表現者・三浦大知の全貌を露わにしつつある真の凄さについて

表現者・三浦大知の全貌を露わにしつつある真の凄さについて
三浦大知ほど、自分の「声」と「ダンス」に向き合ってきたシンガーもいないのではないかと思う。昨年、シンガーとしてのキャリアが20周年を迎え、初のベストアルバム『BEST』も今年3月にリリースされたが、そこに収められているシングル曲を時系列で聴いていくだけでも、その時々の三浦大知の声のニュアンスの違いだったり、もちろん楽曲に合わせた表現の違いも感じられて、改めてシンガーとしての実力を実感させられる作品だった。

改めて書くまでもないことだが、三浦大知のキャリアは彼が9歳の時、小中学生の男女混成ボーカルグループFolderでのデビューで始まっている。9歳とは思えないリズム感と、見事なボーイソプラノは当時とにかく鮮烈だった。小気味良いダンスには天性のノリの良さを感じさせ、パワフルなハイトーンは、その時代のDAICHIにしか出せないものだった。その後、変声期に入ると一時音楽活動は休止。しばらくは学業と部活、そしてダンスのレッスンに専念する。今思えば、その判断がとても正しかったのだと思う。ソロで戻ってきた三浦大知は、日本では稀有な、「1人でダンスと歌とで魅せられるアーティスト」として、そのスタイルを確立していくことになる。

そのソロでのスタイルについては、今年4月に三浦が『星野源のオールナイトニッポン』にゲスト出演した際、そのルーツを語っていたのを思い出す。まさに、三浦がシンガーとしての活動を休止している中学生時代のこと。スタッフに薦められて聴いたアッシャーの『8701』というアルバムが気に入り、ちょうど来日していたアッシャーのライブ映像を観たという。そこでダンサーもつけず、1人で歌い踊っていたアッシャーの姿に深い感銘を受け、「日本でこういうことをやっているアーティストはいないんじゃないか」という思いが、現在の三浦の表現につながっているというものだ。とはいえ、なぜ、それを誰もやっていなかったかと言えば、広いステージ上で、1人だけで、その肉体と声だけをもって十分なエンターテインメントとして成立させるには、とてつもない表現力とスキルが必要とされるのは明白だし、歌とダンスをそのレベルにまでもっていくということが、まず難しい。しかし、彼はそれを「やりたい」と思った。

ソロでの三浦のキャリアは、そのビジョンをエンターテインメントとして洗練させていく道のり、そのものだったと思う。様々なコラボやフィーチャリング、そして記憶にも新しい無音シンクロダンスなど、ダンサーを交えての新たな表現を積極的に模索、開拓していきながら、究極にはやはり「1人」でどこまで表現できるかを、常に思い描いていたのではないか。もちろん楽曲制作や演奏、ステージ演出など、ともに形にしていくチームはあるとして、最終的に三浦がその構想をどこまで1人で研ぎ澄ましていくことができるのかということを究めていく、そのひとつの到達点が『球体』という作品──作品というよりもプロジェクトだったのだ。アンビエントで先鋭的なR&Bをポップミュージックとして成立させながら、それはひとつの物語でもあり、それに伴うダンスパフォーマンスも含め、純然たるアートとして存在しているのだ。

三浦は「これは、一生続いていくプロジェクトだと思っています」と語っていた。このプロジェクトを『球体』と名付けたことも示唆的だ。完全なる球体を作ることは数学的な理論上では可能だが、誤差ゼロの本当に完璧な球体は存在するのかどうかもわからないとよく言われている。その「球体」の不思議を追いながら、自分の理想とする形にたどりつくのを諦めない──そんな思いが込められているような気がしてしまう。三浦大知の真の凄さとは、その探究心にあるのではないかと思う。情熱と衝動を失うことなく、歌とダンスとで、どこまで表現しきれるのか──その旅は終わることがない。先月リリースされた最新シングル曲“Be Myself”のMVでは一転、66名のダンサーとともに、ダイナミックな集団ダンスを披露している。その振れ幅も面白いが、MVではラストに向かうにつれ、どんどんダンサーの人数が減っていき、最終的には三浦1人で踊るという演出もとても興味深い。この先、彼の「球体」はどのように進化していくのか、まだまだ三浦大知から目を離せそうにない。(杉浦美恵)
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