毛皮のマリーズ @ 日本武道館

pics by 有賀幹夫
こんな気持ちで日本武道館のロック・コンサートに向かうことが、今までも、これからも、一度だってあるだろうか。そしてそれは哀しく、美しく、高潔なショウであった。毛皮のマリーズの、初の武道館であり、バンドとして最後のワンマン。まるで虚飾のない、機材だけが並ぶステージが用意され、それゆえにバンドの姿だけがありありと目に焼き付けられる。暗転したステージにはエディット・ピアフ“愛の讃歌”が響き渡り、薄い照明が差し込む中に上半身を露にした富士山富士夫(Dr.)が、真っ赤なハイヒールを履いた栗本ヒロコが、落ち着き払いながらもやや神経質な面持ちの越川和磨が順に姿を現して“REBEL SONG”の軽快なイントロを鳴らす。最後に舞台中央へと大股で歩み出てくるのは、レザー・ジャケット姿の志磨遼平(Vo.)。メンバーの装いもラスト・ライヴという特別な印象はまるでない。抜き身の、我々の知っている、毛皮のマリーズだ。その最後のワンマンが、始まってしまった。

オープニング・ナンバーを締めくくる志磨のジャンプ一閃、「ブドウカーン!」という声を合図にするように、これまたショウの序盤には欠かせない“ボニーとクライドは今夜も夢中”が繰り出される。そのロックンロールのビートと歌が軽やかであればあるほどに、時は残酷なまでに正確に刻まれてゆく。いや、そんな時の残酷さを認めた上で抗おうとするブルースが、この軽やかなナンバーには予め滲んでいる気もする。そして富士山のタム・ロール&西くんこと越川の妖艶なギター・フレーズが響き渡る“人間不信”で、深紅の照明とともに感情の深淵へとダイヴしてゆく4人。「こんばんは! 俺たち毛皮のマリーズといいます! 今日は最後のライヴ、楽しんで帰って!」と言い放ち、この序盤に、早くも“愛する or Die”の爆発的な叫びを、息切れも辞さずに持ち込む志磨である。一方、オーディエンスもこのテンションにひるむことなく、シンガロングで食らいついてゆく。紛れもない、毛皮のマリーズの武道館だ。彼らの歌声は“ガンマン、生きて帰れ”にもそのまま引き継がれた。西くんはこのステージを目一杯楽しむように、練り歩きながらブギーでグラマラスなギターを弾き倒している。

「どうもありがとう。次の曲は僕らの新しいレコードから、“ラストワルツ”という曲です」。志磨の言葉はいつにも増して素っ気ない。到底、言い尽くせない想いがあり、言い訳もしたくない。伝えるべきことを、毛皮のマリーズは歌に、音楽にしてきたはずだ。一転して静謐に奏でられるその曲の中で歌われるように、泣きながら踊ったっていい。それを可能にする自由が、ロックにはある。珠玉のソウル・ナンバー“それすらできない”では志磨がギターを弾く西くんに寄り添い、歓声には「どうもありがとう、武道館、似合うかい?」と言葉少なに応える。いつしかロック・シーン屈指の美しいフロントラインとなっていた志磨と西くんがそれぞれアコギを爪弾き、披露される“ダンデライオン”もまた素晴らしいパフォーマンスであった。「終末」にひたすらフォーカスし続け、そこから抉り出される生々しいロマンを描いてみせる時間帯だ。

オーディエンスが裏拍を取って手を打ち鳴らすモータウン・ビートの“BABYDOLL”から、ヒロティによるリード・ヴォーカルの定番の一コマ“すてきなモリー”によって、再びショウは転がり出していった。「栗本ヒロコちゃんに、もう一度大きな拍手を!」そのキャラクターでバンドの花と刺を担ってきたヒロティ。「僕の後ろでドラムを叩いているのは、富士山富士夫くん!」はっきり言って、彼の演奏はかなり上達してしまった。が、彼は技術云々というより楽曲の物語に入り込んでビートを刻むことの出来る、毛皮のマリーズの純正エンジンであった。「そして、僕の昔からの友だちを紹介します。こいつの名前は、越川和磨くん!」若きギター・ヒーローにして我らが相棒、西くん。志磨は誇るようにメンバーを紹介してゆく。この後には華々しきメジャー・デビュー後のライヴ・アンセムと呼ぶべき“コミック・ジェネレイション”がプレイされる。メジャー唯一のシングルにおいても、彼らはシングル盤を聴くことの喜びを変わらず提供してくれていた。そして同シングルの表題曲“Mary Lou”へ。狂おしいほどロマンチックな恋心を、至高のメロディの一曲に詰め込んで、毛皮のマリーズは世に放ったのだった。

「じゃあ、久しぶりの曲をやります」と“The Heart Of Dexie”。メジャー・デビューから1年半ほどで解散するバンドの、最初で最後の武道館。そこに立つ彼らは、ふてぶてしいまでに堂々としている。「武道館が到達点である」と決めつけること。「青春の終わりが毛皮のマリーズの終わりである」と決めつけること。そんなふうに、決定的瞬間において彼らは無敵のロック・バンドであった。唐突に、志磨がアコギのコード・ストロークで歌い出す“JUBILEE”へと連なってゆく。余りにも哀しく、なのにどこかコミカルで滑稽な、これぞ毛皮のマリーズというナンバーだ。残念ながら僕には見えなかったのだが、この日のステージの終わりに、志磨は“JUBILEE”の歌詞のとおり、ひとふさの髪を切り落として去って行ったという。刹那に注ぎ込まれたエネルギーが強く道を照らし出す“HEART OF GOLD”、そして会場内を見渡しながら髪を掻きむしり、志磨は「さらば青春! さらば青春! こんにちは、僕らの未来ー!!」と叫んで床の上を転げ回りながら旅立ちのロックンロール“ジャーニー”を歌う。辿り着いた本編ラストは、時代が選び取った愚者の福音“ビューティフル”だ。志磨はまともにメロディを吐き出すことができない。ほとんど喚くように歌詞をなぞる。そのメロディはもはや、オーディエンスの手に委ねられていた。志磨はただ、武道館に広がる“ビューティフル”の真ん中に居れば良かったのだ。

開演時と同じように、同じ順で、メンバーが一人ずつアンコールの舞台に歩み出てくる。ヒロティは中央で一旦立ち止まり、正面に向かって深く頭を下げた。アコギを抱えた志磨が登場して、堂々たるアンサンブルで届けられる美曲“YOUNG LOOSER”が響き渡る。ドラマティックなその1曲を終えると、時間にすればほんの数秒だが、とても長く感じられる沈黙が訪れた。オーディエンスの声だけが飛び交う。悲鳴のような声もあった。そして最後にプレイされるのは、ラスト・アルバムのタイトル曲にして最終トラックでもある“THE END”だ。まるで2曲が続けて流れる、映画のエンド・ロールのように。あたかも道化かコメディアンの如き節回しで煙に巻こうとする志磨だが、感極まってるのがバレバレなんだよ馬鹿野郎。混沌とした爆音に突入しながら西くんの肩を抱き、跪き転げ回り、富士山がスティックを放り投げて、彼らは去って行った。終演SEの“ロックンロールの自殺者”がフルコーラスで流れ終わっても、客席からの拍手はなかなか鳴り止むことがなかった。この光景は、葬列なのだろうか。そうなのだ、たかがロックンロールなのだ。だけど。

ロックンロールの理想を生き、メジャー・デビュー後の一年余には想像も及ばないような方法で、ロックンロールの夢想を駆け抜けた毛皮のマリーズ。余りにも潔癖な喪失感と寂寥感が突きつけられたままになっている。彼らが思い描いていた未来図の中に、我々はいるのだろうか。彼らは舌を出して笑っているのだろうか。何よりも、あの4人は、かつて思い描いていたのと同じぐらいスリリングな未来図を、それぞれ抱えているのだろうか。彼らはそのことを歌っていたはずだ。思いが尽きない中で、オフィシャルHPのトップに貼られたカウントダウン(12/25にカウントは0になるはず)が、とにかく今は気になっている。(小池宏和)

セット・リスト

01:REBEL SONG
02:ボニーとクライドは今夜も夢中
03:人間不信
04:愛する or die
05:ガンマン、生きて帰れ
06:ラストワルツ
07:それすらできない
08:ダンデライオン
09:BABYDOLL
10:すてきなモリー
11:コミック・ジェネレイション
12:Mary Lou
13:The Heart Of Dixie
14:JUBILEE
15:HEART OF GOLD
16:ジャーニー
17:ビューティフル

EN-1:YOUNG LOOSER
EN-2:THE END