マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン @ 新木場STUDIO COAST

これ以上ないタイミングでの来日と言っていいと思う。発表と同時に大きな話題を巻き起こし、追加公演を含めた全5公演がソールドアウトとなった今回のマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの日本ツアー。日本時間の2月3日に突如21年ぶりとなる新作『mbv』がオフィシャル・サイトを通してリリースされ、結果としてその直後の来日公演となった。マイブラは2008年のフジ・ロックでも来日を果たしているわけだが、やっぱりその時とは意味合いが違う。フジ・ロックの時は、あくまで「レジェンド」としてのマイブラに対峙する心境だったが、21年という歳月の隔たりはあるものの、新作をリリースした直後となる今回の来日公演は「生きている」マイブラを目撃する、そんな感慨がある。開演を待っていると、終始場内のBGMが音飛びを起こしている。曲を変えようが、CDを変えようが、音飛びは全然収まらない。それすらも実にマイブラらしい演出のように思ってしまうのは、既に彼らの術中にはまっているのか、それとも気負いすぎだろうか。そして、19時17分、ゆっくりと、ゆっくりと客電が落ちていく。

最初に姿が見えたのは、ドラムのコルム・オコーサク、その後にベースのデビー・グッギとヴォーカル&ギターのビリンダ・ブッチャーがステージに入ってくる。客席からは歓声が飛び、ステージ前のフロアには民族大移動のように多くの観客が押し寄せる。そして、最後にステージに現れたのが、大きな体躯のケヴィン・シールズだ。より一層大きな歓声が飛ぶ。そんな客席を見て、ビリンダは一言「Hello」と挨拶。続けてケヴィンも照れくさそうに「Hello」と語りかける。全員が配置についたところで、コルムのドラムスティックのカウントから始まった1曲目は『ラヴレス』の名曲のひとつ“I Only Said”。あのリフが会場に鳴り響き、ステージバックには、青を基調とした水中のような映像が映し出される。「耳栓」が大きな話題を呼んでいる今回の公演だが、初っ端の音量はそれほどでもない。しかし、それでも歌い出したケヴィンのヴォーカルはかすかにしか聴こえない。オーヴァードライヴをかけたギター・サウンドがエコーによって渦巻くサウンドの感触を確かめるように、マイブラのステージは始まった。アウトロでは、リフを何度も繰り返し、轟音を叩きつけてみせる。1曲の中でも徐々に音圧を上げてきているのが分かる。

2曲目は“When You Sleep”。こちらも名曲のひとつだが、よりサウンドがクリアになっている。あれだけの音量を聴かせるためには、こうしたウォーミングアップが必要なのだろう。デビーのベースもぐっと存在感が増し、コルムの爆裂ドラムと共に地響きのようなサウンドを放ち始める。3曲目に演奏されたのは、現在のところ今回の来日公演では唯一新作『mbv』から披露されている“new you”。やっと現在進行形のマイブラが聴けると思ったのだが、ふわりとしたストリングスのような、シンセのようなイントロで始まった楽曲はビリンダの歌が入ってくると、どこか怪しくなり、その後ケヴィンが両手を放り出して、演奏のストップを命じる。「まだ4度しか演奏したことないんだよ」「次で5回目だね」とケヴィンは言いつつ、2回目のチャレンジが始まるが、これもドラムのブレイク部分でうまくいかず、演奏中断。「じゃあ次は6回目だ」なんて冗談をケヴィンは飛ばしているが、どうもケヴィンのトレモロがリズムとうまく合っていないように聴こえた。しかし、満足いかなければ、演奏を止めて、やり直す。それがマイブラだという気がするし、新作まで21年という歳月がかかる事実にも繋がる気がする。三度目の正直でもないけれど、3度目はなんとか成功。ビリンダの歌も見違えている。音のバランスもここらへんまでくると、安定してきた感じで、ケヴィンのギターも、ビリンダの歌も、物理的な波動として耳に迫ってくるのが知覚できるほどになっている。

ここからはアグレッシヴな楽曲が続いていく。コルムがバカスカとドラムを叩き、間奏部分でのケヴィンの轟音ギターがヤバかった“You Never Should”。曲に突入する前の試し弾きの時点でとんでもないフィードバック・ノイズを響かせていた“Honey Power”。ケヴィンがアコギを手にして始まり、そのままアコギにディストーションをかましていた“Cigarette In Your Bed”。この頃になると、マイブラ・サウンドはどんどん調子を上げ、ヴォリュームも更に大きくなっていく。けれど、うるささはまったく感じない。前のフジ・ロックの時は屋外で抜けのいい環境だったが、このサイズの箱で観ると、マイブラの“ノイズ”がいかに制御されているものであるかが分かる。いくつものレイヤーが互いに結びつき、共鳴することで、この壁のような音は作り出されている。そして、このサウンド・デザインこそがマイブラのアイデンティティと直結している。

いよいよ、このあたりからライヴはハイライトへとテンションを上げていく。“Come In Alone”の後に演奏されたのは、『ラヴレス』のオープニングを飾る“Only Shallow”。あのイントロが鳴り響くのだが、必殺ナンバーの唐突な登場に客席はあっけにとられているような印象も。立体的なアンサンブルが爆音で立ち上がるカタルシスが会場を襲う。初期の名曲“Thorn”や“Nothing Much To Lose”ではどんなペダルだと、そんなぶっ壊れたノイズが出るんですか、という音がケヴィンのギターからこぼれ落ちる。ノイズの粒子が胞子のように増殖し、頭の中をかき回されているような心持ちになる。それでもケヴィンはまだまだ満足がいかないらしく、“To Here Knows When”では再び演奏を止め、ステージ脇のミキサー卓になにやら注文している。どうやらジェスチャーから想像するに、もっと音量を上げろと言っているような。そうして再び演奏し始めると、ケヴィンのギターのディレイの音は得体の知れない生き物のように、呼吸し、波打っている。強烈なストロボに彩られた“Slow”を挟んで、“Soon”ではイントロのリズムトラックが流れた時点で客席から大歓声が巻き起こる。“Feed Me With Your Kiss”のジャギジャギと音のするケヴィンのギターがまたカッコいい。「シューゲイズ」という一つの枠組で語られてきたバンドだが、どれだけ多様な表現力を持っているか、生で聴くケヴィンのギターはそれを一発で教えてくれる。

そして、最後に演奏されたのは、もちろん“You Made Me Realise”である。フジロックの時も10分以上に亙って同じコードで爆音を掻き鳴らし、鮮烈な記憶を残したこの曲だが、今回は20時37分頃から20時55分まで、約18分間に亙ってあのパフォーマンスを披露。ライヴハウスで聴くそれは、前回のフジとはまったく違った体験だった。ここまでは音が大きいといっても、通常に聴ける範囲だったのだが、この曲ではあまりの音の大きさに、動悸が速くなり、頭を締め付けられるような感覚が襲う。その1コードの寡黙にして圧倒的な轟音は、この音こそがマイ・ブラッディ・ヴァレンタインなんだ、と言っているように聴こえた。ケヴィンは18分間の間、これでもかとペダルを踏んでいき、最後はワウで周波数を上げていってクライマックスを作っていく。そして、18分間の後、再び“You Made Me Realise”に突入し、1コーラスを終えて、マイブラのステージは終わった。始まった時と同じように、ゆっくりと、ゆっくりと客電が場内を照らしていった。

21世紀のポップ・ミュージック/ロックが迎えている現状はなかなか困難である。かつてのように万人の世界を射抜くシンプルな表現がなかなか見つけられない中で、言葉もヴィジュアル・イメージも映像もネットもライヴも総動員して、なんとか聴き手へとアプローチしている。それに対し、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインは、すべての答えは音にあるという姿勢を一貫して崩すことはなかった。そして、この日のライヴが証明した通り、それは細分化が叫ばれる今のシーンにおいても、まったくもって有効であったのだ。むしろ、この姿勢を貫いたからこそ、彼らはサード・アルバムまで21年の歳月がかかったと言えるのではないか。マイブラが、マイブラのまま、すべてを証明するような、そんなライヴだった。(古川琢也)
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