断片に広がる世界

小林私『光を投げていた』
発売中
ALBUM
前に小林私に取材をした時、彼にとっての「いい音」の定義を聞いた。彼は「自分で弾いたアコギの音を自分の耳で聴くのがいちばんいい音だ」と答えた。その観点でいえば、もしかしたら小林にとって最良の音楽作品に近いものは、YouTubeで「小林私」と検索すればたくさんの切り抜き動画が出てくる、ネット生配信中の弾き語りの中にあるのかもしれない。

しかしながら、常に様々な物事や価値観の「間(あわい)」に佇むことをよしとするこの小林私という人は、今という軋みの中をふよふよと漂いながら、このアルバムのように、多くの人の手によって作り込まれた作品を我々の目の前に提示したりもする。新録版“生活”のプロデュースはillicit tsuboi、“どうなったっていいぜ”の作詞作曲編曲は清 竜人、他にも参加した演奏者を見てみれば、BOBO、奥野真哉、木暮晋也……などなど錚々たる面子が並び、小林の強烈な歌の在り様に豊かな色彩を加えている。

ゴージャスな作品だが、小林にとっては本作もまたひとつの断片なのだと思う。彼はこの先、どんなバランスで、どんな宇宙を作るのだろうか。(天野史彬)