ステージとフロアの間には半透明のスクリーンが貼られ、ハットを被った秋田ひろむ(Vo/G)、豊川真由美(key)にギター、ベース、ドラム加えた5人という6月の初ライブと同じセット。18:15、場内が暗転するとまずはオーディエンスから大きな歓声が届けられる。ライブのオープナーは“ポエジー”。「僕らは順応しない、僕らは反省しない、僕らは戦争したい、約束はできるだけしない――」、繊細なグリッチ・ビートの上で秋田のあどけない囁きが徐々に叫びへと変わり、呼応するようにバンド・アンサンブルも熱を帯びていく。2曲目は再び初夏に立ち返るような“夏を待っていました”。ベースのリズミカルなアレンジがとてもいい。そして流麗なピアノとギターが柔らかに音色を結び、そこに刃を突き立てるような秋田の言葉が響く。現実と非現実の境界線を揺らぐような独特の時の流れが立ち上がり、聴き手は彼らの物語や展開に合わせ同時的に自己経験の意味を付与し、照らし、取り込んでゆく。まるで超満員のフロアという事実が一瞬で消え去り、自分ひとりが取り残されてしまったかのように。初ライブの感覚を再び手繰り寄せるには2曲で充分だった。それほど彼らが屹立させている世界はすでに完成されている。
“光、再考”のてるてる坊主の周りを螺旋を描きながら駆け巡る歌詞、“つじつま合わせに生まれた僕等”の大きな木の背景に流れる動植物の生死と戦争、“アノミー”の「PARADISE」と書かれた廃墟で展開する鮮烈なアニメーション。これらの映像もまた単なる観賞物でもファンタジーの現出などでもなく、私たちがこの時代に生きその不可解さに後ずさりしながら、見えない敵に震える日常であることを明確に告げている。彼らの映像は、秋田の今を生きる当事者としての言葉と同じ表現の列に並び立っている。そして視覚は映像を、聴覚は音と声を、脳内は言葉を必死に追いかけ次第にシンクロしていく。最初はその情報量に圧倒されてしまうが、時間とともにその緊張と集中が心地良く体に浸透していった。
6月の追加公演なのでセットリストも新曲を除けばほぼ同じだったが、演奏面で言えばブレもなくなり終始高いクオリティを維持していたように思う。3つの新曲では彼らの演奏力と音の多彩さが前面に押し出されていて、“古いSF映画”ではその名の通りノスタルジーを喚起させるくぐもったサウンド、“デスゲーム”の地下から音がせり上がってくるような震えるベース・ラインと対照的なオルガンの音色、“空っぽの空に潰される”の隙がないくらいに突き詰められたリズム・パターン。そして、秋田の散弾的に投げかけられる言葉、あるいはリーディング調のボーカルにメロディと表情を与え「歌」に昇華させる豊川のピアノ。これらの演奏は、互いが互いを引き出すために相乗的に作用しているようにも感じる。6月にあれだけのライブをやればどうしても映像と詩世界のシンクロに話が傾いてしまいそうだけど、綿密に計算された音像にも非常に聴きごたえがあるのだ。そしてその上に立つ秋田の声。どううまく歌うかというより、どう感情の熱をこめるかという点に今夜の歌があった気がする。6月のライブでは曲によって声色やトーンの変化が感じられたものの、今夜のライブではポエトリーリーディングも含めた全曲に凄まじい熱量と気迫がみなぎっている。てるてる坊主のフードに隠れされていたのは不適な笑みなどではなく、秋田の息吹と感情であった。
ステージに炎が灯されて、ラストに演奏された“カルマ”。ゆっくりと目覚めを促すような豊川の柔らかなピアノの音色。カタルシスを爆発させるバンド・アンサンブル。スクリーンには、歌詞の「あの子を救う」とシンクロした映像、少女を襲う側、守る側に分断されたてるてる坊主同士の戦い(“クリスマス”のPVでもある)が映る。その中で秋田は、《いや、そもそも僕らは皆盗人だ/この世界に生きる事は罰なのかもしれない》と自責しながら《どうかあの子を救って》と、絶望の中で願望と希望を叫んでいくのだった。バンドがステージを去り、ライブのクロージングに流れた新曲が終わる最後の最後までオーディエンスはステージを凝視することをやめず、耳をかたむけている。全17曲、濃密な1時間半はこうして幕となった。
この日のMCも1回だけ、ラストの“カルマ”に入る前だった。初ライブの時よりも少しだけ言葉を重ねた秋田はこう言った。「青森の片田舎のろくでもない人間の、ろくでもないたわごとに付き合ってくれてありがとう。こんなに入ってくれるとは思わなかったです。でも、わいはこれで報われたとか満足したとか思っていなくて、もっといい曲作りたいし、もっといいライブがしたい。またライブもやると思うので、よかったら来てください」。この青森弁のMCも、歌詞を忘れてしまったライブ中の一幕も、スクリーンの向こう側から秋田の体温を感じた瞬間であり、なんだか妙な安心を抱いたのは僕だけじゃないだろう。彼らの楽曲の中で散弾される言葉には聴き手に配慮した共感や媚びなどは一切ない。それでもこれだけの人を惹きつけ、また楽曲が聴き手一人一人にすっと入り込んでそれぞれの物語になるということ。このバンドは切実なコミュニケートを前提とし、求めているバンドなのだろう。amazarashiがまた少し聴き手に近づいてきた、素晴らしいライブだった。次回のライブは2012年1月28日、渋谷公会堂。まだ先は長いが、11月にリリースされる彼らの1stアルバム『千年幸福論』を聴きながら楽しみに待ちたいと思う。(古川純基)
<セットリスト>
1.ポエジー
2.夏を待っていました
3.ムカデ
4.ポエトリー1「飛べない鳥」
5.光、再考
6.つじつま合わせに生まれた僕等
7.アノミー
8.古いSF映画
9.デスゲーム
10.ポエトリー2「生きている」
11.さくら
12.無題
13.空っぽの空に潰される
14.奇跡
15.ポエトリー3「昨日以外の全てについて」
16.この街で生きている
17.カルマ