スピッツ @ 赤レンガパーク野外特設会場

夏空の下でスピッツの曲を聴く――その至福を、この日会場に集まった観客は噛みしめながら味わったんじゃないか。「ロックのほそ道」「ロックロックこんにちは!」と今夏は既にふたつの主催イベントを成功させているスピッツによる、この夏最後の自主企画イベント「スピッツ 横浜サンセット 2013」。例年は「新木場サンセット」と題し、新木場スタジオコーストを会場に対バン形式で行われている本イベントであるが、今年は舞台を横浜・赤レンガパーク野外特設会場に移してワンマン形式で開催。結果、スピッツの野外での単独ライヴとしては、1997年8月に岩手県・小岩井農場特設会場で行われた「THE GREAT JAMBOREE'97 IN KOIWAI “みちのく夕焼け兄弟”」以来、16年振りとなる貴重なステージとなった。しかも、去る9月11日には通算14枚目のアルバム『小さな生き物』をリリースしたばかり。「待望のステージ」と「新曲のお披露目」という嬉しいトピックが重なって、約2時間にわたるアクトは終始ピースフルな時間となった。

カラフルなスパンコールで夕景、スワン、イカリ、赤い靴などを表現した二次元の装飾が吊り下げられたステージに、大歓声に迎えられて登場したメンバー。“恋のうた”でゆっくりライヴを始めると、フィールドから軽やかなハンドクラップが沸き起こる。その後も草野マサムネ(G&Vo)のクリアで瑞々しい歌声が空高く上昇した“涙がキラリ☆”、崎山龍男(Dr)が叩き出す柔硬自在なビートに乗って、三輪テツヤ(G)のギター・リフがメラメラと燃え上がった“みそか”と、1曲ごとにヴィヴィットな情景を描いてフィールドを高揚させていく彼ら。その完璧な立ち上がりを祝福するかのように、開演直前まで空を覆っていた厚い雲に代わって、白いまだら模様のうろこ雲が美しい波紋を描いて青空いっぱいに広がっていた。

「今日は暑かったっすね。大丈夫ですか? バテていませんか? 俺らも最後まで精一杯やるんで宜しくお願いします」というファーストMCの後の“ハチミツ”では、マサムネが歌詞を忘れてオーディエンスの笑いを買うシーンも。しかし最新シングル“僕はきっと旅に出る”へ流れると、フィールドの空気は一変。確かな決意と祈りに満ちた壮大なサウンドが、青い光に包まれたステージから力強く放たれる。その後も既存曲を交えながら最新アルバムの楽曲が次々とプレイされていったのだが――そのどれもが素晴らしかった。己の負けん気を鼓舞するようなミドルチューン“小さな生き物”しかり、狂おしい情念が性急に駆け巡るような“さらさら”しかり、暴発気味に放たれるハードロックチューン“りありてぃ”しかり、聴き手に訴えかけるエネルギーの大きさが破格。CDを聴いただけでも本作にかつてないほど切実なメッセージが込められていることは明白だったが、それがライヴという生の場で、さらなるリアリティと熱量でもって迫ってくる。それに伴い、既存曲もグッと躍動感を増している印象。中でも“ルキンフォー”は、「スピッツの曲がいつまでも色褪せない理由」を体現するかのように、この日一番のエモーショナルな開放感を放っていた。

「今年で結成26年ぐらいですけど、こんなにバンドを続けられて、皆さんの前で演奏できるなんて幸せです。……崎陽軒ともコラボできたし!」というマサムネのMCで、今回の目玉グッズである崎陽軒とのコラボ食品「スピッツシウマイまん」のPRも抜かりなく行った後は、最新アルバムの“ランプ”へ。その後は「ちょっと古めの曲をやります」と、懐かしい曲を畳み掛けていく。“アパート”“月に帰る”など20年以上も前のバンド初期の楽曲で放たれる、眩いほどのきらめき。“チェリー”で朗々と歌われる、ロマンチックな旋律。“渚”でさざ波のように打ち寄せる、繊細なアンサンブル。そして“恋する凡人”“8823”“メモリーズ・カスタム”などのアッパー・チューンで牙を剥く、胸のすくようなドライヴ感――それらすべてに心地よく酔わされゆらゆらと身体を揺らしているうちに、あっという間のクライマックスへ。この日のシチュエーションにぴったりな“海を見に行こう”を本編ラストに披露して、ドラマティックな幕切れを迎えたのであった。

アンコールでは、まずは“ヒバリのこころ”を披露。これは1stアルバムの収録曲であるが、その後のMCで、実は今日のセットリストはたまたま全14枚のアルバムを網羅していたことがマサムネの口から告げられる。私事ながら、筆者は10代から20代の多感な時期にスピッツの音楽にかなり助けられてきた経験があるのだが、どおりで曲ごとにリアルタイムで聴いていた当時の思い出が鮮明に浮かび上がって何度も泣きそうになっていたわけだ。そして“ベビーフェイス”でフィールドのハンドウェーブを導き、“夢追い虫”をダイナミックに奏でたところで終幕。台風18号の接近が心配されたにも拘わらず、好天に恵まれたステージの成功を祝うようにド派手な花火が打ち上がり、夏の終わりの一大イベントを華々しく締め括った。11月からは、半年以上をかけて全53公演を行う特大ツアー「SPITZ JAMBOREE TOUR 2013-2014“小さな生き物”」を開催。『小さな生き物』を巡るスピッツの長旅は、今まさにスタートを切ったばかりだ。(齋藤美穂)

セットリスト
1. 恋のうた
2. 涙がキラリ☆
3. みそか
4. ハチミツ
5. 僕はきっと旅に出る
6. 夏が終わる
7. 小さな生き物
8. さらさら
9. ルキンフォー
10. 運命の人
11. りありてぃ
12. ランプ
13. アパート
14. 月に帰る
15. チェリー
16. 渚
17. 恋する凡人
18. 8823
19. メモリーズ・カスタム
20. 海を見に行こう
アンコール
21. ヒバリのこころ
22. ベビーフェイス
23. 夢追い虫