【考察】ケンドリック・ラマー『ダム』 の逆順エディションが語るもうひとつの物語とは?

【考察】ケンドリック・ラマー『ダム』 の逆順エディションが語るもうひとつの物語とは?

12月8日にリリースされたケンドリック・ラマーの『ダム』のコレクターズ・エディションだが、オリジナル盤との違いはジャケットと曲順だけで、曲はオリジナル盤とはまったく逆に進行する内容になっている。

ある時期からケンドリックは『ダム』を逆から聴くとそれもまたストーリーになっていくことを明らかにしていたが、極論してしまえば、それは携帯プレーヤーや再生ソフトで並べ替えてみればすぐにできることで、わざわざリリースする必要もないようにも思える。

それをあえてなぜリリースするのか。それはもちろん、ケンドリックがこの曲順をぜひ自分のリスナーに聴いて貰いたいからだ。
では、どうしてこの曲順であらためて聴いて貰いたいのかというと、この曲順だとこのアルバムのストーリーが編年体で進行して、物語がわかりやすくあぶり出されていくからだ。


ある意味で『ダム』は現在から始まって、父親のストーリーにまで遡りながら、犯罪多発地帯のコンプトンで育ち生きることの意味を、そこに関わってくる差別や格差、貧困、犯罪、警察の暴力などさまざまな社会的な問題を絡めて問い直していく内容になった作品だ。

ケンドリックをヒップホップ当代一の実力者に押し上げた傑作『グッド・キッド、マッド・シティー』はそんなコンプトンでまともに生きることの困難さをテーマにしていて、続く『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』はそれを踏み台にしてヒップホップ・スターになったことのさらに困難な生き様を描くものになっていた。そうした経験を経て、コンプトンで生きて育ったことが投げかけてくるさまざまな問いとケンドリックがあえて向き合ってみたというのがこの『ダム』の内容なのだ。


ちなみに『ダム』の「Damn」は直訳では呪いになるが、実際には悪態を指すものだ。これは「Damned if you do, damned if you don’t」という諺にちなんだもので、このアルバムのような荷の重いテーマというのは賛否両論を必ず巻き起こす、面倒なものなのだが、「それをやってもこきおろされるし、やらなくてもまたこきおろされる」という、つまりやっても地獄、やらなくても地獄なのだから、今あえて問いかけなければならないテーマなのだという決意を込めたもの。

そして、このアルバムで最も重要なテーマを訴えているのがオリジナル盤では最終曲、今回のコレクターズ・エディションでは冒頭にきている“DUCKWORTH.”だ。タイトルのダックワースはケンドリックの名字だが、この曲についてはダッキーと曲中で呼ばれているケンドリックの父親を指している。

曲はその自分の父親のダッキーとケンドリックが所属するトップ・ドッグ・エンタテインメント(TDE)をその後設立するアンソニー・ティフィスが80年代に出会った経緯をつぶさに綴っていくものだ。


物語はアンソニーが犯罪とギャング抗争の巣窟となっていた当時のコンプトンでクラックの売人として成り上がり、やがてギャングの間でひとかどの人物へとのし上がっていく足跡を追っていく。そして、アンソニーが強盗を働くつもりで入ったケンタッキー・フライド・チキンで従業員をしていたのがシカゴから移住してきたダッキーだった。

コンプトンは70年代までは黒人でもマイホームを持つ中流としての生活を享受できる夢の地として宣伝され、移住する人間が多かったが、80年代には世界的に有名な凶悪な犯罪都市として知られるようになっていた。

もともと犯罪が横行するシカゴで育ち、自身もコンプトンに移ってから生活費の足しのため売人稼業に副業として手を出していたダッキーは、アンソニーとその一味が店に押し入ってくると気圧されず必死で説得に回った。その前年にもアンソニーはこの店で強盗を働き、客のひとりにも発砲していたのを知っていたからだ。そして今後アンソニーが店に来たら、必ずチキンを1ピース提供するし、ケンタッキー・ビスケットも2個必ずつけるからと約束し、アンソニーはこの申し出が気に入って、ことなきを得たのだった。

その後アンソニーは犯罪から足を洗い、自身のヒップホップ・レーベルを運営するようになる。一方で、ダッキーの息子、ケンドリックはコンプトンはおろか、ヒップホップそのものを代表するラッパーとして成長することになった。
そのケンドリックの才能を見出して契約したのがアンソニーのTDEで、ケンドリックは契約の際に、アンソニーとダッキーを引き合わせることになった。そんなふたりはコンプトンでのギャング抗争と犯罪の蔓延が危機的状況を迎えた時代の数少ない同世代の生き残りでもあったのだ。

もし、あの時、ダッキーの勤めるケンタッキーでアンソニーが強盗を決行してしまっていたら、アンソニーは無期懲役になり、ケンドリックは父親のいない子供として育ち、自身もまた犯罪に身を投じて街頭での銃撃戦の末、死んでいたかもしれない。しかし、今自分は史上最強のラッパーとして君臨している。この巡り合せはなぜ起きたのか。それがこのアルバムの最も重要な問いかけなのだ。

そして、その問いかけとそれまでに至る長い物語をよどみなく綴っていくケンドリックの驚異的なパフォーマンス、そしてそこに90年代ヒップホップ的な絶妙なサンプリングによるビートを加えていくナインス・ワンダーのサウンドは、間違いなくこのトラックを歴史的なものにしているのだ。

では、今のケンドリックがあるのはどういう因果からなのか。もちろん、その鍵はあの時の父親ダッキーのアンソニーへの働きかけにある。その意味を解き明かしていくのが『ダム』の内容なのだ。


“DUCKWORTH.”の締め括りでは銃声が鳴り響き、誰かが死ぬ。それは、オリジナル盤のオープナーとなっている“BLOOD.”で死ぬケンドリックなのだ。オリジナル盤ではその死をずっと探っていくものになり、最終的に“DUCKWORTH.”に至って、なぜ現実のケンドリックは死んでいないのかが解き明かされることになる。

ケンドリックがなによりも一番聴いて貰いたいのは、なぜ自分は死んでいないのかを導き出している、この“DUCKWORTH.”の物語なのだ。

そもそもこのアルバムのストーリーからしてすべて“DUCKWORTH.”に始まっているものでもあり、ある意味で、ケンドリックにとっては自身のキャリアで最も重要な曲なのだ。そして、その曲をあえて出来事の起こった順番として一番最初に聴いて貰うバージョンが今回のコレクターズ・エディションなのだ。(高見展)
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