開演予定時刻を少し回った頃、場内が暗転。豊川真奈美(Key)のピアノの演奏が響き渡り、スクリーンに花や蝶、猫や赤子の写真が次々と映し出されていく。続いて秋田によって、「変わらないものなどない。万物流転の宇宙のど真ん中……」と、『千年幸福論』に同封された詩集(彼らの楽曲には、歌詞とは別の内容の「詩」が存在する)に書かれていた、タイトル・トラックの“千年幸福論”に対応した詩が抑揚をつけて詠まれていく。そして、同曲のサビの一部が披露されたところで、新作の冒頭に収められた“デスゲーム”が披露される。本編が始まってもスクリーンはそのままで、楽曲の内容に合わせた映像を流すのがamazarashiのライヴの常。ここでは3Dモデリングされた人間がポロポロと崩れ落ちていくアニメーションを通して、「無自覚」という「悪」がもたらした冷徹な「死」の感触が伝えられる。その後ろにぼんやりと確認できる5人のメンバーの表情こそはよく見えないが、キリキリと切迫したバンドのアンサンブルは十二分に堪能できる。このような、メンバーの人間的な魅力を極力排し、楽曲の世界観を表出させることに徹する彼らのライヴのスタイルから浮かび上がってくるのは、バンドの中心人物である秋田ひろむの表現者としての強烈な自我と、彼の表現そのものが持つ破格の強度である。「多くのファンから愛されている」という事実に逃げ場を作らず、ひたすら純然たるアート表現のみでもって満場の観客を圧倒していくその姿に、表現に対する彼らのどこまでも真摯な姿勢を感じ取ることができた。
お金、友達、安心と、足りないものを埋めていくだけの日常を生きる虚しさが歌詞となってスクリーンを流れていった“空っぽの空に潰される”、メロディアスなベース・ラインにのせてトラウマティックな過去の記憶を生々しく蘇らせる“美しき思い出”と、新作からの楽曲を中心に構成された序盤を抜けて、あっという間に流れ着いたライヴ中盤。7曲目の“ピアノ泥棒”では、映像ではなくステージ後ろに実物のピアノを宙吊りにする大会場の特性を活かした意欲的な演出もあった。そしてその後は、豊川の伴奏に合わせて秋田がポエトリー・リーディングを届けた“冬が来る前に”を経て、『爆弾の作り方』『ワンルーム叙事詩』の楽曲を並べたブロックへ。自らを疎外する非情な現実への攻撃的なニヒリズムを色濃く滲ませたこれらの楽曲がそうであるように、寓話的な世界観を持ったamazarashiの歌が語るのは、別に斬新な視点でも何でもなく、恐らく誰しもが一度は感じたことのある普遍的な、それでいて人と共有しにくい(そうしたほうが何かと都合が良いので)反社会的な感情だ。だから彼らの音楽を聴き、ライヴを観るのには、身に覚えがありまくるため客体化することができない厄介な「それ」を真っ向から受け止めるだけの体力が要る。しかしながら、そうすることでしか辿りつけない境地があり、報われることのない魂がある。この日のオーディエンスもそれがよくわかっているようで、演奏中は微動だにせずステージを見つめ、曲が終わると割れんばかりの拍手喝采を浴びせていたのが印象的だった。
「ありがとうございます。やっと渋公に来れました。わいがみんなに伝えられる確かなことなんて多分そんなにないだろうけど、それでも、誰にも期待されてなかった人間が、なんとか踏ん張って、しがみついて、渋公のステージに立てたことは、みんなの励みになれるんじゃねえかなって思ってます」。ステージにゆらめく炎が楽曲を包む荒涼としたムードを加速させた終盤の“カルマ”を終えて、この日初のMCで秋田がそう語った後、影絵のような映像と共に立ち上がったのは“未来づくり”だ。「あなた」に認められたことを根拠に、自らの過去、そしてこれからを精一杯肯定することで生まれるこの曲のポジティヴなエネルギーが力強く会場を満たしていったところで、ラストの“千年幸福論”へ。ライヴ冒頭で秋田によって詠まれた同曲の詩にもあったように、いつまで経っても変わらないものはない。望もうが望むまいが、どんな人にも平等に終わりはやってくる。そんな悲しい現実を痛いほどに噛み締めながらも、それでも《千年続く愛情を 千年続く友情を 千年続く安心を 千年続く幸福を》、どうしたって願ってしまう我々人間の愛おしき矛盾を高らかに歌い上げる秋田の声が、会場の空気をびりびり震わせていく。そして、スクリーンにこの日のライヴで使用された映像の数々が走馬灯のようにフラッシュバックしていき、最後にモノトーンのバンドロゴがバッと映し出される。この日彼らが全編を通して表現してきた孤独や悲しみ、焦燥や虚無感、世界の真実、絶望、希望、そして幸福——その全てがこの一連のシークエンスに集約されていくかのような、圧倒的なクライマックスだった。
過去に行われた2回のライヴでもそうであったように、この日もアンコールはなし。とはいえ、およそ1時間半の本編の中で既にその世界観を完成・完結させてしまっていたので、たとえアンコールが行われたとしても、「蛇足」や「サービス」に過ぎないものになっていただろう。彼らがそんなことをしないのは百も承知だし、それにメンバーが去った後で会場に流れた、“千年幸福論”の先の風景を描いたamazarashiの次のモードを指し示す新曲があまりにも素晴らしすぎたため、「残念」という考えなど頭をもたげもしなかった。なお、彼らは今後、本公演の追加公演として、3月16日(金)のSHIBUYA-AX、3月23日(金)のumeda AKASOでライヴを行うことが決まっている。amazarashiはまだまだ止まらない。(前島耕)
[セットリスト]
1. プロローグ
2. デスゲーム
3. 空っぽの空に潰される
4. アノミー
5. つじつま合わせに生まれた僕等
6. 美しき思い出
7. ピアノ泥棒
8. 冬が来る前に
9. 爆弾の作り方
10. 夏を待っていました
11. ワンルーム叙事詩
12. 奇跡
13. コンビニ傘
14. 古いSF映画
15. カルマ
16. 未来づくり
17. 千年幸福論