ケンドリック・ラマー『ダム』からのMVを徹底解説! 今年最重要作の映像をとことん深掘り


7月に入ってストリーミングも含めたセールスが200万枚越えを記録し、エド・シーランの『÷(ディバイド)』を押さえてアメリカの上半期でアルバム1位となっているケンドリック・ラマーの『ダム』。確実に今年最大にして最重要アルバムへの道を突き進んでいるが、ケンドリックのビデオの展開もまた今回のアルバムのメッセージをどう伝えるかということに意識的に取り組んだものになっている。

ケンドリックは2012年の『グッド・キッド、マッド・シティー』でアメリカでも有数の犯罪都市コンプトンに育った、袋小路な青春を見事過ぎるほどに鮮烈に綴り、その後、ヒップホップ・スターとしての成功を享受。
コンプトンの外の世界と慣れ親しむ一方で自身のアイデンティティーを見失った過程を15年の『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』でさらけ出してみせることになった。

そして今回の『ダム』ではまた主題をコンプトンに戻しつつも、格差と貧困、そしてそれがもたらす犯罪や差別などといった問題をテーマごとに取り上げる傑作となったわけだが、ここまでリリースされた3本のビデオもまた、このテーマへの導入と展開をよく見極めたものになっている。

1. “HUMBLE.”


今回のアルバムから最初に公開されたのは同作からのファースト・シングル"HUMBLE."で、アルバム・リリースの2週間前に電撃的に公開された。前作『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』が求道的な内容とファンクとジャズをベースにしたサウンドだったので、その印象をすべてかなぐり捨てるという意味で、マイク・ウィル・メイド・イットをプロデューサーを起用し、トラップ・ビートに取り組んだという意欲的なトラックだ。

タイトルこそ"HUMBLE."(謙虚)だが、自分が謙虚さを目指すものではまったくなく、自分以外のヒップホップ・アーティストに対して謙虚さを強要するコーラスが延々と続く強烈な俺様節となっていて、ビデオではまずケンドリックが教会の司教として登場する。

これはもはや自分のライムは崇拝の対象でさえあるという強がりと自己戯画化を同時に描出した限りなくケンドリックらしいユーモアで、これに札束の海のような部屋で横たわったケンドリックが女子2人に札束を数えさせているシーンが続き、とりあえず俺は天下を取ったというのがこの最初のヴァースのテーマになっている。

コーラス部分ではケンドリックを中心に大勢のスキンヘッドの男性が頷くように頭を縦に振っているが、ここがまさに俺以外のラッパーは全員頭が高いというこの曲のメイン・メッセージを宣言するところである。なぜかといえば、それに続く映像のように、自分は最後の晩餐を饗した人物(キリスト)に相当するにふさわしいラップ最高峰人物で、さらにラップ大司教でもあるからだという流れになり、非の打ちどころのない俺様節になっているからだ。

2番目のヴァースはまがいものラッパーとセレブにはもううんざりだという叫びになっていて、なんで黒人なのにストレートパーマなんかかけてるんだという糾弾とともに、フォトショップで自分のイメージをいじるのはやめろとほとんど反時代的なアレルギー反応を叫ぶところや、それをいちいち映像化しているのもおもしろい。「なんでおまえの肥満線消えてんだよ」というくだりをご丁寧に映像化しているのもとても楽しい。

いずれにしても、この曲で最強の強がりとなっているのは、オバマが俺にはメッセージを送信してくるということで、高架線下の強面な場面でその心情は吐露される。また、リムジンのような高級車でわざわざ食パンを食べるというのもいかにもコンプトン的な発想で、自分の成り上がりを絶妙に笑い飛ばしながらも、その凄味もまた聴かせるところがまさに当代一のアーティストならではの出来だ。


2. “DNA.”


続く"DNA."はアルバム・リリース後のシングルで、これもまたマイク・ウィル・メイド・イットをプロデューサーに据え、トラップ・ビートをストレートに導入した楽曲だが、テーマ的にもこのアルバムでも最も際どいものになっている。

歌詞はコンプトンのような犯罪都市で育った自分たちのDNAには崇高さも備わっていれば卑屈さもあるという相反する特性を歌い上げるもの。それは格差と貧困とそれに付随する差別と偏見を乗り越えていかなければどうにもならないという内容で、現状ではコンプトンの住民の黒人のDNAのイメージなんてさぞかし、セックスと金と殺人に取り憑かれているというところだろうと自虐的に訴える内容となっている。

ビデオではケンドリックを黒人の刑事(名優ドン・チードル)が取調室で尋問するという仕立てになっていて、黒人のアイデンティティーの在り様を黒人同士でぶつけ合うという構成が限りなくえぐいものになっている。
しかし、捜査官の方が感電したことでケンドリックのライムが捜査官の意識に侵食してしまい、取り調べ中、ケンドリックのライムをひたすら披露することになってしまうという展開がとても面白くて「実はこれが俺の本音だったんだ!」というドン・チードルの名演が見事過ぎる。
しかも、ケンドリックが動き出すと、そのライムがそれ以前の捜査官の意識を糾弾するような展開になってドン・チードル捜査官もそれに苦悶し、いきなりすさまじいドラマへと化すところがビデオ・クリップとして素晴らしい。

後半ではチードル捜査官に解放されたケンドリックがカンフー服を着込んで街へ繰り出すが、これはブルース・リーと香港カンフー映画へのオマージュだ。カンフー映画では絶対に主人公が屈することなく正義のみを貫徹することへの敬意を示し、その流れで「セックス、金、殺人が俺たちのDNAだと、いつまでも言ってろよ」とケンドリックは世間一般に対して凄んで終わる。


3. “ELEMENT.”


最新のビデオは"ELEMENT."だが、これはアルバムからの3枚目のシングル"LOYALTY."リリース1週間後に公開された。要するに、"LOYALTY."に客演したリアーナの出演がスケジュール的に無理だったということなのかもしれないが、アルバム『ダム』のテーマを明確に打ち出すという意味では、却って"ELEMENT."で最適だったようにも思う。

というのは、そもそも自分がなぜ今もヒップホップに身を投じているのかというその動機と向き合う曲になっているからで、サウンドもトップ・ドッグの盟友サウンウェーヴが手がけた、エレクトロニックともゴスペルともつかない、幽玄なトラックと染み入るライムで構成された曲になっているからだ。

この曲のヴァースは説教臭いところもあるが、それはどうして自分はそこまでやるのかという心情を明らかにしているからで、コーラスでは普段の自分は「常にかっこよくセクシーにやっていて」それはみんなが耳を傾けてメッセージを受け取ってほしいからだという、その心意気が泣ける。

ビデオはさまざまなハードな心象のコラージュになっているが、この曲で一番重要な部分はこのアルバムのタイトルとなったフレーズもブリッジで登場することだ。
それが「Damned if I do, if I don't / Goddamn us all if you won't / Damn, damn, damn, it's a goddamn shame / You ain't frontline, get out the goddamn way」という「Damn」続きのひとくさりとなっている。

つまり、ここでケンドリックは、自分がしっかりメッセージを聴き手に伝えても煽動的で反社会的だと一部の勢力から罵倒されるし、かといって口をつぐんていたらそのことでまたいずれ罵倒されるし、そういう努力をしなかったことで黒人全員が呪われるとも罵られるだろうということを吐露していて、だったら、徹底的にやるしかないという決意表明にこの曲はなっているのだ。ちょうどこのフレーズのところでビデオではケンドリックがある黒人に張り手を食らわせようとしているイメージもまたとても象徴的だ。

曲中の「俺はインスタグラムのためではなくてコンプトンのためにこれをやっている」というのはまさにそういうことを言い表したフレーズになっているわけだが、特にストーリー仕立てではなく、さまざまなイメージを編集したこのビデオがほかのどんなビデオよりもどこか不穏な怖さをたたえているのも偶然ではない。

それはいずれロス暴動に匹敵するような騒乱を引き起こしてみせるとか、そういうものではなくて、格差の受容はひとつの限界に達し始めているという認識をアーティストとしての感性として表現したものだからだ。(高見展)