素晴らしい傑作アルバムだ。
一言でその素晴らしさは言えないのだけれど、まず一つ言えるのは間違いなく6年かけて作られたアルバムであるということだ。
6年かかってしまったアルバムではない。
このアルバムのために必要な試行錯誤を、焦ることなく、休むことなく、曲げることなく、溢すことなく、紡ぎ続けて作られるべきアルバムが作られた。
一つも嘘がなく、一つも過剰なところがなく、一つも塗り残しがなく、一つも代用可能なところがなく、一貫性と秩序を持って流動し続ける一つの世界が描かれている。
それにどれくらいの時間がかかるかは山口一郎も、他のメンバーもわかっていなかったかもしれないが、恐らくこのアルバムが形になるまで6年という時間がかかることは最初から決まっていた。
ただ、それをやり遂げることは並大抵のことではなかったはずだ。
でも、このアルバムにはその困難さを前に挫折したり中断したり近道をしたり創作の呼吸が乱れた跡が全く残されていないのだ。
そこがまず素晴らしい。
村上春樹が小説を書くことについて書いたエッセイで「時間によって勝ち得たものは、時間が証明してくれるはずだ」と書いていたけれど、まさにこのアルバムが時間によって勝ち得たものは、時間が、ポップ・ミュージックとしての通常の耐久力を超えた聴かれ方として証明することだろう。

もう一つこのアルバムの凄いところをピックアップするなら、その強い耐久力で、僕たちの生活の至近距離にある感覚を音楽によって震わせる力を持っているところだ。
「ピーナッツ」「湯呑み」「口に入った砂」「リキッドルーム」「茶柱」「レシート」——言葉の手触りとして半径が狭いところにあり過ぎて普通なら歌詞に使われる頻度はだいぶ低いであろう単語の連なりが、それに対応する音の連なりと鎖のように絡まって、時間と距離と生命の壮大なループをありえないくらいクッキリと感じさせてくれる。

今回、あまり音楽雑誌等のインタビューを受けない予定だということを山口一郎がラジオで発言していたけれど、その気持ちもわかる気がする。
さんざん誠実に逃げることなく自分が作る音楽にインタビューされ続けた結果がすべてこのアルバムの中でつまびらかにされているという感じがするからだ。
サカナクションにインタビューをするのは大好きだけど、まずはこのアルバムの中に何もかも吐き出された感覚と物語と真理を純粋に味わい尽くしみようと思う。
そしていつかじっくり『834.194』を語り合いたい。(古河晋)
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