YouTubeでオリジナル楽曲の投稿を本格的にスタートさせたのが2018年8月。TikTokに投稿した“ばーか。”がバズり、2020年に同曲と“青”の2曲でエントリーした「RO JACK for ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2020」では見事優勝を果たしたあれくん。昨年8月に公開した“好きにさせた癖に”は、その切なく共感性の高い歌がSNSでさらに大きな話題を呼び、現在では再生回数1180万回を超える。あれくんの音楽は誰もが自身の感情を重ね合わせることができる普遍性の高いポップスであり、感情を繊細に表現するその歌声に魅了されるリスナーも多い。そんなあれくんのメジャー1stアルバム『呼吸』は、過去曲のリアレンジも収録しつつ、恋愛曲のみならず、この時代に生きる社会的な人間の「今」を表現するアルバムになった。絶えず自身の音楽表現を更新していくあれくんの記念すべきこの1stアルバムについて、そして自身の音楽に対する思考について、今回はじっくり語ってもらう。
インタビュー=杉浦美恵
自分から出てきた正直なもののほうが、最終的には共感も生みやすいし、人間誰しもが持っている潜在的な考え方にも触れやすい
――1stアルバムは多彩な楽曲がパッケージされて、過去曲をアップデートしたものも含め、完成度の高いポップアルバムになりました。メジャーでの初のアルバムですが、楽曲投稿を始めてからここまでの展開の早さについては、今どう感じていますか?「今ここでこうやって取材を受けているっていう状況も、実はあまり理解が追いついていない感じなんです(笑)。生活を音楽一本に絞ってからは、プロとして活動していかなきゃいけないっていう責任を感じているところなんですけど」
――以前インディーズでリリースしたアルバム『白紙』の時とは、音楽への向き合い方として変化したところはありますか?
「よりいろいろな音楽を吸収してからのメジャー1stアルバムだったので、曲の作り方やこだわるポイントなどが、自分の中でどんどん進化していって。そういうものを集めて作ったアルバムだと思うので、そういう意味ではすべてが新しいものになっているのかなって思っています」
――まさに音楽性が広がった一枚です。タイトルを『呼吸』としたのは?
「僕が音楽を作るタイミングっていうのは、やはりふとした時に降りてくるということが多くて。それを表すとしたら、息を吸って吐くように曲を作るっていうイメージで。なので『呼吸』というタイトルをつけました」
――作ろうと思って作る音楽ではなくて、ナチュラルに生まれてくるものを大切にしたいという思いもあって?
「そうですね。何も考えずに自分の中から出てきたものが正解ってわけではないですけど、作り込んだりすると、イエスかノーの二極化というか、どっちが世間的にウケがいいんだろうなっていう考えが生まれてしまって、なんというか、壁になるんですよね。そういうものが何もない状態で自分から出てきた正直なもののほうが、最終的には共感も生みやすいですし、人間誰しもが持っている潜在的な考え方にも触れやすいので、そういうところはすごく意識しています」
――これまでのあれくんの楽曲は、男女の恋愛における感情の動きだとか、切なさにフォーカスした曲が多いんですが、そのような曲もこうやって生まれてくるんですか?
「やっぱり自分の中から出てきたものというか、必ずしも実体験ではなくても、そういう物語が降りてくるということが多いですね。じゃあどこからそういうイメージを受け取ったのかと聞かれても、映画とか、ドラマとか小説とかっていうことでもなくて。なんなんでしょうね。自分でも不思議なんです(笑)」
――何かにインスパイアされてとか、何かの作品へのオマージュということでもなくふっと降りてくるストーリーが、こんなにも共感性高く受け入れられているということに関しては、作り手としても不思議なところ?
「そうですね。直感的に作っているという部分が強いので、曲がすべて完成するまで、どういう曲になるのかというのは自分でも正直わからなかったりするんですよ。まあ、“好きにさせた癖に”なんかは、冒頭ですぐ『恋愛の曲だな』ってわかると思うんですけど、曲の全体像が最初の一文だけではつかめないものが降りてきたりもするので、自分でも最初は『なんの曲を作っているんだろうな』って思うことが多いんです」
――今回のアルバムに入っている “ずるいよ、、、”は新曲ですが、これは、あれくんの真骨頂というか、切なさを追求したラブソングだと思います。《カメラロールに残った写真》とか《既読になったまま流れるLINE》とか、これ以上ないほど共感性の高いシチュエーションで描かれています。これまでの恋愛曲と比べても、さらに突き詰めたという感覚はありますか?
「やっぱり“好きにさせた癖に”よりも大人なイメージというか、その感じを膨らませた曲になったなと個人的には思っています。言葉のニュアンスだとか、チョイスの仕方だとか、そういうところでは、“好きにさせた癖に”と“ずるいよ、、、”は繋がっている部分もあるんですけど」
曲のストーリーとか作品の構成は、1本の音が切れるか切れないかっていうところにも心を配るような、そういう音の紡ぎ方をしたくて
――今作は過去曲のアルバムバージョンもいくつか収録されていて、“ばーか。”のアルバムバージョンにしても、かなり肌触りの違うものになりましたよね。この一連のリアレンジもの、新録ものっていうのは、やはりもう一度録り直したいと思う曲だったから?「やっぱり『もっといろんな人に聴いてもらいたい』っていうことが自分の中でいちばん大きくて。新たなアレンジを織り交ぜつつ、それが自分の表現の成長の結果でもあると思うので。“ばーか。”も、(バージョン違いで)何度かリリースさせていただいてはいるんですけど、歌い方もだんだん変わってきたり、ここはもっとこう表現したいなっていう洗い出しがあったり、いろいろスキルアップしたうえで出てきた変化なんです。それがそのままアルバムにも入っています。新しい自分、もっとレベルアップした自分を知ってもらうために、リメイク、リアレンジをして、みんなに届けていきたいなっていうのは常に思っています」
――リアレンジは、よりメリハリが効いて物語性が強く滲み出るように、より感情移入しやすくなるように進化していますよね。“好きにさせた癖に”などは、アコギの音のエモさまでもアップデートされてる感じがして。
「そうですね。今回アルバムバージョンということで、全体的に壮大になっていると思うんですけど。“好きにさせた癖に”で言えば、僕の原点は弾き語りにあるので、そのよさを活かしつつ、徐々に場面が展開されていく中でサウンドも変化していく感じとか。あと、“ばーか。”のEDMっぽいアレンジで、より歌詞が鮮明に浮かびあがるとか、“七色のクレヨン”もそうですけど、アコギの弾き語りというよりも、より爽やかさを前面に出したいというのもあって」
――リアレンジによって普遍的なポップネスが強くなって、共感性がより高まりました。“青”のアルバムバージョンでも、歌の繊細さが際立っていて。
「やっぱり曲のストーリーとか作品の構成は、1本の音が切れるか切れないかっていうところにも心を配るような、そういう音の紡ぎ方をしたくて。声の揺らぎだとかそういうものも意識して作っています。他のみなさんがどうやられているのかはわからないですけど、僕はまず曲に入り込むために、レコーディングでは照明を落として歌うんですよ。自分が曲の中の人物として演じ切るっていうのを意識して歌っていて、“青”はそういう部分が表れた1曲になっているのかなと思います」
自分で作った曲ではあるんですけど、曲自体にも命があって、アレンジによってほんとにいろんな顔を見せてくれるんだなって
――ご自身としても、アルバムバージョンを再レコーディングしたことによって、新たな楽曲のよさや気づきもあったと思うんです。それこそ“七色のクレヨン”も。「“七色のクレヨン”は、もともとアコースティックギターのアレンジで動画を出させてもらっているんですけど、そのバージョンより爽やかな曲になるとは思っていなかったんです。アコースティックってすごく爽やかな音色のイメージがあるじゃないですか。それをリアレンジして、ここまで鮮明な青のイメージというか、ビー玉っぽい、夏を感じさせるような爽やかな曲になるんだなっていうのは、自分自身でも新鮮な驚きでした。自分で作った曲ではあるんですけど、曲自体にも命があって、アレンジによってほんとにいろんな顔を見せてくれるんだなっていうのは、改めて感じましたね」
――“七色のクレヨン”は特に、楽曲がポジティブなものに変換されましたよね。
「そうですよね。アコースティックだともっと切ない感じの空気感が流れていると思うんですけど、(アルバムバージョンは)前向きに進めるようなテイストになっているなと僕も思っています」
――アルバムには“君を知って”という曲も新たにリアレンジされて入っていて、これがすごく短い曲なんですけど、これこそ歌声の切なさをダイレクトに感じる曲です。
「今回のアルバムは、1曲目から最後まで通してひとつのストーリーというか、展開があるんですけど、始まりの“Light up”から“ばーか。”まではEDMで、そこから“好きにさせた癖に”、“ずるいよ、、、”っていう王道の恋愛曲の流れになる。その間に挟む曲として“君を知って”があって。ここに“君を知って”を置いた理由っていうのは、雰囲気をガラッと変えるため。フックになる材料として入れたくて。“好きにさせた癖に”と“ずるいよ、、、”の魅力をいかに引き出して、後半も通しで聴いてもらうかというところで、ここに入れようと決めました」
――1曲目の“Light up”は恋愛曲ではなく、もっと広く「生きること」がテーマになっているようでもあり、今作はそうしたソングライティングの新曲も印象深いです。
「このアルバムを通して、1曲目の“Light up”から始まって、最後は“Bye by me”という、将来、挫折をしても必ずその先はあるから頑張っていこうという明るめの曲で終わるんですけど、その社会的なテーマで作った2曲の間に恋愛曲があるという構成なんです。恋愛って、社会的に生きている自分の真ん中に挟まれて起こるものだということが、このアルバムでは展開されている──という流れなんですけど。それをよりリアリティのある物語として、アルバムの構成に落とし込んでいます」
――まず社会的に生きる自分の思いがあって、そのあとに、というかそれと同時に恋愛もあって。そうか、まさにそれが人間としての『呼吸』ということでもあって。
「はい。生きるっていうことです」
――“Light up”はどういうタイミングで生まれてきたんですか?
「このコロナ禍っていうのもあって、そこで感じていることが無意識に出てきたのかなと思いながら作っていたんですけど。やっぱり挫折とか、失敗とか、1回転んだとしても、将来への期待を無くしたり、未来を諦めたらそこで終わりだから、少しの希望を持ってでも進んでいけたらいいんじゃないかっていう──背中を押す曲じゃないですけど、より社会的に、支えになってくれる楽曲になったらいいなと思いながら仕上げました」
――不確かな時代を生きていくための楽曲ですよね。今の生きづらい状況を歌っていながらも、ポジティブに前を向いて生きていくということが歌われている。あれくんの中では、そういう曲を作る時には、どこか希望が見える、光が見えるものにしたいと思っている?
「そうですね。この曲に関しては、ネガティブさを一切取り除いて、ポジティブな部分だけで描き切ったっていうのはありますね。“Bye by me”もそうなんですが、うつむいていても何も始まらないし、今の世の中、状況はずっとストップしたままだけど、もうどこまでも行こうよっていうのが、最後にこの曲に落とし込みたかったことなんです」
僕自身、たぶん曲に助けられてるんですよ。書くことによってマイナスをプラスにしている
――あれくん自身は、たとえばこの境地にたどり着く前には、コロナ禍で思うように活動ができなかったり、それこそライブもできないモヤモヤ感とか葛藤もあった?「すごくありました。でもそれを自分の中に溜め込んでいても何も起こらないし、世界は何も変わらないので。それをプラスにするにはどうしたらいいのかと考えれば、やっぱり曲を作って、それを同じような思いをしている人たちの支えになるようなものにするということで。だからこの“Bye by me”が、タイミング的にも自分の中から降りてきたんだと思います」
――やっぱり作ろうと思って作っているんじゃなくて、自然にそういうテーマになって、それが純粋にポジティブなものとして出てくるということですね。あまりネガティブに考えないようにしているとか、そういうことでもなくて?
「はい。そういうことではないです。恋愛の曲を書く時っていうのは、基本的にはマイナスな気分の時が多いんですけど、恋愛で落ち込んでいるというわけではなくて。でも、曲ができるタイミングってやっぱり何かしら落ち込んだりしている時が多いかもしれないです」
――それでもあれくんの楽曲はめちゃめちゃダークっていうのでもなく、闇落ちするような楽曲でもないですよね。
「僕自身、たぶん曲に助けられてるんですよ。書くことによってマイナスをプラスにしている」
――無意識的に自分のネガティブさを救済したいと?
「かもしれないです。あとやっぱり、落ち込んだり病んでたりする時のほうが言葉が出てきやすい気はします。楽しくて上機嫌の時って、『ハッピー!』とかそういう単純な言葉しか出てこないじゃないですか(笑)。でも落ち込んだ時って、自分の中にある邪念を吐き出しやすい状態にあると思うので、だから長い言葉が出てきて。そういうのが曲に繋がってるんだと思います」
――ソロのSSWとしての活動と並行して、「夜韻-Yoin-」というバンドでも活動されていますよね。そこで表現するものとソロの楽曲との間には、ご自身としてはどういう線引きがあるんでしょうか。
「ソロではリアリティのあるものを中心に作っているんですけど、夜韻-Yoin-ではわりと抽象的に、言葉のチョイスも比喩っぽい表現を使って、ちょっと深く考えてみないと、どういう構成になっているのか、どういう意味合いなのかわからないようなものにしています。今回の『呼吸』だったら、ひとつの物語として全曲が繋がっているというテイストなんですけど、夜韻-Yoin-の作り方としては、もっと先にストーリーがある感じ。そのストーリーを追って曲を作っているという感じですね。まず先にコンセプトがあって、それをどう色づけしていくか。夜韻-Yoin-はそういう曲作りの仕方です」
――ソロとして、『呼吸』というひとつ重要なアルバムができあがって、今後のライブへのモチベーションもまた高まったと思うんですけど、ライブへの意識っていうのはどう変化してきましたか?
「そうですね。活動を始めた当初は、ライブ活動のことは正直全然考えてなかったんです。でも今はアルバムができて、伝えるものの幅が広くなってきているので、純粋にライブをしたいという気持ちと、僕の曲をもって、ライブの会場で歌いあげてみたいなという思いが強くなりました」
――最初は、ライブをやりたいっていう気持ちはまったくなかった?
「ずっとSNSで活動してきたので(笑)。表舞台に立つことにはあまりポジティブじゃなかったっていうのはありますね」
――今は大きいステージに立つということも、わりとリアルにイメージできる?
「はい。そこに立ってる自分を想像することができるようになりました」
――早くこの状況が落ち着いて、ツアーも実現するといいですね。
「ほんとに。何も考えずに楽しめるライブができたらいいですね」
“好きにさせた癖に”
“ずるいよ、、、”
“好きにさせた癖に Studio Live Version.(Piano arrange)”
『呼吸』
発売中<収録内容>
・Disc1
1.Light up
2.ホワイトノイズ(Solo version)
3.ばーか。(Album version)
4.君を知って
5.好きにさせた癖に(Album version)
6.ずるいよ、、、
7.青(Album version)
8.七色のクレヨン(Album version)
9.月燈
10.Bye by me
※通常盤のみボーナストラック付
・Disc2 ※初回限定盤のみ
1.好きにさせた癖に(Studio Live version)
2.ずるいよ、、、(Studio Live version)
3.カヲリfeat.夜韻-Yoin-(Studio Live version)
4.青(Studio Live version)
5.Bye by me(Studio Live version)
夜韻-Yoin- 「1st TOUR 2021 『一夜一会』」
2021年10月3日(日) 16:30~ 下北沢シャングリラ夜韻-Yoin- 「FM802 MINAMI WHEEL 2021」
2021年10月8日(金) 18:00~ 大阪・ミナミエリア ライブハウス20ヶ所以上(19:30~ soma)
提供:UNIVERSAL MUSIC
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部