昨日まで世界中の誰もが知っていたザ・ビートルズを、今日、自分以外の誰も知らなかったらーーそんな楽しい妄想が捗りすぎる「if」の物語として話題の『イエスタデイ』がついに本日公開となった。エド・シーランが本人役で、しかも非常に重要な役回りで登場するなど垂涎のネタが満載の本作。ここでは特に注目の5つのポイントをまとめてみました。
ビートルズ関係者の全面協力で蘇る名曲の数々
主人公のジャックは売れないミュージシャン。音楽ではどうにも食っていけず、夢を諦めようとしていた矢先、彼は交通事故にあってしまう。そして病院で目覚めた時、なんとそこは「ビートルズが存在しない世界」になっていた! 自分だけが知っているビートルズの名曲の数々。ジャックがそれを自分の曲として歌ってみると、当然のごとく瞬く間に大人気に!――そんな夢物語の本作にはもちろんビートルズの楽曲が欠かせなかったわけだが、今回はポール・マッカートニーやリンゴ・スターら関係者から楽曲の使用が全面的に許されたことで、物語の全編にわたって“Yesterday”が、“Hey Jude”が、“In My Life”が、とにかく様々なタイプのビートルズのナンバーがふんだんにフィーチャーされている。
本作を「ビートルズへのラブレター」だと語った監督のダニー・ボイルの熱意が通じた格好で、しかもジャックのビートルズ・ナンバーの演奏シーンの撮影は口パクではなく、実際のライブ・パフォーマンスとして撮られているという拘りっぷりだ。主演のヒメーシュ・パテルはオーディションでその歌のスキルを見込まれて抜擢されたというから、ボイルがいかにリアリティを重要視していたことがうかがえる。だからこそ「今、初めてビートルズを知る」人々の生々しい興奮が活写されているのだ。
名曲のライブ・シーン以外にもビートルズへのオマージュは満載だ。重要なシーンで“A Day In The Life”のオーケストラ・サウンドを思わせる音響が使われていたり、ジャックのデビュー・アルバムのアートワークがポールやジョンの実際の写真のパロディになっていたり。あの「屋上ライブ」をヒントにしたシーンや、ジャックが「作曲のインスピレーションを得るために」リバプールのビートルズの聖地を巡るシーンも。とにかくそこかしこにボイルのビートルズ愛が込められている。
エド・シーラン、自虐ネタも辞さず本人役を熱演!
ジャック(ビートルズ)の曲を聴いて真っ先にその素晴らしさに気づき、彼を自分のツアーのオープニング・アクトに抜擢するのがエド・シーランだ。本人を演じるエドはファンタジーと現実の交差地点でそのふたつをしっかり結びつける重要な役回りを担っている。ちなみにジャックはエドの出身地のサフォークで暮らしているという設定なのだが、サフォークのような小さな街からスターが登場するという本作の夢物語が、エドの出演によって「夢じゃない」という説得力につながっているのも面白い。
前座に抜擢したジャック(ビートルズ)の曲が素晴らしすぎて、自分のパフォーマンスや曲が霞んでしまうという損な役回りでもあるのだけれど、赤毛を自虐したり、ラップのスキルをいじられたりと、その役回りを嬉々として演じているエドの大らかさは、現在トップのシンガーソングライターである自信と余裕の賜物なのかも。曲作りの真髄や普遍的なメロディを追い求めるソングライターの孤独をふと漏らすシーンも、エドが演じたからこそ真実味を帯びているのだ。
https://youtu.be/YL9aArPRKX8
ダニー・ボイルとリチャード・カーティス、水と油にも思えるふたりのクリエイターを結びつけたビートルズ
前述の通り、本作の監督はご存知『トレインスポッティング』や『スラムドッグ$ミリオネアア』で知られるダニー・ボイル。そして脚本は『ノッティングヒルの恋人』や『フォー・ウェディング』などで大ヒットを飛ばしてきたリチャード・カーティスだ。ラブコメの名手として名高いカーティスと、「僕はラブコメで失敗している」と自嘲するドイルはほぼ真逆の作家性を持つふたりだと言える。そんなふたりが本作の制作としても手を携えることができたのは、そこにビートルズへのあふれんばかりの愛という共通項があったからだろう。
ちなみにカーティスの書く物語の主人公はたいてい恋に奥手なモラトリアム男で、そんな主人公にはしばしば変わり者の友達がいて、変わり者の友達はピンチの時には心強いバディと化す。そういうお約束は本作でも健在で、『イエスタデイ』はファンタジックな音楽映画でありながら、同時に気楽に観られるラブコメでもある。
ビートルズと対象化され、風刺される現代のポップ・ミュージック
ジャック(ビートルズ)の曲は瞬く間にネットで拡散され、膨大な「イイネ!」を獲得しながら動画の再生回数が跳ね上がっていく。その超高速のバズはビートルズの楽曲が持つ普遍性を証明しているのだが、同時にビートルズの楽曲が凄まじい勢いで消費されていく、妙な危機感を観客に与えるものでもある。実際、本作はビートルズという究極の普遍性と対照化させることで、現代のポップ・ミュージックのあり方に対する批評、風刺になっているのも興味深い点なのだ。
彼らはあくまでもビートルズを知らない。彼らの曲が50年聴き継がれてきたなんて思いもよらないから、「そのアルバム・タイトルじゃ売れない」「『ホワイト・アルバム』?(人種問題的に)ありえない!」「“Hey Jude”はちょっとピンと来ないな。“Hey Dude”のほうが売れるんじゃない?」などなど、ジャックからしたら神をも恐れぬ発言がバンバン飛び出る。また、ジャックは出演したトーク番組のホスト(こちらもジェームズ・コーデンが本人出演)に「あなたが本当にひとりで書いてるんですか? 普通は大勢で書くでしょ?」と疑われる(という夢を見る)。そう、ホストが疑うのが「盗作」に加えて「ひとり」で書いていることだというあたりにも、ポップ・ミュージックの分業化が当たり前になった現在の状況が映し取られているのだ。
音楽ファン、特にUK&インディ・ロック・ファンにはたまらない小ネタが次々と!
この手のポップ・ミュージックを題材にした映画のお約束と呼ぶべきか、本作のあちこちに散りばめられた音楽トリビアの数々は、とりわけUK&インディ・ロック・ファンのお楽しみになっているはず。ジャックの部屋にペタペタ貼られまくったポスターやレコード棚のラインナップは一時停止して観たくなるし、彼と友人たちとの会話の端々でいきなりマニアックなバンドの名前が出てきたり、あのバンドのあの曲が理不尽にディスられていたりでいちいちニヤニヤしてしまうのだ。
ちなみに、本作で世界から消えてしまったものは実はビートルズだけじゃない。例えば、ビートルズの巻き添え(?)を食らって某バンドも消えていることが判明する(ジャック曰く「なるほど、傾向が見えてきたぞ」)。そう、ビートルズと一緒に消えるなんて光栄だと思っていそうな、あのバンドです。(粉川しの)
●映画情報
『YESTERDAY』(原題)
監督:ダニー・ボイル
製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、マット・ウィルキンソン、バーニー・ベルロー、リチャード・カーティス、ダニー・ボイル/製作総指揮:ニック・エンジェル、リー・ブレイザー
出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ、ケイト・マッキノン、エド・シーラン(本人役)
配給宣伝:東宝東和 ©Universal Pictures
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