カサビアンの曲作りからプロデュースまで全てを一人で手がけているサージが初のソロ・アルバムを作ると聞いて、フリーキーな実験作を予想した人もきっと多かったはず。もともと彼は極めて歪でアバンギャルドな作家性を持ったソングライターで、そんな人が全英1位常連でUKロックのトップをひた走るバンドの大衆性をきっちり担保した曲を書き続けてきたこと自体がミラクルなのであって、カサビアンという「枷」が外れたとなれば、彼のクリエイティビティの暴発を止める手立ては一切ないからだ。
実際、本作はサージがその制限なき自由を楽しみ尽くしたアルバムとなっている。自身のフルネームのイニシャルをプロジェクトに冠したことからも、ここが彼の王国であることが窺える。ヒップホップのビートメイクからの影響に端を発した作品だけに(リトル・シムズとのコラボ“フェイバリッツ”で本格チャレンジ)、ギターが主役を張る曲は皆無。ガラージやダブといった彼の青春時代を彩ったクラブ・サウンドへのオマージュや、アフロビートやアラビア音階が交錯するお得意の異世界サイケデリック、そしてロード・ムービーを想起させたかったというのも納得の、流れるようなジャズ、ラウンジ・ミュージックまで、好きなタイミングで鳴らし、繋ぎ合せ、再び切り刻み、コラージュしていく。本作のそのアンビエンスにあって、ふと意識を浮上させる合図になっているのが凛としたピアノの美しさ、そしてサージのソフトで繊細な歌声だ。そしてそのふたつの融合によって極上の癒しとサウダージを含むバレリアック・ハウスとなった“ノーバディー・エルス”などは、普通に、いや、非常にポップだったりするのが、サージの異才たる所以なのかもしれない。 (粉川しの)
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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』10月号に掲載中です。
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