デヴィッド・ボウイが1月10日に他界。トニー・ヴィスコンティ、イギー・ポップら追悼

デヴィッド・ボウイが1月10日に他界。トニー・ヴィスコンティ、イギー・ポップら追悼 - pic by Jimmy Kingpic by Jimmy King

1月8日の誕生日に新作『★(ブラックスター)』をリリースしたばかりのデヴィッド・ボウイががんとの闘病の末、他界した。享年69だった。デヴィッドのフェイスブックでは次のように訃報を伝えている。

「2016年1月10日─デヴィッド・ボウイは1年と6か月にわたるがんとの壮絶な闘病の末、家族に見守られながら息を引き取りました。みなさんの多くがこの喪失を悼むことでしょうが、遺族が悲しみにある間はプライヴァシーが尊重されますよう何卒お願い申し上げます」

息子のダンカン・ジョーンズも次のようにツイートしている。

「とても残念で悲しいけど、本当です。しばらくオフラインで過ごします。みなさんに愛を」

新作『ブラックスター』は数あるデヴィッドの作品の中でも最高峰の部類に属する意欲的な作品になっていて、制作に注ぎこんだ情熱も参加ミュージシャンやプロデューサーのトニー・ヴィスコンティの口から伝えられていただけにファンには青天の霹靂となったが、元ウルトラヴォックスのミッジ・ユーロは次のようにデヴィッドの病状について聴き及んでいたことをザ・ガーディアン紙に明らかにしている。

「業界内の人たちはがんの噂は聞いていたと思うし、あまり体調がすぐれないという話だったよね。あまり具合がよくないのはわかってたけど、でも、これは朝目が覚めて携帯をつけたり、テレビをつけたりしてみたら、有名人がまたひとり亡くなったのを知ったっていうのとはわけが違うからね。ここで立っているだけで手が震えてくるんだ。なにか失ってしまったように感じるし、とてつもなくかけがえのないものを今日失ってしまったように感じるんだ」

デヴィッドは1947年1月8日にロンドンのブリクストンでデヴィッド・ロバート・ジョーンズとして生まれ、15歳から自身のバンド、ザ・コンラッズを結成するが、その後、このバンドでは飽き足らず、ブルース・カヴァーをメインに活動していたザ・キング・ビーズに加入し、シングル"リザ・ジェーン"をリリースした。その後、デヴィッドはソロに転向し、芸名もデイヴィ・ジョーンズからデヴィッド・ボウイへと改名した。

当初はソロ活動も芳しくなかったが、ダンサーで振付師のリンゼイ・ケンプに弟子入りしたのをきっかけに演劇的な要素を自身の表現に積極的に取り込むようになり、フォーク・ユニットを経て、1969年に"スペース・オディティ"をリリースして、これが初のヒット曲となった。その後、トニー・ヴィスコンティやミック・ロンソンらを自身のバック・バンドとして招聘し、70年に『世界を売った男』を完成させ、さらに71年の『ハンキー・ドリー』を経て、72年の『ジギー・スターダスト』の大ヒットで一躍世界的なアーティストとなった。

2004年に心臓の手術を受けてからは13年の『ザ・ネクスト・デイ』まで沈黙を守ったが、この時期を除いては常に一線で活躍し続けてきていて、ルー・リード、イギー・ポップ、モット・ザ・フープルなどのアーティストのプロデュースを手がけてきたことでも有名だった。

トニー・ヴィスコンティは、自身のフェイスブックで次のようにデヴィッドの死を悼んでいる。

「彼はいつだって自分のやりたいことをやってきた。彼は自分のやり方でやろうとしてきた。最高のやり方でやろうとしてきた。彼の死は、彼の生と何ら変わりなく──芸術作品そのものだった。彼は僕たちに『★』という置き土産を残してくれた。この1年ほど、こういう日がやってくるということを僕はわかっていたんだ。しかし、その覚悟まではできていなかった。彼は愛と生命力に満ち溢れた、傑出した人物だった。彼はいつまでも僕たちと共にある。けれど、今は泣くのにふさわしい時だ」

このほかにも、ミュージシャンたちからデヴィッドへのコメントが多数発表されている。

イギー・ポップ「デヴィッドとの友情は俺の人生における光だった。あんなに素晴らしい人物には会ったことがない。彼は最高だった」

ザ・ローリング・ストーンズ「ザ・ローリング・ストーンズは、親愛なる友人デヴィッド・ボウイの悲報に接し、驚きと深い悲しみに包まれています。彼は思いやりのある素晴らしい人物であっただけでなく、傑出したアーティストであり、真にオリジナルでした」

ポール・マッカートニー「雨の朝に、目も醒めるような悲しい報せだ。デヴィッドは偉大なスターだった。彼と過ごした時間は宝物だよ。デヴィッドの音楽は英国音楽史においてとても大きな役割を果たしたし、彼が世界中の人々にもたらした大きな影響を思うと誇らしい。ご家族には心からお悔やみを申し上げます。彼と過ごした楽しい日々のことは忘れない。彼の星(star)は永遠に輝き続けるだろう https://www.instagram.com/p/BAZqoUxzcF2/

ジミー・ペイジ「ボウイはポピュラー・ミュージックのあり方を一変させるヴィジョンを持った革新者、比類のないアーティストだった。本当に惜しまれる」

ジーン・シモンズ(キッス)「デヴィッド・ボウイ、本当に寂しくなるよ。ボウイの“Changes”やジギーのストーリー・ソングは俺に大きな影響を与えてくれた」

ファレル・ウィリアムス「デヴィッド・ボウイは真のイノヴェイターで、真にクリエイティヴだった。ご冥福をお祈りします」

カニエ・ウェスト「デヴィッド・ボウイは俺にとって最大のインスピレーションの一人だった。恐れることを知らず、クリエイティヴで、俺たちに一生解けない魔法をかけたんだ」

エド・シモンズ(ケミカル・ブラザーズ)「Blue, blue, electric blue https://www.youtube.com/watch?v=fRc2_-BCljQ」 (“Sound and Vision”の一節)

ブライアン・イーノ「言葉にならない。RIPデヴィッド・ボウイ」

マドンナ「本当にショック。私の人生を変えた偉大なアーティスト」「才能豊かな人。唯一無二の存在。天才。ゲームチェンジャー。地球に落ちて来た男。あなたのスピリットは永遠に生き続けます」

またドイツ外務省の公式ツイッターでは、ベルリンの壁に隔てられた恋人たちを描いた楽曲“Heroes”のライヴ映像とともに、次のようなコメントが発表された。

「さようなら、デヴィッド・ボウイ。あなたはヒーロー。壁を壊す手助けをしてくれたことに感謝します https://youtu.be/YYjBQKIOb-w

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