VTuberとして絶大なる人気を誇る緑仙(りゅーしぇん)は、その豊富な知識とセンスに裏打ちされたポップミュージックを発信し、音楽シーンでもメキメキと頭角を現しているシンガーである。2023年には初のソロライブを行い、その後もバンドセットで次元を超えたライブを進化させていく中でファン層を拡大し続けている。
2024年末にはCOUNTDOWN JAPAN 24/25に初出演。多くのオーディエンスに新時代のライブのあり方を見せつけた。と同時に、「VTuberか生身のアーティストか」という線引きは、もはや意味のないものになりつつあると、そのパフォーマンスを観て感じた人も多かったはず。その緑仙が2025年もCDJに出演することが決定した。
あらためてフェスでのパフォーマンスについて感じたこと、また、漫画家、あだち充 の画業55周年を記念し、『H2』とのコラボで生まれた新曲、“青春の向こうへ”(あおのむこうへ)のこと、さらには渡会雲雀との「歌コラボ」のことまで、大きく広がりを見せる緑仙の音楽活動について、現在のリアルな想いをじっくりと語ってもらった。
インタビュー=杉浦美恵
──緑仙さんの最新曲、“青春の向こうへ”は、漫画家、あだち充先生の画業55周年を記念して、『H2』とのコラボ曲として生まれた楽曲ですが、どんな形でオファーがありましたか?言ってしまえばオタクの二次創作みたいな感じで(笑)、ただただ好きなところを話し合うという。そういう作り方はこれまで経験したことがなく、幸せな時間でした
プロデューサーさんから、「緑仙さんは野球漫画とか読んでます?」と聞かれて、自分は漫画が好きだし、「野球漫画もめちゃめちゃ好きですよ」って答えたんですよ。で、「あだち充作品は?」というので、「もちろん!」と。『H2』も『ナイン』も『陽あたり良好!』も好きだと熱っぽく話したのがきっけかになったんですかね。自分の通常の配信の中でも、80年代、90年代のアニメ作品の話をよくしているし、カラオケ配信でその時代の歌を歌うことも多いから、それがこういう形でつながったのかなと思うと、やっててよかったという気持ちです。
──すごくエポックメイキングなコラボですが、まずどういう曲にしようと考えましたか?
正直、めちゃくちゃ難しいなと思って。『H2』をテーマに書くとなると、どの目線からも作れるというか。(国見)比呂なのか(橘)英雄なのか。女の子目線で書くとしても(雨宮)ひかりなのか(古賀)春華なのか。欲張ったら4人全員入れたいよねみたいなことにもなって。
──『H2』の物語にある青春のまぶしさや輝き、切なさを感じる曲に仕上がっています。加藤冴人さんが作る楽曲のメロディは、どこかノスタルジックな響きもあって。
加藤さんとふたりで「どうしようか」って、すごく話しました。加藤さんもめちゃくちゃ『H2』好きだったので、ふたりでずっと「どっち派ですか?」みたいな話とか──加藤さんは「野田(敦)派」って言ってましたけど(笑)──お互いの作品に対する想いや考えていることを語り合って。言ってしまえばオタクの二次創作みたいな感じで(笑)、ただただ好きなところを話し合うという。そういう作り方はこれまで経験したことがなく、幸せな時間でした。「それは違う」とか「いや、その解釈はどうなの」とか、もうオタク同士の喧嘩みたいになってるときもあって(笑)。
──(笑)。『H2』の4人の恋愛模様は最後までハラハラして切なくて。“青春の向こうへ”を聴いたとき、その物語がまた時を超えて思い出されて、新たな主題歌を得たような感じがしました。
話していても「ひかりか春華か」みたいに、どっちかに偏ってしまうんですよね。そのふたりの物語を描くのだって難しいのに、さらに比呂、英雄の想いも入ってくるとなると、もうどう描けばいいのかと。(作品が)好きだからゆえに伝えたいこと、描きたいことはどんどん出てくるけれど、それをうまくまとめるのに時間がかかってしまって。それを(共同作詞者の)RUCCAさんがうまくまとめてくださった形です。RUCCAさんは最終的には僕と加藤さんのオタク談義にも入ってくれて、「この歌詞はどうなん?」って3人であれこれ話す時間もすごく楽しかったですね。
──『H2』の魅力に寄り添うような普遍的な青春ソングができあがったと思います。
でも『H2』を久々に読み返してみたら、当時と感覚が違うんですよ。昔読んだときは、年代的に同級生の話くらいの感覚だし、素敵な青春だなあ、でもこんな素敵な恋愛、きっと自分にはないよなあって思いながら読んでいたけれど、大人になってから読むと、もうそれどころではない。高校時代とか青春と言われるものってもう取り戻せないじゃないですか。だから、学校生活の中で体験できることの尊さだとか、感情が不安定だからこそ生まれる揺らぎにも気づくんですよね。今はいろんなことを知って、よくも悪くも諦められる大人になってしまったからこそ、若さゆえの「絶対に諦めたくないもの」とか、「全部手に入れたい」みたいな強い想いにあらためて触れた気がして。こんなにも強い感情が描かれた作品だったのかと。なので、昔読んだよという人も、ぜひあらためて読み返してみてほしい。この歌が作品を思い起こすきっかけになってくれたら嬉しいです。
──あだち充原作のアニメ作品は、歴代の主題歌に名曲が多くて、緑仙さんの中に、そういった過去曲へのリスペクトもあったのではないですか?配信に対しての想いとか、リスナーさんへの想いとか、見られることへの苦悩とか。(“確証論”は)タイアップ曲というより自分のミニアルバムの曲を作っているみたいで
そうですね。歴代のオープニング曲やエンディング曲もめちゃめちゃ聴いているんですけど、ワードのわかりやすさとインパクトというのが自分の中でも強く残っていて。なので今回もできるだけ直接的、ダイレクトな言葉がいいなというのがあって。小難しいことは言わずに、できるだけまっすぐに言葉を選べたんじゃないかなと思います。
──緑仙さんの中で、あだち充作品のテーマ曲として記憶に強く残っているのはどの曲ですか?
えー、めっちゃありますよ! でもいちばん好きなのは、『陽あたり良好!』のエンディング曲だった“舌打ちのマリア”(夢工場)です。いや、やっぱりオープニング曲の“陽あたり良好!”(浅倉亜季)かな。でもすべての曲に言えるのは、夢工場、浅倉亜季さんに限らず、アイドルからバンド、シンガーソングライターまで、いろんな方がアニメ作品の主題歌を歌っているんですけど、どれを聴いてもあだち充作品の曲になっているんですよね。クリエイターさんの愛もあると思うんですけど、あだち先生の作品の力が、主題歌制作を引っ張りに引っ張ってくれるんだろうなと思います。
──今回、緑仙さんもそれを実感したということですね。
作品を読んだ人にしかわからないワードをいっぱい入れたいなと思っていました。特に《「がんばれ」と「負けるな」のリフレイン》という歌詞は、ひかりと春華の対比として、ものすごく大事な部分で、ここは耳に残ってほしいなと思います。他にも加藤さんとRUCCAさんと、丁寧に時間をかけて議論した部分がいろいろあって。たとえば《少しでも 僅かでも 一番近くにいた》という歌詞。このニュアンスをずっと探っていました。ここで春華を描くときに、そこに「いる」という感じでもないし、「いちばんそばに」っていうのも違うよねって。春華はそばにいたのは「私じゃない」って思ってるんだもんねって。そういう細かい部分を詰めに詰めて、たくさん相談し合って、他の部分でも「こういうことは言わなくない?」っていうのを全部つぶして完成させていきました。作詞というより、アニメの解釈の話をしているような時間でした。
──そのやりとり、横で聞いていたかったです(笑)。
ディレクターさんも言ってました。録っとけばよかったって(笑)。
──緑仙さんの最近の楽曲、“確証論”もアニメのタイアップ曲でしたが、こちらは緑仙さんのかっこいいサイドを思い切り表現したロックチューンでしたね。
これはオリジナルTVアニメ『ネクロノミ子のコズミックホラーショウ』のオープニング曲をと、話をいただいて。最初に台本を読んだんですけど、主人公が自分みたいだなと思って。配信者が別世界に飛ばされて、その中で、クトゥルフ神話の生物と戦っていくデスゲーム系の話で。主人公が配信者、口が悪い、性別も特に明かされていない──そういう部分で自分に通ずるものがあるなと。ただ、その主人公には友達がいるので、そこだけは僕と違うんですけど(笑)。ファンの方にも「それ以外の部分はほとんど一緒じゃん」と言われるくらいには似てるんですよね。ビジュアルもちょっと似てたりして、面白いなあって。曲については「自由にやっていただいてかまいません」と。言ってしまえばいちばん困るオーダーをいただきまして(笑)。
──もう好きに表現してくださいと(笑)。
めちゃくちゃありがたいんですけど、ほんとにいいの?みたいな。アニメのタイアップ曲を作るのは初めてだし、初手から「好きにやってかまわんよ」は、これ「特殊なやつですよね?」ってプロデューサーさんに確認しましたから。「そうですね、あんまないかも」って(笑)。で、いただいた台本をもとに自分の思ったことを書いてはいたんですけど、やっぱり自分のことを書いてるみたいな感覚でした。配信に対しての想いとか、リスナーさんへの想いとか、見られることへの苦悩とか。タイアップ曲というより、ほんとに自分のミニアルバムの曲を作っているみたいで。それを提出したら「めちゃくちゃ最高です」って言ってもらえたので、これで合ってたんだなと安心しました。
──“確証論”は特にライブで聴きたくなる楽曲ですね。
自分としては“確証論”はすごく歌いやすいんです。ほとんど自分自身の感情なので、気持ちを乗せやすくて。それでいうと“青春の向こうへ”はすごく難しい。自分の中で特にこだわっているのが、《あなたはヒーロー》っていうサビ最後の1行。ここの《ヒーロー》の歌い方を、比呂に寄せるのか、ヒーローに寄せるのか、それぞれの解釈を持ち寄って相談して作りあげてきたので、そこをライブで歌おうとすると、さすがに好き勝手できないんですよね。ライブでもそこを頑張って表現したいと思っています。
──もうひとつ触れておきたいトピックがあります。同じくVTuberでありシンガーである渡会雲雀さんとふたりで“劣等上等 feat. 鏡音リン・レン”(Giga)をカバーしていましたが、この曲が、これまでにないほどエモーショナルな歌唱を引き出していましたよね。渡会雲雀さんが(鏡音)リン・レン曲を提案してくれたことがすごく嬉しくて、気合い入りまくりで制作した結果、めちゃくちゃ時間がかかりました(笑)
『緑仙の音楽ダイアログ』という形で、音楽対談を定期的に配信しているんですけど、そこでゲストとして渡会さんをお招きしたんですね。この収録のタイミングで「にじさんじ」全体で回るライブツアーをやっていて、その名古屋公演で初めて一緒に歌う場面があったんです。「もっとこうできたよね」とか、「練習の時間がもっとあればなあ」みたいな部分もあったりしたけれど、すごく楽しかったから「次何する?」みたいな話になって。そのときに “劣等上等”に関して彼のほうから提案してくれました。鏡音リン・レン(バーチャルシンガー)曲って、結構人を誘うのが難しいんですよ。僕は結構レン(男声)で呼ばれることが多くて、今回はリン(女声)だったので、「いいんですか自分で?」って。渡会さんがリン・レン曲を提案してくれたことがすごく嬉しくて、気合い入りまくりで制作した結果、めちゃくちゃ時間がかかりました(笑)。この話が本格化したのが今年の初めくらいだったので、やっとですね。やっと出せました。
──ふたりのボーカルの新たな境地が切り拓かれたカバーだと思います。ハイトーンもそうだし、ラップパートも。
クリエイターさんとやりとりをするときのことを、僕は「音楽文通」と呼んでいるんですけど、相手がいいものを出したら、こっちもそれに応えるようなものを出して。そうするとまた向こうも「ここまでやってくれるんなら自分ももっと」ってなる。それを聴けばこちらもまた「そこまでやるなら自分ももっと!」って、誰に頼まれてもいない部分がどんどん付け足されていく。渡会さんが「ここ、全体で聴いたら声が低いんでハイトーンでいきますわ」って言い出したら、「だったらこっちのインパクトが弱くなるから、ここでがなります」となって、「そうなるとここも欲しくないですか?」っていうのでコーラスが増えて。そうやって「また増えた、また増えた」って、エンジニアさんを困らせたと思います(笑)。快く「はーい」ってやってくれたのがありがたかったですね。
──そんなふうに、緑仙さんの音楽衝動がいろんな方向で高まっているのを感じるこの頃ですが、昨年に続いて今年もCOUNTDOWN JAPANへの出演が決定しました。去年は初出演にして初日のトップバッター。緊張感もあったと思いますが、どうでしたか?音楽ってすごいから、次元が違っていても自分の感情を伝えてくれる。だから「新しいことをしている」とか「切り拓いていくぞ」みたいな感覚はそこまでないんですよ
逆にまったく緊張はしていなくて。怖いもの知らずだったんですね。その前にツアーをやっていたこともあって、ツアーファイナルのようなテンション感でした。バンドメンバーはいつメンだし、その人たちと「なんかCDJも出れるらしい、いえーい!」っていう。このときの気持ちの高まり方は、僕が初回配信をしたときの感覚に近かったです。2018年に初めてVTuberとして配信をしたんですけど、まだ今ほど「にじさんじ」も盛り上がっていなくて。今は街を歩けば駅の広告とか電車の映像とか、いろんなところでVTuberを見かける時代になりましたけど、当時はまだ一部の二次元コンテンツ好きな人にしか注目されてなかったと思います。だからこそ未知の領域で、どうなるかわからないというワクワクが強くて。ドキドキするというより、逆にいつもより多弁で元気になっちゃうみたいな、変な高まり方が、自分の中ではすごくよかったんですよね。そのときの感覚に近かったです。
──CDJのステージには緑仙さんのファンもたくさん駆けつけたと思うんですが、VTuberがステージに立つということに興味を持って足を運んだ人もいっぱいいたと思うんですよね。結果として、そういう人たちも巻き込んで、しっかり盛り上がるライブになっていました。
朝イチだし、最初は「お客さん、入るんかな」っていうところから、どんどん人が増えてきて。そしたらさらに余裕が出てきてMCで「待ち合わせで暇な人は来てください」みたいなことまで言っちゃうみたいな。ほんとにVTuberって実在するのか、どうやってライブやるのかって、お客さんには思われていたと思うんですけど、なんか普通に楽しいじゃんって思ってもらえたらいいな、一緒に音楽を楽しんでもらえたら嬉しいなって思いながら歌っていました。
──VTuberだとかバンドだとかの属性を超え、さらに次元も超えたライブを見せるという、新しい文化をフェスに持ち込むような気概もありましたか?
いや、そもそも自分が「異質なものである」、「他とは違った文化である」という意識を持っていないからこそ、フェスに出たいだの、ライブをもっとやりたいだの、好きなことを言ってしまうんですよね。それを実現するためには、いろいろ大変なことがあるというのはわかっていながらも。
──感覚的に、そこに文化的な線引きはないと。
もちろん生身の人が立つステージのほうが伝わるものはたくさんあると思うんです。細かな表情の変化とか汗をかく姿だとか、そういうところで熱を伝えられることもあるので。でもVTuberのライブは次元を超えるだけでも大変だということを頭では理解しているけれど、それでもやっぱり音楽ってすごいから、次元が違っていても自分の感情を伝えてくれる。そう信じてここまで来ているんですよね。だから意外と「新しいことをしている」とか「切り拓いていくぞ」みたいな感覚はそこまでないんですよ。ただひとつ思うことは、自分が頑張ることによって、VTuberというジャンルの人たちがもっと音楽イベントに出やすくなったり、音楽でデビューできたりするようになるんじゃないかということ。フェスもそうなんですけど、そういうのがちょっとずつ可能性として広がっていったらいいなと思います。「あ、緑仙がやってるならいけるじゃん」って、業界全体としての前例でありたいなというのはありますね。
──そして今年、2度目、2年連続のCDJ出演。今はどんなステージにしようと考えていますか?
今年のほうが緊張してます(笑)。出たらどうなるかというのがもうわかっているので、今までにないタイプの緊張をしています。もちろん楽しみなんですけど。前回出たときに驚いたのは、ワンマンライブとフェスとでこんなにもお客さんの雰囲気が違うということ。僕のライブに来る人の多くは、それほどライブやフェスに慣れているわけじゃないと思うんですよね。VTuberを好む人は、家でゆっくりインターネットを楽しみたい人が多いと思うので。なので、ライブでもそれほど積極的にハンドクラップが起こったりはしないんですよ。音源にわかりやすくクラップが入っているところでは起こるけど、基本的にはみなさん、サイリウムを手にライブを楽しんでくださっているので。それが去年のCDJで“猫の手を貸すよ”っていう曲を披露したとき、大きなクラップが起こって、前方にいたいつもライブに来てくれているファンの人たちが驚いてました。「ここって手拍子すんの?」みたいな。僕も、「え、手拍子してくれるの?」って。そんなふうにしてくれるんだったら次回もこの曲入れちゃおっかなとか、今回はまたセトリの組み方が変わりそうです。
──初見で曲を聴いて盛り上がれるというのはフェスの理想的な形ですよね。
あれは感動しました。「フェスの客すげえ」って。どこ目線だって話ですけど(笑)。すごく嬉しかったです。普段から観てくれているリスナーさんと一緒に、たくさん成長させてもらえたフェスだったので、今回はさらに成長できるように、いろいろ吸収したいなと思います。
──今年初めて緑仙さんのライブに触れる人もいると思います。そういう人に向けてもひと言お願いします。
VTuberのライブというものが浸透してきている昨今ですが、まだ実際どういうものかわからないという人も多いと思うし、自分もまだわかっていないです。でもアイドルが好きで来ている人、激しい音にめちゃめちゃ頭振る人、ほんとに棒立ちの人……いろんなタイプの人がいる中で、どんな盛り上がり方でもいいから、音楽を通じて騒げばみんな仲間だっていう感覚はずっとあって。初めて観る人は「これがVTuberのライブか!」と驚くかもしれないですけど、自分はシンプルに歌で、来てくれた人の心を惹きつけたいと思っているので、ぜひ一度、聴きにきてください。
──今年もさらに期待しています。
ありがとうございます。頑張ります!
●リリース情報
『青春の向こうへ』
©あだち充/小学館
提供:ユニバーサルミュージック
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部