all pics by Chiaki Karasawa 2010年の再結成以降、実はスウェードはブレット・アンダーソンのソロ来日も含めると何と5年連続で来日を果たしているのだ。こんなにコンスタントなライヴ活動を続けている再結成バンドなんて滅多にお目にかかれないわけだが、しかもスウェードが凄いのは5回のツアーにはそれぞれに全く異なる意味とテーマがあったということだろう。徹底してレトロスペクティヴなツアーもあれば、スウェードの曲を一切やらないソロ・ツアーもあった。往年のファン感謝祭的なツアーもあれば、新作を引っ提げての超攻撃型のツアーもあった。
再結成後5回目の来日となった今回のツアーは、JAPAN JAMへの出演に加えて東京・大阪で1公演ずつ単独公演を行うという変則的なスケジュールとなった。そして洋邦バンド入り混じったフェスティヴァルに相応しいベスト・ヒット・ショウを繰り広げたJAPAN JAMのパフォーマンスとは対照的に、単独公演は再結成後のスウェードの公演の中でも際立ってディープ、そして究極に「スウェードらしい」ステージとなった。その理由はもちろん、今回の単独公演が『ドッグ・マン・スター』の完全再現ライヴというメモリアルなものだったからだ。
1994年にリリースされたスウェードのセカンド・アルバム、『ドッグ・マン・スター』。このアルバムを彼らが今、完全再現しようと試みたのは「20周年」というのがもちろん最大の理由だ。しかし、デビュー・アルバム『スウェード』(1993)の20周年再現ライヴは行わなかったわけで、彼らは『ドッグ・マン・スター』「だからこそ」20周年を記念した何かをやろうとしたのである。じゃあなぜ、デビュー・アルバムではなく『ドッグ・マン・スター』だったのか――それは、このアルバムが典型的な「再評価アルバム」だからだろう。
今でこそスウェードの最高傑作と謳われる本作だが、リリース当時の評価はけっして高いものではなかった。当時、バーナード・バトラーの脱退や幾多のスキャンダルによって彼らを取り巻く状況は混沌としていて、そんな状況下でリリースされた本作は正統な評価を受けることないままノイズにかき消されていった印象だった。しかも時は1994年、英国がブリットポップで浮足立っていた最中だ。ハードでダークな本作は時代の空気に明らかにそぐわなかったし、「スウェードはもう終わった」とでも言わんばかりの負の同調圧力があった。だからこそ彼らはサード・アルバム『カミング・アップ』(1996)で「復活した」と評されたのだ。そう、だから『ドッグ・マン・スター』の完全再現とは、20年越しの歴史と誇りの復元行為でもあると言えるだろう。
この日のショウは2部構成で、1部がまさに“Introducing The Band”から始まる『ドッグ・マン・スター』の全12曲の完全再現だ。マントラのような懐かしのイントロが始まり、しかしそのハイファイでばきばきに醒めた響きにいきなり驚かされる。これは確実に「2014年」度版だ。だって、リアルタイムの“Introducing The Band”はへろへろと輪郭の定まらない刹那のドラッギー・サイケだったからだ。続く“We Are The Pigs”、“Heroine”と前半3曲をノンストップで一気に駆け抜けたところで小休止、8人編成のストリングスが加わり、アコースティックで優美な“The Wild Ones”が始まる。アコースティックだけれど、やっぱり凄まじく響きがハイファイだ。むしろ『ドッグ・マン・スター』本来の音のダイナミクス、レイヤーは、1994年当時のスウェードのライヴ・バンドとしての度量では再現できない高度なもので、経験を積み、筋力を鍛えあげた2014年の彼らだからこそ本作の本質にリーチできた、ということなのかもしれない。
ライヴ・バンドの度量という意味でこの日最も驚いたのが続く“Daddy’s Speeding”で、ニールのピアノとリチャードのギター・リフのミニマム&エッジィな呼応といい、凄まじい抑揚でグルーヴを作るサイモンのドラムスといい、スウェードのライヴでのプレゼンにここまでモダンな感覚を覚えたナンバーは初めてだ。しかも“Daddy’s Speeding”なんていう通常のライヴではきっと二度と観ることは叶わないレア曲で!そう、たとえば『カミング・アップ』も『ドッグ・マン・スター』と勝るとも劣らない名作だが、仮に『カミング・アップ』の完全再現をしたとしても『ドッグ・マン・スター』完全再現のようなレア感やスペシャル感は出ないと思う。なぜなら『カミング・アップ』のナンバーの多くは通常ライヴの常連曲でもあるからだ。そういう意味でもつくづく『ドッグ・マン・スター』完全再現の希少と幸福を噛みしめた“Daddy’s Speeding”だった。逆に“New Generation”や“The Wild Ones”のような通常ライヴの常連曲でもあるナンバーにはストリングスが配される等して、これまたいつもとは異なるアレンジとモードで楽しませてくれるのも嬉しい。
ブレットが悲劇を演じる女優のように跪きしめやかに歌い上げた“The 2 Of Us”や、歌詞の「Heathrow」を「Tokyo」と変えて物語をそっと目の前に広げて見せた“Black Or Blue”といった後半のシアトリカルなナンバーは、まさにコンセプト・アルバムでもあった『ドッグ・マン・スター』トータルの流れの中でこそ聴くのが相応しいと感じたし、そういう意味でもあの頭でっかちな誇大妄想一歩手前のナンバー“The Asphalt World”が、ついに、ついに完璧なスケールと奥行きを持って鳴らされたのもまた、今回の20周年完全再現だからこそだった。
“The Asphalt World”、そしてラスト、美しすぎるピリオドの“Still Life”に浸りながら、1995年の『ドッグ・マン・スター』来日のことを思い出していた。青白い、死神のような顔をしていたブレットを、破滅と退廃をすぐ脇で飼いながらギリギリで持ちこたえていた彼らのステージを思い出していた。もしあの時の自分に「19年後にスウェードはまだ活動しているよ。活動しているどころか『ドッグ・マン・スター』の完全再現ライヴをやってくれるし、しかも“The Asphalt World”をめちゃくちゃ格好良く演奏するよ」と教えたとしても、絶対に信じなかったと思う。“Still Life”ラストのストリングスのK点越えのカタルシスは凄まじく、ブレットもやりきり、感極まった万歳ポーズを何度も何度も繰り返していた。
こうして『ドッグ・マン・スター』完全再現の幕は閉じ、まさに感無量、既にこの時点で120%の感動を味わいつくしているわけだが、ここから第2部、問答無用のスーパー・ヒット・セットが始まるのだから本当にとんでもない。ブレットも1部とは全く異なるギア、言うなればインストラクターのギアが入り、ステージを右へ左へ走りまわりながら「Sing it for me!」「Louder!」「Well done!」と煽りまくっていく。そう、1部ではめずらしくほとんど客に煽りを入れなかったブレットだが、アルバムの完全再現というコンセプト・ライヴと通常ライヴのモードをはっきりわけてくるのも彼らしいと思った。“She’s In Fashion”ではアカペラも披露し、“The Drowners”では客席突進、もみくちゃにされながら恍惚と歌い上げる。いやもう、“The Drowners”から“Metal Mickey”までの間髪入れずのシームレス初期曲3連発は本当に昇天物だった。スウェードと、スウェードを愛する者たちの団結のアンセムである“Beautiful Ones”で幕を閉じた全21曲。完全燃焼!!!(粉川しの)
セットリスト
Introducing The Band
We Are The Pigs
Heroine
The Wild Ones
Daddy’s Speeding
The Power
New Generation
This Hollywood Life
The 2 Of Us
Black Or Blue
The Asphalt World
Still Life
Killing Of A Flashboy
Trash
Animal Nitrate
Can’t Get Enough
She’s In Fashion
The Drowners
So Young
Metal Mickey
Beautiful Ones