め組はなんでもできてしまうバンドなので、贅沢にもそこに退屈さを感じたりしていたんです
③YOLO
──では次が、“YOLO”です。2020年のデジタルシングルで、コロナ禍の真っ只中に響いたメッセージソング。でも当初は、コロナ禍を受けて作り始めた曲ではなかったんだよね。
はい、そうなんですよ。だから、コロナ禍に入って早くリリースしたかったというのもあるし、ちょうどよかったんですけど。こうして見ると、自分を慰めようとすることが多いですね。《無理しないようにしようぜ》とか。あと、この曲は《ぜ》が多いです(笑)。こんなにしょっぱい気分だけど、《ぜ》って言っちゃうみたいな感じ。
──ああ、土俵際の強がりでね。
そうそう。土俵際の《ぜ》だから、真に受けちゃだめだよってことを、ひとつ注釈として入れたいです。ラウドな感じの呼びかけじゃないよって。
──うん(笑)。音楽的な話をさせてもらうと、め組がバンドぐるみで新しいサウンドを探る、挑戦的な時期でしたよね。海外の最新ポップを参照しつつ、すっきりと整理整頓された、コンテンポラリーな音楽を目指すっていう。
そうですね。当然、売れたいということは今でも思っているんですけど、そもそも、め組はなんでもできてしまうバンドなので、贅沢にもそこに退屈さを感じたりしていたんです。今でもいろんなサウンドを試しているんですけど、その退屈さを打破するために、それぞれに鳴らすことのできない音を持ち寄ろうという思いが、少なくとも俺の中にはあったんですよね。結果としてはよかったんですけど、これが自分たちの決定的なベクトルになるかというと、それは正直ないかな、と思います。選択肢のひとつというだけだったので、勉強と反省でしたね。
──うん。でも明らかに新しい扉が開いたなって、衝撃でしたよ。ステップアップしたサウンドだったし、コロナ禍に相応しいメッセージが乗っていたから、とても力強く響いた曲だと思います。楽曲投票では3位なんですよ。組員(め組ファン)は、これだけコンテンポラリーな曲調も受け入れてくれるから、守備範囲が広いですよね。
本当ですよね。いやそうなんですよ。だからちょっと自分がブレてくるというか(笑)。お客さんはどういう音楽が好みなんだろうということは、常に観察して考えているんですけど、いろんな曲調を受け入れてくれるもんだから、逆にどこにも甘えることができないんですよね。こっちをやっておけばいいんだ、という決定的なものがなくて。まだ見つかってないんですよ。自分たちで蒔いた種だからしょうがないんですけど、迷っちゃうなあ、というところはありますね。あと、“さたやみ”とか“咲きたい”も含めて、最近の曲が投票の上位に入ったことは、本当に嬉しかったです。これは10周年冥利に尽きますよ。
④咲きたい
──ではその、楽曲投票で4位に入った“咲きたい”なんですけど、2023年のデジタルシングルで、後にミニアルバム『七変化』(2024)にも収録されました。“YOLO”や『LOVE』(2022)の挑戦的な季節を抜けて、菅原さんが久しぶりに手癖で作った曲だということを、以前教えてくれましたね。
覚えてます。元々は、歌詞の中にもあるように《冴えない》というテーマの曲だったんですけど、伊勢丹とのコラボレーションソングだったので、よりポジティブなフレーズを探りました。《冴えないけど きっといつか/咲かせるから》という歌詞を先に書いていたので、そこを大々的に押し出すことで“咲きたい”というタイトルに辿り着きましたね。“咲きたい”にしたことで、応援してくれるお客さんのギアも、本気度を上げてくれたような手応えがあります。
──“咲きたい”になったときに、たぶんこの曲には魔法がかかったよね。伊勢丹とのコラボや、MVにランジャタイのふたりが出演してくれた縁もあって、より広いリスナー層に届いた曲だと思うんですけど。
そうですね。元々ロックや、バンドシーンの音楽が好きな人もいたとは思うんですけど、そういうものに初めて触れた、という人の声を多くいただいたりしました。でも実は、この曲はかなり怒ってるんですよね。
──世間の不条理に対して、イラついてる歌なんだよね。ポジティブな歌に見せかけて。
ええ、ええ(笑)。これは、曲作りがうまくいかなかった時期なんですよね。じゃあどんな曲がいいんだよ、むかつくなあ、と思っていて。当時は曲作りにボカロを使い始めていたんですけど、まだ手探りの段階だったからギターを弾きながら歌ってみるほうが早くて。それでもう、“咲きたい”の原形は歌詞も含めて2時間くらいで作っちゃったんですよ。スッキリしたあ、いいウンチが出ました、みたいな。コラボレーションソングであることを踏まえて歌詞を調整したんですけど、元々は抱えていたフラストレーションもストレートにぶつけた歌詞だったんです。
──そうか。“咲きたい”という魔法のタイトルが降りてきて。そのこと自体は単なるラッキーにしかすぎないけれども、そういう風待ちの状態のときにちゃんと準備している人じゃないと、いざ出航したり空を飛んだりできないじゃないですか。だから、あがきながら、苛立ちながら、曲作りに向き合ってきた菅原さんが見えてくる曲だと思うんです。
ああなるほど、そう言ってもらえると嬉しいですね。それなら成仏できます。本当に。
曲作りに時間がかかると新鮮さが失われたり、何が言いたかったのかを忘れてきたりするんですよ。それを“さたやみ”ではしたくないなと思ったんです
⑤さたやみ
──じゃあ、お題の5曲目になるのが、『七変化』収録の“さたやみ”です。楽曲投票では2位。さすがですよね。め組の全楽曲を並べてみても、最強のスタンダードだと思う。
ですね。まあでも、ランジャタイの国崎(和也)さんが出てくれたあのMVがなかったら、もっとさらっと流されちゃったんじゃないかな(笑)。そもそも、国崎さんの本(エッセイ集『へんなの』)」を取っ掛かりに作った曲でもあるので。歌詞はちょっと比喩が多いし。
──この歌詞の文字量を見てほしい。他の曲と全然違うでしょ。
あ、少ねえ! シンプルですねえ。ある意味、洗練されてるのかなあ。
──究極に洗練されてるんですよ。Aメロも、1回しか出てこないでしょ。僕はそれが、ボカロのおかげだと思うんです。言葉も音符に対して乗せていく作業だから、限られた言葉数で伝えなきゃ、というトライアルをやったんじゃないかなって。
ああ、そうだった。ボカロで“お茶の子再々!”を作ったときはめちゃくちゃ時間がかかったんですけど、曲作りに時間がかかると新鮮さが失われたり、何が言いたかったのかを忘れてきたりするんですよ。それを“さたやみ”ではしたくないなと思ったんで、バッキングの演奏とかも、とりあえずこれでいい!っていうのをやっていったら、結局それがよかったので。新鮮味を失わないように、自分の中で注意しながら作りましたね。余計なことはやりたくなかったです。
──究極的には、このサビを歌いたかったし、聴いてほしかったんだろうね。
確かに。でも、“さたやみ”って何?って、さんざん言われたんですけどね。エッセイ集『へんなの』から受け取ったものを自分なりに噛み砕いたのが“さたやみ”ってことなんですけど、簡単に言えば大人の事情です。大人になるにつれて、いろんなものを奪っていってしまうよね、さたやみちゃんっていう。自分が、いろんなことを忘れてしまいそうなんで。
──世の荒波に揉まれ大人になるにつれて、大切なものが失われることを恐れているし、それに抗う歌が多いですよね。菅原さんの歌は。
何をビビってるんですかね。でも確かに、《誰にも自分を渡さないでね》って歌ってる“Amenity”も、“咲きたい”や“お茶の子再々!”もそうですね。本当だ。とにかくテメエら自分をなくすなって、必死ですね(笑)。
ヘア&メイク=栗間夏美 スタイリング=三宅剛、戸塚美憂
め組は5月30日発売『ROCKIN'ON JAPAN』月7号にも登場!
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