ハピアー・ザン・エヴァー?

ビリー・アイリッシュ『ロスト・コーズ』
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SG
ビリー・アイリッシュ ロスト・コーズ

大げさでなく全世界待望のニュー・アルバムのリリースへのカウントダウンがいよいよ始まり、ビリー・アイリッシュを取り巻く状況は加熱の一途を辿っている。直近の1、2ヶ月は主に音楽以外の話題、有り体に言えばポップ・スターの宿命的ゴシップを意図せず振りまく結果になってしまっているのはご存知の方も多いはず。

セクシー&グラマーなイメチェンにファンを騒然とさせたヴォーグの表紙を皮切りに、噂の彼氏とのデートをパパラッチされたと思ったら、その彼氏のレイシスト&ホモフォビアな動画が発掘されて炎上、自らが監督した“ロスト・コーズ”のMVも「クィア・ベイティング(=LGBTQを仄めかして注目を集める手法)」だと物議を醸し、さらには彼女が13、14歳の頃に撮影した動画が最近TikTokにアップされ、その中でアジア人差別用語を使っていたことでさらに炎上が加速。ビリーが「無知は人を傷つける言い訳にはならない」と謝罪した最後の動画以外は殆ど言いがかりに近いゴシップだが、こうしたバックラッシュ的報道の数々の根底にあるのは彼女の急激な変化、もしくは変化の予兆が波動のように伝わり、ファンを、シーンを、世界をざわつかせている「前夜」ならではだとも思う。

MVの話題性とは対照的に、楽曲自体についてはあまり語られていないのがこの”ロスト・コーズ”だ。新作からの最新先行シングルだが、正直、あまり語られないのも納得というか、前シングルの“ユア・パワー”がアコギ1本の画期性にしてもビリーの声の覚醒具合にしてもあまりにも素晴らしかったせいで、相対的に地味に感じてしまう曲なのは否めない。

とは言え悪い曲ではない。驚いたのが、驚くほど近く、素で、生々しいビリーの声。スカスカに掠れたドラムが刻むリズムも素っ気なく投げやりで、あるがままをパッと録った感じのプロダクションは、もちろんフィニアスの意図したところだろう。カウンターとなるメロディは美しいものの、ごく控えめに水面下で流れている。“ユア・パワー”のシンプルさが行間に凄まじい深みを感じさせるものだとしたら、“ロスト・コーズ”は文字通り一行フレーズのようなシンプルさ、とでも言うべきか。

ちなみに「Lost Cause」とは「見込みなし」の意味で、《あなたはただのダメなやつ前は全然こんなんじゃなかったのに》《アウトローを気取ってるけどなんの仕事もしてないよね》と、恐らくは別れた元彼をディスっている歌だ。女子会のようなMVの効果もあってか、「男ってほんとダメだよね」という女同士のあるあるなグチ、同性間のティピカルな共感性が強調されたナンバーでもある。そこには徹底して「独り」のビリーに、独り独りが切実に繋がっていたかつての共感の在り方からの変化を感じるし、17歳から19歳への2年間で変化は訪れて当たり前のものでもある。

そこでふと思う。ビリーは今、幸せなのだろうか?と。その問いに対する答えは、幸せと不幸せ、最高と最低の間で揺れ動いている直近のビリーの発言や行動からは窺い知れない。固唾をのんで月末のニュー・アルバムを待ちたい。(粉川しの)



ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』8月号に掲載中です。
ご購入は、お近くの書店または以下のリンク先より。

ビリー・アイリッシュ ロスト・コーズ - 『rockin'on』2021年8月号『rockin'on』2021年8月号

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