【ライブレポート】トゥール、19年ぶりの単独来日公演――聴覚と視覚をジャックする“究極のライブ体験”を全文掲載

【ライブレポート】トゥール、19年ぶりの単独来日公演――聴覚と視覚をジャックする“究極のライブ体験”を全文掲載

今現在、僕は「言葉では言い表せない体験をしてしまった(語彙力)」とでも書いて逃げ出したくなるような気分のなかにいる。ここで書かねばならないのは当然ながら12月11日にKアリーナ横浜で目撃したトゥールの来日公演についてだが、そこで自分が何を味わったのかを説明することはおろか、その場での時間経過について綴っていくこと自体が限りなく不可能に近い。正直、「すごかった」「途轍もなかった」で済ませたいというのが本音である。

しかし当然そんなわけにもいかない。まず事実関係について整理しておくと、トゥールにとって日本上陸は『Ozzfest Japan 2013』以来約12年半ぶりであり、単独公演の実施は実に2007年以来ということになる。そして彼らの現時点での最新アルバムは依然として2019年発表の『フィア・イノキュラム』のままである。今回の来日公演は『パシフィックリム(環太平洋)ツアー』と銘打たれたツアーの一環としてのもので、そのタイトルが示す通り、彼らはニュージーランド、オーストラリアでの公演を経てこの国への帰還を果たしている。

そして『フィア・イノキュラム』をそのままタイトルに掲げたツアーはとうに終了しているが、このツアーがその流れを汲むものであることは間違いない。それは今回の公演のメインビジュアルに、同作品のブックレットでも使用されていた千手観音のような骸骨が用いられていることからも明らかだ。本誌12月号に掲載のインタビューのなかで、ギタリストのアダム・ジョーンズはすでに次なるアルバムの制作が始まっていることを認めているが、2025年12月という時制は彼らにとって、次作に向けての序章というよりは『フィア・イノキュラム』からの流れの締め括りにあたるものと思われる。そして実際、それを裏付けるかのように、この日のステージは同作の表題曲で幕を開けた。しかも午後7時の開演定刻ぴったりに。

彼らが同作を軸としつつもさまざまな時代の楽曲を盛り込みながらすべての演奏を終え、ステージから姿を消したのは午後9時を15分ほど過ぎた頃のことだった。ただ、その瞬間までの経過について順を追って報告することは容易ではない。無理やりにそれを実践するとなれば、僕は演奏曲目順に沿いながら、各曲にどのような映像が伴っていたかを説明することにならざるを得ないし、アダムの手によるものであるはずのその映像自体についても形容しがたいものがある。左右の幅が広いKアリーナのステージの背景全面を覆いつくすほどのスクリーンに映し出されたそれは、楽曲の世界観を強調する演出材料というよりは、オーディエンスを摩訶不思議な世界へと引きずり込む効力を持ったものだった。

そして、果てしない宇宙のようでも底なし沼のようでもある映像を背にした4人は、各々の持ち場から大きく動くことも、目立った動きをすることもない。なにしろフロントマンと呼ばれる立場にあるメイナード・ジェームス・キーナンの定位置はステージの上手後方、つまりドラムの横にあり、ステージの前線に歩み出てくることがない。手数も足数も多いダイナミックなドラミングを披露する大柄なダニー・ケアリーの姿はそれだけで目立つし(アンコール時ではあったが、彼にだけはスクリーンに大写しになる場面もあった)、「その音はギターじゃなくベースだったのか」と思わせる瞬間をたびたび提供するジャスティン・チャンセラーは衝動的な激しい動きをみせるが、アダムはむしろ淡々と楽器との対話を続けている。つまり、普通ならば目立つはずのポジションにいるメンバーほど動きに乏しく、メイナードに至っては敢えて照明が当たらない位置に立って歌唱に専念しているようにも見えるのだ。だから「何曲目のイントロで誰某がこんな振る舞いをした」というライブレポートにありがちな記述が、ほとんど成立しないのである。

さらに付け加えるならば、映像こそ色鮮やかではあるものの場内はあくまで暗いため、観覧中にメモを取ることも不可能に近かった。ただ、仮にそれが可能な環境にあったとしても、その音楽と映像、照明効果が織りなす世界に没入していた僕は、その場であれこれ書き留めることを放棄していたに違いない。それほどまでに、途中で抜け出すことを許さない空気がそこにはあった。もちろん、息苦しかったという意味ではない。ある種の束縛のなかで、僕はこの上ない快楽を味わっていたのだ。

改めて実感させられたのは、トゥールの芸術が、両極端な二面性のもとで成り立っているということだった。いわばきわめて複雑、難解そうでありながら実はプリミティブで、無限の広がりを持っていながら体内の神秘を探っていくような内向きの奥深さがあり、メカニカルなようでいて非常に肉体的なのだ。4人の異なった人間による緊張の糸を張り詰めた状態での演奏と歌唱は、正確無比でありつつも再現性の高さに正解を求めるものではなく、あくまで彼らの快感の重なる場所をみつけるための旅として繰り広げられているのだと思えた。つまりこのバンドの音楽が一筋縄でいかないのは、それが意図的に複雑に編まれているからではなく、複雑なものを抱えた者同士があくまで有機的に交わり合っているからなのではないか。だからこそ複雑怪奇で混沌としていながら、ごくシンプルな興奮と快楽をもたらすのではないだろうか。僕はそこに改めて気付かされたのだった。そしてふと思ったのは、プログレッシブという言葉で分類されてきたロックは、そもそもそういうものだったのではないか、ということだった。

そして重要なのは、底なし沼の興奮は時間感覚を麻痺させるということだ。実際、この夜のステージは本編終了からアンコールまでの12分間のインターバルを含めて約2時間15分にも及んだが、最後の最後、すでにメイナードが去ったステージ上で他3人のメンバーたちが、それまで袖にいたダニーの子供たちと共に客席に挨拶をする光景を目にするまでの時間経過は、あっという間のように感じられた。それほど純度の高い没入感のなかに僕が閉じ込められていたということだろう。

演奏プログラムは、オーストラリアでの単独公演とフェス出演時のメニュー内容をミックスしたかのような構成になっていたが、そこにはずっと遠ざかっていた日本のオーディエンスに対する配慮のようなものも感じられた。僕は2007年の来日時にアダムに話を聞いているが、その際、彼は、欧米と同規模のステージセットや演出内容を伴った状態での公演が叶わなかったことをとても悔しがり、それを実現させることが彼の夢のひとつだと力説していた。その意味で今回は、トゥールの日本公演が初めて彼ら自身の望む形で実現した記念すべき機会となったといえる。だからこそ終演間際にメイナードの口から聞こえてきた「また、じきに会おう」という言葉を信じたいところだし、次作に伴う時間の流れがここ日本から始まる可能性もあるのではないか、という期待感が僕のなかでは頭をもたげ始めている。

文=増田勇一


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