DADARAYの音楽って、いい意味でイモっぽい部分もあるというか。キメキメにお洒落なんじゃなくて、ちょっと隙がある(えつこ)
――今回のアルバムって、本当の意味でのシティポップだと思っていて。シティポップって、わりと夜の街とか、お洒落で絵になる風景を切り取りがちなんですけど。今作では都市に住む人のリアルな皮膚感覚、生活感まで含めた「都市生活者のポップ」を、DADARAYならではの磁場の中で鳴らしてるというか。えつこ 嬉しいですね。シティポップって、ここ数年で飽和状態じゃないですか。その中でDADARAYの音楽って、いい意味でイモっぽい部分もあるというか。キメキメにお洒落なんじゃなくて、ちょっと隙があるというか。ダサいわけではないけど、お洒落な奴らばっかりじゃない、みたいな。背伸びしなくて済む、老若男女問わず、みんなに刺さる感じの音楽なのかなと思います。
REIS うんうん、確かに。背伸びしなくても聴けるっていうか。私、地方出身者なんですけど、お洒落な世界観って緊張するし、「自分は蚊帳の外」みたいなふうに感じて、一歩中に入れなかったりするんです。DADARAYの音楽って――インスタグラムみたいに、きれいなところだけ切り取られてるんじゃなくて、その裏側のリアルみたいな。裏アカみたいな感じ?(笑)。
えつこ テーブルが汚かったりね?
REIS そうそう(笑)。本当にそういう、リアルがちりばめられていて。でも、そのバランスがやっぱり――ちらばりすぎてても、汚くなるバランスもあるじゃないですか。それが上手に中和されていて。だから、入りやすいし、聴いている自分も肯定されて、ちょっとワンランク上がったみたいな気持ちになれるというか。そういう音楽をDADARAYはできてる感じがします。
――一般的なシティポップのイメージだと、《思い出の残り香を/カレーに重ね》(“URARAKA”)ないと思うんですよね。
えつこ そうそう。《ジャガイモの新鮮さを見極め》ないんですよ(笑)。そこらへんの塩梅は、川谷くんはすごく上手というか。天才的だなってやっぱり思います。
休日課長 何かしら掴みどころがあるっていうのがDADARAYのよさだと思っていて。シティポップを上澄みだけ真似しても、掴みどころがどんどんなくなっていくというか。あと、100人聴いて100人同じ答えが出るような歌詞にはなってないと思っていて、僕はそこが好きで。そこが程よい距離感を生み出してるんじゃないかなって。やっぱり、川谷の世界観が好きで一緒にやってるんだなっていうのを、DADARAYを聴くと改めて考えさせられますね。で、このメンバーで表現できるっていうのが強いなと思っていて。だから、総じて――DADARAY大好きだなあって。
REIS・えつこ きゃーっ(笑)。
結成当初、自分はひとつの女性像を歌ってると思っていたんですけど、1曲ごとに歌う自分も変わっていくんですよね(REIS)
――八神純子さんの“黄昏のBAY CITY”のカバーも収録されてますね。えつこ この曲は、川谷くんにアレンジを丸投げされて(笑)、レコーディングとかのディレクションも全部私がやったんですけど。原曲が素晴らしいので、あんまり空気感を変えすぎちゃうとよくないのかな、っていうのもあったから。原曲の感じは残すんだけど、でも私がDADARAYでやりたいことを詰め込みたい!みたいな感じにして。どイントロからみんなでジャーン!って入るという。「これ、ライブでやったらめっちゃ気持ちいいだろうなあ」っていう感じで。
休日課長 気持ちよかった!
REIS めっちゃ気持ちいい。
えつこ 実際、ライブでアンコールの最後にやって、めちゃめちゃ気持ちが高ぶったんで。あの曲だけで3回ぐらいやりたかったなって(笑)。課長のベースプレイも素晴らしかったし。私のデモだと簡単なものしか作れないので、それをちゃんとレベルアップさせたフレージングを考えてくるし。REISの歌も、今までの感じじゃなくて、艶っぽい大人の声で。本当に素晴らしいんですよ。
REIS めっちゃ意識して歌いました。あの時代に活躍されてた方って、声の出し方がホールとか大きいところに向けての発声のしかたなんですよね。今は、近い距離でのしゃべり声みたいな感じで表現できる時代で、それはそれで面白いんですけど。DADARAYで“黄昏のBAY CITY”をやるなら、アレンジもバキバキのキメがあって気持ちいいから、できればあの時代の歌唱法を取り入れたいと思って。
――“Ordinary days”あり“URARAKA”あり“蛮勇”あり……と音楽的な振り幅も広いですよね。で、それがDADARAYになっていくというか。ひとつの彫刻とか立体像を作っていくんじゃなくて、いろんな色彩の光が乱反射し合っている空間自体がDADARAY、みたいな。ものすごい抽象的なたとえ方なんですけど――。
REIS でもわかります。歌ってても――結成当初は「REISが歌う、川谷くんが描く女性像」で、自分はひとつの女性像、一個の器の中でこの歌を全部歌ってる、と思っていたんですけど。でもなんか、どんどんハマらなくなっていって、「あ、そうじゃないのかな」と思ってきて。新曲ができて、それを歌ったり、ライブでやったりするたびに、1曲ごとに歌う自分も変わっていくんですよね。自分が歌に寄せていくというか。「ああ、この作品の中のこの人はこういう人なんだ」って。『ガーラ』はその集大成かなって。本当にいろんな景色があって、いろんな楽曲の幅があって、でもそれをひとつにまとめられるDADARAY、みたいな。
――フロントマンの自我にバンド全体を寄せていく、っていう手法ではなくて。カラフルな色彩感を帯びれば帯びるほどこの3人は輝く――っていうのを、プロデューサーである川谷さんは見抜いているんじゃないかなっていう気はしますね。
えつこ だから今後、もしかしたら課長作曲の曲とかもね、できるかもしれないじゃん?
REIS おお〜、確かに。
休日課長 ……え?(笑)
えつこ 課長が詞を書いたりとかね?
休日課長 いやあ、詞はねえ、やめといたほうがいいよ。
えつこ ポエム?(笑)
REIS 語り部になるやつね。1曲語ってくれるやつ(笑)。
休日課長 ヤバいヤバい(笑)。でも、僕もいろんな曲弾いてみたいし、「俺はこういうベーシストだ」っていう感じではなく、「曲ごとに違うアプローチをしたいな」みたいなタイプのベーシストなんで。今の話はスッと落ちるな、という感じがありますね。たぶんみんなも、DADARAYでいろんな表現をしてみたいだろうし、いろいろ吸収してきたものを試せる場所でもあるし。