原宿アストロホールはこれまたドラムスに引き続きパツパツの超満員、加えて男子率が異様に高くハードコアなファンが集った印象だ。若手UKロック・バンド中でも際立って硬派でストイック、純音楽的な求道精神でひた走るバンドだけに、そしてそんなバンドの極めて野心的な新作を引っ提げての来日だけに、しかもキャパ200ちょいのアストロホールというプレミアな規模感も相まって、事前の期待値の高さは半端なかったのではないか。
最初に新作『トータル・ライフ・フォーエヴァー』の試運転の場、と簡単に書いてしまったが、それは言うほど簡単なものではない。何故なら彼らのデビュー・アルバム『アンチドーツ』と『トータル・ライフ・フォーエヴァー』の間にはすさまじい落差が存在するからだ。マス・ロックと呼称されるポスト・パンクの理知的様式をパーフェクトに体現し、鋭角なリズムと跳ねるメロディ、そのスリルで疾走する『アンチドーツ』のアート・ロックとしての目的地の分かりやすさと対照的に、『トータル・ライフ・フォーエヴァー』はよりエモーショナルで壮大、俯瞰で見て初めてその全体像を結ぶような空間設計の一枚である。つまりそこには「点」と「立体」ほどの差が存在するわけで、そんな2枚の落差をいかに埋め、いかにスムーズな連結を達成するかの試みがこの日のライブだったと言っていいだろう。
この日の内容は『トータル・ライフ・フォーエヴァー』から5曲、『アンチドーツ』から7曲というもので、数曲ずつ交互に新旧ナンバーを入れ替えるその構成は文字通り新曲のトライアル、鍛錬の場として機能していた。明らかに旧ナンバーのほうがこなれている、というか容易にかたちを成すのは楽曲の特性上当然のことで、途中までは難易度の高い新ナンバーでアブストラクトに崩れかけた体勢を、『アンチドーツ』の曲でぎゅっと引き締め直して再び『トータル・ライフ・フォーエヴァー』の曲に挑んでいく、という四苦八苦の痕も見受けられた。新作中で最もポップでシングル・オリエンテッドな“This Orient”をやらなかったことにも、この日のライブに臨む彼らの明確な目的意識と覚悟が透けて見えたように思う。
状況が変わったのは4曲目、ブルーのバックライトに照らされる中緩やかに始まった新曲“Blue Blood”からだろう。新曲の呼吸に徐々に彼ら自身がフィットし始める様が手に取るように分かる。続く“Miami”はタムの強力連打でこれまた自分達自身を覚醒させ、硬かった新曲へのアプローチが一気に解きほぐされていく。“Spanish Sahara”ではイントロ最初の1小節が鳴らされた段階でわっと大きな歓声が上がる。この日のオーディエンスは“Spanish Sahara”が持つ特別な意味を分かっていて、『トータル・ライフ・フォーエヴァー』で最も難易度の高い本ナンバーの怒涛の展開を、エモーショナル極まりない爆発の瞬間へと向かうプロセスを固唾を飲んで見守っていた。そして、まるでスペースシップが少しずつ高度を上げ、大気圏へと突入し、無重力空間へと到着するまでの道筋を記したような本ナンバーの展開が丁寧に、しかし寸分も躊躇もなく繰り広げられていくのを目の当たりにした時、この日のライブの目的はほぼ100%達成されたと言えるだろう。
アンコールは鉄板の“The French Open”、そして“Two Steps,Twice”。ドカスカぶち叩かれるパーカッションはまるでバンドの原初の姿に立ち戻り終わるための儀式のようだ。そう、この日のフォールズは自分達の過去と現在をサイクルさせるライブをやった。敢えての過渡期の演出、バンドのキャリアにおいて貴重な一瞬を記録したライブをやった。そして彼らがさらなる未来を描く場所、それは7月末の苗場になるんだろう。(粉川しの)