客のほとんどが四十代以上の男性、開演前のBGMで、すでに手拍手が起きるくらい盛りあがっている。今の若いロック・ファンは知らない可能性があるが、一九六〇年代フーは、ローリング・ストーンズ、ビートルズと並んで、三大ロック・バンドと呼ばれていた。その伝説のバンド、フーが初めて日本で単独コンサートを行うのである。二〇〇四年にフェス出演があったとはいえ、この単独コンサートは、日本の洋楽ファンにとっては一種の歴史的事件といえる。
その期待にフーは十分に応えてくれた。代表曲のほとんどが演奏され、ギターのピート・タウンゼントはグルグルと腕を振り回す得意のポーズを決めてくれたし、ヴォーカルのロジャー・ダルトリーもマイク・コードを自在に操るステージ・アクションをたっぷりと見せてくれた。まさに、僕達が見たいフーがそこには居た。しかもピートのギターは、よりソリッドにエッジの効いたものになり、ロジャーのヴォーカルも衰えを感じさせない素晴しいものだった。
フーにはいつも栄光と悲劇が共存しているバンドというイメージがある。メンバーの半分がすでに亡くなっているという事もあるが、高い人気を得ながらも、常にそれに苛立ち、その人気の中にある誤解と闘っていたような気がする。それはピートが一種の狂気の人であったからかもしれない。だからこそ、未だにあのソリッドなギターが弾け、ステージから強いオーラを放つ事ができるのだろう。
今、フーにはひょっとすると苛立つものはないのかもしれない。バンド史上、最も安定した時期を迎えているのではとも思う。しかし、その安定が何か切なさを生んでいるところが、まさに悲劇なバンド、フーなのかもと思いながら観ていた。
2008年11月17日 日本武道館
(2008年11月26日 日本経済新聞夕刊掲載)
日経ライブレポート「ザ・フー」
2008.11.29 13:00