日経ライブレポート「ポール・マッカートニー」

最新作「エジプト・ステーション」はポールとしては36年ぶりに全米1位を獲得した作品となった。その新作をひっさげてのツアーである。でも1曲目はビートルズの「ハード・デイズ・ナイト」、新作からの演奏は3曲だけ、全36曲のうち半分以上がビートルズ・ナンバーだった。

少し倒錯した表現になるかもしれないけれど、だからこそポールは76歳になっても全米1位のヒットアルバムを作ることができるのだと思う。ポップアーティストとして老いることがないのだ。

毎回、ポールのライブは楽しい。それは観客の聴きたい曲をしっかり演奏してくれるからだ。惜しげもなく投入されるビートルズやウイングス、ソロのヒット曲の数々。それは観客への最高の贈り物だ。ポール自身は新作からもっと演奏したいのかもしれない。でも、そうしたミュージシャンとしてのエゴより、お客さんの欲望に誠実に向き合う方が、ポップミュージシャンとして正しい姿勢であることをポールは知っているのだ。

彼の表現者としての目線は常に時代や状況に対し敏感であり誠実だ。新作はポールらしいポップなメロディーを、時代を反映したモダンな音が支える傑作となった。流行の音を取り入れたものではないが、時代の空気を感じさせるサウンドになっている。

アンコールの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」から「ヘルター・スケルター」の流れが素晴らしかった。最新型ロックの高揚感があった。50年以上前の曲を演奏しながら今を感じさせるポールのライブの奇跡は、常に聴き手の欲望と正面から向き合う彼の姿勢が生んだものだ。
10月31日、東京ドーム。

(2018年11月13日 日本経済新聞夕刊掲載)
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