奈落から、絶頂へ

ビョーク『ユートピア』
発売中
ビョーク ユートピア
約3年ぶりとなる最新作は、既報のとおり、ビョークに訪れた新たな恋やそれがもたらす幸福感がテーマになっている。パートナーとの別離が動機となった前作『ヴァルニキュラ』とは見事に対照的で、引き続きアルカをプロデューサーに迎えているものの、そのサウンドから受ける印象はまるで別物だといっていい。

前作でその悲劇を彩ったインダストリアル/ドローンの意匠は、ほとんど後景に失せている。代わりに耳を引くのは、クリスタルのように澄んだ電子音、壮麗な笛の音、そして所々に挿し込まれた鳥の囀りなどの自然音。ビョークの歌声もとてもナチュラルで、雄々しさと穏やかさに溢れている。加えて、フルートとエレクトロがシンコペートするダンサブルな⑦以降のアルバム中盤では、アルカらしい攻撃的なプロダクションが前景化する場面も。チョップも織り交ぜて不穏な揺らぎを見せる⑧、ガバ風の圧迫感のあるビートで攻める⑨は白眉だが、しかし、終盤に向かって楽曲のトーンは再び厳かさと眩い高揚感に満たされていく。過去の作品では『ヴェスパタイン』に手触りは近いが、何よりもビョーク個人のパーソナルな部分から湧き出すポジティブで開放的なモードが感じられるところが本作の特徴だろう。

前作と本作は、いわばコインの裏と表の関係。陰と陽を並べることでビョークの音楽が生まれる根源=太極を描いた上下巻ともいえそうだし、両作品は互いに引き立て合う間柄にあるようにも感じられる。この「理想郷」の先にビョークが描く新たな世界が早く見たい。(天井潤之介)
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