心のフリータウンを探して

ブラッド・オレンジ『フリータウン・サウンド』
発売中
ALBUM
ブラッド・オレンジ フリータウン・サウンド
ブラッド・オレンジことデヴ・ハインズが自らのアイデンティティを求めて彷徨う、壮大にしてモダンなインディ・オペラと呼ぶべきアルバム。性や人種・民族といった彼の自我を巡るストーリーが渦を巻き、楽曲群がシームレスに連なりながら、ゲスト(超メジャーな人から新進気鋭の女性アーティストたちまで)と対話を繰り広げるようにアルバムは進む。アイデンティティに思い悩む人が優れた自己表現を達成することはあるが、デヴ・ハインズが抱え込んだ業はこれほどまでに深いものだったのかと思い知らされる。テスト・アイシクルズやライトスピード・チャンピオン名義での活動を経て、なぜ彼がロンドンからNYに渡ったのか。その辺りの経緯も透けて見えてくるディープな内容だ。

名義や表現スタイルの変遷を経て、今や売れっ子プロデューサーとなった彼が、≪僕が欲しかったものはチャンスだけだ≫(“チャンス”)と歌うのは重みがある。或いは、80年代エレクトロのトラックにデボラ・ハリー(ブロンディ)を招いた“E.V.P.”では、≪生き方を選ぼうとしても、それで人生が成り立つわけじゃないさ≫という悲しい達観が伝えられる。サウンドは作品ごとにリッチさを増し、カーリー・レイ・ジェプセンやネリー・ファータド、エンプレス・オブらの豪華客演もあるが、安住の地はない、とばかりにエレクトロ・ポップの個性を加速させている。美しいほどに哀しいアルバムだ。なお「フリータウン」とは、父親の故郷である西アフリカの国シエラレオネの首都なのだそうだ。(小池宏和)
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