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ビョークやカニエ・ウェストまでも虜にする弱冠24才の新進気鋭が切り開く音楽の未来とは?

 驚異の24歳。ヒップホップ、エレクトロニカ、アンビエント、インダストリアル、ダブステップ、エクスペリメンタル、サイケデリック、現代音楽、ジューク、テクノ、ベース・ミュージックなどを奔放に、自在に、予測不可能に往還する美しくカオティックな電子音響。灰色の脳細胞に隅々まで張り巡らされたシナプスを駆け抜けていく電気信号のような電子音。ダークで荒々しい内面描写とドリーミーで透明な叙情が交錯する。久々に現れた「特別な才能」の輝きに圧倒される。

 ベネズエラ出身ロンドン在住のトラックメイカー/プロデューサー、アルカことアレハンドロ・ゲルシが世界中の注目を集めている。当時まったく無名だったのにもかかわらずカニエ・ウェストの問題作『イーザス』(2013年)のプロデューサーのひとりに大抜擢され、続いてFKAツイッグスのセンセーショナルなデビュー作『LP1』(2014年)を手がけ、そしてついには、来年リリース予定のビョークの新作にプロデューサーとして参加することが報じられている。しかしそうした外部仕事よりも何よりも、アルカ自身の作り出す音楽、いや表現総体がセンセーショナルそのものなのだ。

 2012年にニューヨークのレーベルUNOより3枚のEPを発表、2013年にフリー/ダウンロードでリリースされたミックステープ『&&&&&』で騒然たる話題を呼んだアルカだが、満を持してファースト・アルバム『ゼン』がリリースされた。この作品に関して、アルカはこう語っている。

 「これは僕がみんなに“これが僕自身だよ”と自信を持って言える初めての作品なんだ。僕は自分自身にフィルターをかけたくないから」

 最近スワンズ、ニュー・オーダーといった大物と相次いで契約したイギリスの老舗インディ・レーベルのMUTEからリリースされるこのアルバムは、エイフェックス・ツインやフライング・ロータスの新作とともに、この秋のエレクトロニック・ミュージック最大の話題作となるだろう。かつてDAFやデペッシュ・モード、キャバレー・ヴォルテール、ミート・ビート・マニフェスト、POLEといった先鋭的なエレクトロニック・アーティストたちを輩出し、テクノ専門レーベル、ノヴァミュートを設立して、リッチー・ホウティンやクリスチャン・ヴォーゲル、ユーメックやルーク・スレイターといった一線級のダンス・ミュージックをリリースしてきた電子音楽の名門のMUTEが久々に送り出すエクスペリメンタルな未来的電子音響の傑作である。

 アルカの登場が各所でセンセーショナルな話題を呼んでいるのは、音楽だけが理由ではない。アルカが14歳の時に、とあるアーティストのオンライン・コミュニティで出会って以来の相棒だというヴィジュアル・アーティストのジェシー・カンダの作るミュージック・ビデオも、ある意味では音楽以上に衝撃的な反響を巻き起こしているのだ。人間の持つドロドロとした内面や赤裸々なセクシャリティを表象したような強烈極まりないそのヴィジュアルは、まさにアルカというアーティストのイメージを決定づけている。2人の関係はエイフェックス・ツインとクリス・カニンガムにも例えられるが、単なる音楽家と映像作家という以上に創作上の密接なパートナーとして、お互いの作品に深い影響を与え合っているようだ。2013年にはニューヨーク近代美術館(MOMA)で『&&&&&』をテーマにした作品を上映し大きな反響を巻き起こしている。ちなみにFKAツイッグスの“ウォーター・ミー”のビデオもカンダによる作品だ。そんなパートナーとの関係をアルカはこのように語っている。

 「ジェシーと僕は知り合ってからもう相当長いからね、何か疑問点があったとして、僕が音楽面でその疑問点をそのままにしてると、ジェシーがヴィジュアルでその答えを出してくるんだよ。ジェシーがそのままその疑問に映像で答えを出してなかった時は、それは音楽で答えを出すべきだ、という事だと思うんだ」

 ネットによる迅速な情報共有がデフォルトになった世代らしい早熟さで、あらゆる最先鋭のエレクトロニック・ミュージックの方法論をきわめて高い偏差値でもってまとめあげた傑作。しかしカニエのフックアップがなければ、彼の存在がここまで脚光を浴びることはなかったろう。そしてジェシー・カンダの存在がなければ、彼の表現はここまで生々しい実存性や同時代性を持ち得なかったかもしれない。その意味でアルカの非凡(あるいは幸運)、そして本作の成功は、彼個人の「特別な才能」であると同時に、世界中のコンピューター端末の向こうでひとりコツコツと音を紡ぎ続ける無名のクリエイターたちの英知と総意、もっといえば「時代の意思」が結集した結果ということができるかもしれない。その意味でも本作の登場は、テン年代以降の音楽動向を象徴するものであると考える。

文=小野島大

提供:Traffic

企画・制作:RO69編集部

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