【コラム】TOSHI-LOWはなぜこの夜“満月の夕”を歌ったのか?NHK『The Covers』を見て


バンド結成20周年を迎えるBRAHMANが、初めてテレビの音楽番組に出演するということで、オンエア中からTwitterでは「ブラフマン」がトレンド入りし、放送後も熱いコメントがTLに溢れた。8月11日深夜に放送された『The Covers』。見終わった直後は、何か歴史的な瞬間を目撃したような気持ちで、しばらくテレビの前から動くことができなかった。TOSHI-LOWにしかできないサプライズだった。彼がこの番組で伝えたかったこと。数日経ったいまも、私はそのことをずっと考えている。

ジャンルや世代を超えたアーティストたちが、影響を受けた曲や思い出深い曲をアレンジして披露する音楽番組『The Covers』。NHK BSプレミアムにて放送中で、リリー・フランキーと夏菜が司会を務めている。この日、演奏されるカヴァー曲2曲は、事前の番組告知でも明らかになっており、BRAHMANファンにとってはおなじみの選曲で、やはり、思い入れの強い2曲を選んできたなという印象だった。まず披露したのはゴダイゴの“君は恋のチェリー”のカヴァー。BRAHMANはこの曲を英題の“CHERRIES WERE MADE FOR EATING”というタイトルで、アルバム『A MAN OF THE WORLD』に収録している。バンド結成間もない頃からレパートリーとして演奏してきたというこの曲、TOSHI-LOWは「邦楽とか洋楽とか、日本語詞とか英語詞とか関係なく、歌は自由でいいんだと思えた曲だった」と語った。

番組中のトークでは、メンバーそれぞれの「初めて買ったレコード」、「バンドを始めたきっかけ」が語られたのも興味深かった。初めて買ったレコードではTOSHI-LOWとKOHKIが近藤真彦かぶりだったり、バンドを始めたきっかけとしてRONZI、MAKOTO、KOHKIの3人がBOØWYの名前をあげていたり。TOSHI-LOWが初めて父親に買ってもらったという近藤真彦の『スニーカーぶる〜す』については、この曲を幼稚園の卒園式で完璧な振り付けで披露し、父兄から喝采を受けたことが「ヴォーカリストとしての原風景だったかもしれない」と語るなど、それぞれのルーツを垣間みられた気がした。そして、この放送の一番のハイライトはこの後の“満月の夕”の演奏にあった。

様々なアーティストにカヴァーされてきた“満月の夕”は、ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬バージョンと、ヒートウェイヴの山口洋バージョン、それぞれに違う歌詞が存在する。1995年の阪神・淡路大震災の直後から被災地を積極的に訪れ、まさにその地で歌い続けた中川敬と、被災地から離れた場所にいながら、胸にしまってはおけない気持ちを歌にこめた山口洋。TOSHI-LOWは、そのどちらかを選択するということはできなかったのだと思う。この2つの歌詞を混在させたバージョンで歌うのだ。彼自身が、2011年の東日本大震災直後、被災地を訪れた時に頭の中でループしたのがこの曲であり、「歌を歌いたい」という純粋な気持ちにさせられた曲なのだという。演奏前のトークで、リリー氏に「2つの歌詞を混ぜて歌っていることは、中川さんや山口さんは知ってるの?」と問われると、「なんとなく気づいているとは思うんですけど、なんせ、お互い仲がよくないもんで」と、どうも歯切れの悪いTOSHI-LOW。ん? 仲がよくない? そんなことはないよね? そう、これ、後で気づくのだが、完全な“フリ”だったのだ!

静かに、丁寧に、思いのこもった演奏が始まり、1コーラス終わる頃にはすっかり彼らの歌に引き込まれていた。そして。ふいに三線の音が聞こえ始めたかと思うと、画面右手から三線を弾きながら中川敬が、左手からはギターを抱えた山口洋がTOSHI-LOWを間にはさむ形で登場したのである。なんというサプライズ。TOSHI-LOWの歌に、BRAHMANの演奏に、さらにぎゅっと熱がこもる。テレビの収録とは思えないパフォーマンスに鳥肌が立ちっぱなしだ。貴重なシーンというだけでなく、これまでに聴いたどのカヴァーよりも素晴らしい歌と演奏だった。演奏後のコメントで山口洋が「TOSHI-LOWにはめられました。こういうことだって知らなくて。でも楽しい時間でした」と語ったとおり、登場した本人たちにとってもサプライズだったようだ。

この演奏で「オレが一番プレッシャーを感じていた」というTOSHI-LOWだが、こんな素晴らしい演出を実現させるのは彼にしかできないこと。結成20周年だからテレビに出た、というわけではないのだ。「歌いたい」、その思いをいまのTOSHI-LOWは本当に強く感じているのだと思う。そして、これまでに受け取ってきた多くの素晴らしき歌、その上に現在の自分があることを表現することにも近頃の彼はためらいがない。その後に演奏された新曲“其限~sorekiri~”の中の歌詞、《違う道の上に立ち 同じ月に照らされる》が、“満月の夕”と重なる。

エンディングは、この日の出演記念のサインをメンバー全員がレコード盤の上に書いていく場面。TOSHI-LOWはサインの下の日付けを、「2011.3.11」と迷いのない力強さで書き記す。そこには、あの日から、まだ、まだ、まだ、という思いが込められているような気がした。そして、リリー氏の「ぜひ2回目(の出演)も」の問いかけに、「早めに来ます」と真顔で答えた。今回の放送を見たファンは、皆心からそれを望んでいる。(杉浦美恵)