ジェスロ・タルズ・イアン・アンダーソン @ TOKYO DOME CITY HALL

今年で実にデビュー45周年を迎えるUKプログレッシブ・ロックの雄=ジェスロ・タルが1972年に生み出した名盤『ジェラルドの汚れなき世界(Thick As A Brick)』。そして、『ジェラルド~』リリース40周年アニバーサリー・イヤーだった昨年、「あの主人公ジェラルド・ボストックは今?」というコンセプトのもと、ジェスロ・タルの頭脳にしてUKプログレ界きっての陽性笛吹き男=イアン・アンダーソンがソロ名義で作り上げた続編アルバム『ジェラルドの汚れなき世界2(Thick As A Brick 2:Whatever Happened To Gerald Bostock?)』。この2作を引っ提げ、自身のバンドとともに世界各国ツアー中のイアン・アンダーソンの待望の日本公演がこのたび実現! このライブがどういう性格のものであるかは、以下のセットリストを見ていただくのがいちばん早いだろう。

-Thick As A Brick-
01.Thick As A Brick, Part 1 [Jethro Tull]
02.Thick As A Brick, Part 2 [Jethro Tull]

-Thick As A Brick 2:Whatever Happened To Gerald Bostock?-
03.From A Pebble Thrown
04.Pebbles Instrumental
05.Might-Have Beens
06.Upper Sixth Loan Shark
07.Banker Bets, Banker Wins
08.Swing It Far
09.Adrift And Dumbfounded
10.Old School Song
11.Wootton Bassett Town
12.Power And Spirit
13.Give Till It Hurts
14.Cosy Corner
15.Shunt And Shuffle
16.A Change Of Horses
17.Confessional
18.Kismet In Suburbia
19.What-ifs, Maybe And Might-Have-Beens

Encore
20.Locomotive Breath [Jethro Tull]

 要は「2枚のアルバムを引っ提げ」どころか、『ジェラルドの汚れなき世界』と『~2』を曲順もそのまま、途中休憩を挟んだ二部構成で完全再現!という、潔いまでに目的意識の明確なステージだということだ(『ジェラルドの汚れなき世界』を演奏する「第一部」はたった2曲だが45分近くある)。そして、15日の大阪:サンケイホールプリーゼ公演に続くジャパン・ツアー2日目となるこの日、TOKYO DOME CITY HALL。時に童話のように穏やかなフォーク~トラッド・ミュージックの風を吹かせ、時に戯曲のように華麗でドラマチックなロック・オペラを轟かせ、時にメタルを凌駕するほどにハード・エッジな音の切れ味で客席を揺さぶっていく――メンバーの顔ぶれこそ異なるものの、そのサウンドスケープはまさにジェスロ・タルの妖艶なる世界そのものだった。

1969年の2ndアルバム『スタンド・アップ』以来バンドの屋台骨として活躍してきたマーティン・バレ(G)が戦列を離れているため、看板こそイアンのソロ名義になってはいるものの、現在はジェスロ・タル正式メンバーとしてクレジットされているデヴィッド・グッディアー(B)&ジョン・オハラ(Key)を擁した今回の来日ラインナップはもともとジェスロ・タルのDNAを濃密に内包しているわけで、そこにマーティンのパートを奏でるギタリスト=フローリアン・オパーレの剛軟自在なプレイが加われば、ジェスロ・タル・ワールドとしての完成度は問題なし。そして、何よりイアン・アンダーソンだ。妖気と悪戯心と野性を、英国紳士の瀟洒さに落とし込んだようなヴォーカリゼーション。片足を上げるあの独特のポーズで、歌うようにフルートを奏でながら、ステージ狭しと歩き回っては圧倒的なヴァイブを放射しまくっていく。キング・クリムゾンやイエス、EL&Pなど日本でも人気の根強い60~70年代UKプログレ勢の中でも、ジェスロ・タルの音楽がひときわ異彩を放っていたのはその、陽気なくらいに朗らかで、舞台俳優かってくらいにエネルギッシュな、イアン・アンダーソンの渾身の全身表現者ぶりゆえだ。イアンがフルートを構え、足を上げた瞬間に、客席からうわっと歓喜の声が沸き上がっていく。

「第一部」の“Thick As A Brick, Part 2”の、メタルとワルツがカットアップされたような音像のスリル。「第二部」の“From A Pebble Thrown”で登場する主題が、形を変えながら幾度も反復され、1時間に及ぶ一大音楽絵巻を描き出していく悠久のスケール感……といった「楽曲の再現」はもちろん、観る者すべてに「ジェラルド目線」を体験させる映像演出も含め、全感覚を躍動させるような高揚感を生み出していたこの日のアクト。そこで大きな役割を果たしていたのが、イアンとともにオン・ステージした、もうひとりの若きヴォーカリストにして「アクター」=ライアン・オドネル。開演前にトレンチコート&デッキブラシの掃除人姿で舞台のあちこちをごそごそやっては「なんでこんなところにブラジャーが置いてあるんだ?」とブラジャーを掲げて客席を沸かせてみせたり、あたかも若き日のジェラルド・ボストックそのもののようにナイーブで気高い姿を演じてみせたり、イアンとともに歌い踊り、時にはイアンと並んで片足上げポーズを実演したり……と大活躍。2つの名盤の世界を、視覚面でも大いに楽しませてくれた。

アンコールの“Locomotive Breath”まで含め2時間半に及ぶアクトの最後の瞬間まで、連日のステージの疲れなど微塵も見せない熱演を繰り広げていたイアン。すべての音が止んだ後、充実感あふれまくりの表情で肩を組んで客席に一礼、二礼する6人に、惜しみない拍手が降り注いでいた。ジェスロ・タルズ・イアン・アンダーソンの日本公演はいよいよ17日の最終日:川崎・クラブチッタ公演を残すのみ。若干ながら17時から会場で当日券も出るようなので、お時間あればぜひ。(高橋智樹)