──歌詞についてもうひとつ気になったのが、毒の部分。歌の中に相当辛辣な登場人物のやりとりがあって、長谷川さんの表現者としての重要な核になってると思うんだけども。帰り道、記憶に残ったことを1行書き留めるんです。たとえば「今日の飲み会は人脈カードゲーム」とだけ書き留めて、そこから歌詞を膨らませていきます
歌詞を書こうとするタイミングが、帰り道が多いからだと思います。
──というと?
楽しかった会の帰り道、つまらなかった会の帰り道に、記憶に残ったことを1行書き留めるんです。そういうストックから──たとえば「今日の飲み会は人脈カードゲーム」とだけ書き留めたりするんです(笑)。そういったストックから歌詞を膨らませていきます。
──「今日はすごい楽しかったなー」って帰ることは少ないんですか。
いや、そのほうが多いです。私、人生が大好きだし、人間のことも好きで、自分のことを明るいと思うんです。ただ、楽しくていいのだろうかっていう気はしてしまう。人生、頂き物ばかりなんですよね。だから、楽しかった帰り道にそれを表現しようとすると、『もらいものの酒で上機嫌』みたいなことになる(笑)。どこか危機感というか、こんなに幸せなはずはない、というのがあるんだと思います。
──そのメモが、創造の源になると。
癖ですね。たぶん私自身が、幸せな人よりも不幸せな人を見ているほうが楽しいからだと思います。もし自分が「ハッピー」ですと歌ってしまったら、誰からも興味持たれないんじゃないかという恐れがあるんだと思います。とはいえ、曲を聴いてできるだけ前向きな気持ちになっていただきたいとは思うので、辛辣な言葉もどこかコメディの要素は入れているつもりではあるんですけれども。「楽しい」までの距離がもっと短いような曲も今後、書けたらいいなと思います。
──これだけ棘や毒が入っているアルバム作ったということは、逆に言えばものすごく幸せや喜びに対して敏感だし、愛を求めてる人なんじゃないかなと思うんですよね。だから今後、今回のアルバムに表現したことの裏にある愛情だったり喜びだったりに向かっていく可能性も大いにありえますよね。
はい、大いにあります。今作を作るにあたって、シンガーソングライターの谷山浩子さんとたくさんやりとりさせていただいたんです。その中で、「長谷川さんがメールの中でする優しい表現みたいなものも作品にしていつか提示してみてほしい」と言っていただいて。それをすぐにやってみたのが8曲目の“かの森のペンフレンド”なんですけれども、これを谷山さんに聴いていただいたら、「冒頭が《君に嫌われたくないもので》で、2行目が《君を嫌いたくないもので》とは、どういう意味でしょうか」と聞かれまして。それで私が「《君》と《僕》がいるとしたら、この一人称の《僕》は《君》に懐いていないから、《君》を嫌いたくない、つまり『君』を信じきってはいないという意味です」と申し上げたら、「やっぱりどこまでも白曲というのを書きたくないんだなという気概を感じました」と言われました。精一杯やって、こういう感じでした(笑)。
──(笑)。あともうひとつ感じたのは、能動的に物語を進める主人公が出てくる曲が1曲もないんですよね。曲の中で起きてることに対して、登場人物はどこか受動的で、しかも冷静にそれを観察している傍観者的でもある。それも、これまでの自分自身の要素が反映されているんですか。結局、長谷川カオナシのお面の向こうは伽藍堂なんだと思います。語り部として物語にいくらか主張を含ませることによって、溜飲を下げているのかもしれません
確かに、今そう言っていただいて初めて気がつきました。私は人生において、そんなに能動的に動いて来なかったですね。集団の中で何が起きているか観察をして、じゃあここは出たほうがいいか、という微調整をする立場にいることが多かったので、そういう目線の曲が多いかなと思います。今発見してびっくりしました(笑)。
──そんな自分だからこそ、歌の中では逆にポジティブな主人公像を設定して世界を変えてやるぞ、みたいなことにはならないんですね。
でも、それはテーマとしてすごく面白いなと思います。今度やってみたいなと思いました(笑)。
──ゲーム的な感性はそういう部分にも感じるんですよね。ゲームの中では主人公を動かしていろんなことが起きるけど、もっと引いてみれば、プログラム通りに動いている世界を受け入れているわけで。
私、基本的には励ましたいんですよ。仮に打ちひしがれてる方がいらっしゃった場合、これが慰めの言葉になるかどうかわからないけれども、一度ゲームとして捉えてみたらちょっと諦めがつく部分もあるんじゃないかなと思って、ゲームという単語をよく用います。自分自身、そう思って乗り越える局面もあるので。決して無責任に、快楽的にゲームととらえているわけではないつもりです。
──今いるこの世の中を現実として背負うのではなく、ゲームだったらどういう解決法があるかを考えたほうが、冷静な最適解にたどり着くこともありますよね。このアルバムには奇天烈な世界もあるんだけど、ある種の正解を言い当ててるところもあって。そこが僕はとてもゲーム的だなと思ったんです。
俯瞰──ひとつの層だけ外側に立って落ち着いてみましょうということを、ゲームという言葉に置き換えてるのかもしれません。今初めて気がついたんですけれども、私は、一人称の私として「こうしたい」「これが悲しかった」「明日はこう頑張ろう」というように、私が私が、というものを歌うのが怖いんだと思います。だから結局、長谷川カオナシのお面の向こうは伽藍堂なんだと思います。「こういう物語がありました」と語り部でいることによって、その物語に自分の主張をいくらか含ませることによって、溜飲を下げているのかもしれません。
──でも、どの曲にもめちゃくちゃ長谷川カオナシさんが出てると思いますよ。メンバーからは何かアルバムの感想を言われました?
長い付き合いなので、直接「よかったよ」というようなお声はないですけれども……一応、喜んでいただけたようです(笑)。全曲のマスタリングが終わって、アルバムの完成の打ち上げみたいなものをしたんです。参加していただいたアーティストのみなさんとエンジニアさんを呼んで。尾崎さんはご用件がということでお断りだったんですけれども、(小泉)拓(Dr)さんも(小川)幸慈(G)さんも来てくださって、すごい飲み会になったんです。もう、私の生前葬があるとしたらこういうかたちなんだろうなあ、と思うほど素敵な会でした。
──その打ち上げの帰りには変な攻撃的なメモは書かなかったですよね?
生前葬、とだけ書いたかもしれないですね(笑)。
