悲しみと喜びを抱えこんだ人生の、最新ストーリー

アリアナ・グランデ『スウィートナー [デラックス・エディション]』
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ALBUM
アリアナ・グランデ スウィートナー [デラックス・エディション]

アリアナ・グランデ通算4枚目となるアルバムは、そもそも前作『デンジャラス・ウーマン』のワールド・ツアーが始まる以前の2016年後半に制作がスタートしていたが、周知のとおり、前作ツアーは昨年5月のマンチェスター公演における爆破事件で大きな悲しみに包まれることになった。アリアナは即座に、犠牲者・遺族のためのチャリティー・コンサート「One Love Manchester」開催を決行する。アーティストとしては、深い精神的ダメージを負ってしばらく活動を休止しても無理はないという状況だった。しかし、「One Love Manchester」の開催告知は僅か4日後、実際の開催日は事件から2週間にも満たない6月4日のことだ。ファレル・ウィリアムスケイティ・ペリージャスティン・ビーバーマック・ミラーコールドプレイリアム・ギャラガーといったトップ・スターたちが、このチャリティー・コンサートに賛同・参加し、テレビやラジオ、インターネットで生中継された。アリアナは、歌わずにはいられなかったのだと思う。ツアー日程の合間を縫ってでも、そのイベントを企画し、音楽に救済を求めずにはいられなかったのだ。

マンチェスターでの痛ましい経験は、新作『スウィートナー』へと落とし込まれている。しかし、もともとファレルとタッグを組んで制作されていた楽曲群は、もはや品行方正なアイドルではいられない『デンジャラス・ウーマン』の流れを汲む作風になっていたはずで、バイタリティ溢れるヒップホップ・ビートのダンス・トラック、或いは甘美で艶かしい、大人びたポップ・チューンが中心になっている。事件前に制作がスタートしていたことは、新作の方向づけがある程度固まっていた点で、不幸中の幸いだったと言えるかも知れない。痛ましさを歌うにしても直接的にそのことに触れるのではなく、普遍的なラブ・ソングの体裁に纏め上げられている。めでたく恋人のコメディアン、ピート・デヴィッドソン(新作には彼の名前を冠した楽曲も収録、この6月にはツイッター上で彼のナニのサイズを伝えるという爆笑おノロケ事件もあった)との婚約も公になったが、『スウィートナー』は痛みと喜びが共存する、アリアナ最新のライフ・ストーリーとして結実しているというわけだ。表現の自由へと向かう意思がポジティブに機能している作品である。

ファレルによるプロデュース曲は、本編15曲のうち約半数の7曲。先行配信シングル“ザ・ライト・イズ・カミング feat. ニッキー・ミナージュ”は、バウンシーなダンス・ホール・レゲエ風のナンバーで、《闇が奪ったすべてを、取り戻す光が訪れる》と歌われている。共闘のケミストリーに触れ、「One Love Manchester」を思い出させるのはもとより、ほぼ同時期に公開されたニッキーの新作曲“ベッド”でもアリアナが共闘体制を敷いていた。“ボーダーライン feat.ミッシー・エリオット”は、《境界で会ってよ》というラブ・ソングに見立てた呼びかけで世代を超えたコラボ。アルバム表題曲“スウィートナー”は、まさに痛みも幸福も引っ括めたアルバムの根幹を担う楽曲だ。甘美な“R.E.M.”や感動的な最終トラック“ゲット・ウェル・スーン”も然りだが、ポップで美しいソングライティングはファレルとしてもソロ・アルバム以来となる会心の出来だろう。また、繊細で優しくも力強い響きの音作りが白眉で、恐らく彼はスマホ×ヘッドフォンのリスニング環境が主流となった時代に寄り添ったサウンド・プロダクションを行なっているのではないか。

ファレル曲以外では、マックス・マーティンやイリヤ・サルマンザデ、トミー・ブラウンといった過去作でもお馴染みのプロデューサー陣が活躍。先行リリースされた“ゴッド・イズ・ア・ウーマン”はタイトルの字面だけ見ると刺激的だが、官能と神秘性を織り交ぜたトラップ・チューンの中で《あなたは、神は女性だと信じるようになるわ》と歌われ、楽曲のムードこそがキモになっている。MVでは、マドンナが旧約聖書エゼキエル書の一節を読み上げる声もフィーチャーされた。そして、アルバム中盤のハイライトとなる“ブリージン”からリード・シングル“ノー・ティアーズ・レフト・トゥ・クライ”は、アリアナの体験した痛みと生の実感をこの上なくエモーショナルに描き切った2曲と言えるだろう。

ポップ・スターであることの重荷を背負いこんだアリアナの新作は大きな注目を集めていたが、最も素晴らしい点は、すべての経験を彼女自身の物語として昇華させ、憎悪の連鎖を断ち切っていることだと思う。ポップ・スターの放つメッセージとしても、理想的な境地に辿り着いている。何よりも、その決断こそが感動的なアルバムである。(小池宏和)



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アリアナ・グランデ『スウィートナー』のディスク・レビューは現在発売中の「ロッキング・オン」10月号に掲載中です。
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アリアナ・グランデ スウィートナー [デラックス・エディション] - 『rockin'on』2018年10月号『rockin'on』2018年10月号
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