そんな彼らの転換点となったのが、2017年にリリースされた『Tokyo Rendez-Vous』だ。事実として「King Gnuのファーストアルバム」としてリリースされた同作だが、実際には2016年から2017年に至る――すなわち、Srv.VinciからKing Gnuへとトランスフォームしていくバンドの姿を記録したドキュメントでもある。2016年にリリースされたSrv.Vinci最後のミニアルバム『トーキョー・カオティック』の収録曲がすべて『Tokyo Rendez-Vous』に入っているということからもそれはわかるだろう。そして、聴き返すと驚くが、ここに収められた8曲にはそれぞれ似通った部分がひとつもない。なかには現在のKing Gnuに直接つながっていそうなものもあれば、Srv.Vinciの痕跡を引きずっているような曲もあるが、その両方が共存していること自体、本作が過渡期的であることを証明している。
しかし、そのなかでも多様な楽曲を何かが繋ぎ、まとめている。そしてその「何か」は、今のKing Gnuへと確かに連なっている。それは一体何か。よく知られているように、現在のメンバーが集まり、それまで不定型だったSrv.Vinciがはっきりとバンドとしての姿かたちを持つようになっていったことが、結果的に改名という大変化を生んだ。ということはつまり、首謀者の常田大希(G・Vo)はこの4人で鳴らす音に、それまでとは違うレベルの可能性を感じたということだ。その意味でいえば、『Tokyo Rendez-Vous』は単なる「実験」、「過渡期」というよりも、ありとあらゆる可能性を検証するための「最終試験」だったのかもしれない。ここにある8曲は、それこそSrv.Vinciには無かった1本の糸でしっかりと繋がっている。その糸とは、常田と井口理(Vo・Key)によるツインボーカルと、それを支えるように書かれたメロディだ。
ゴスペルとブルースが手を取り合うような“サマーレイン・ダイバー”のエモーショナルな歌唱もそう、ボーカルそのものが楽曲のグルーヴ推進するエンジンとなっている“Vinyl”もそう、ツインボーカルによるユニゾンの気持ちよさを実感する“Tokyo Rendez-Vous”とパート分けによって生まれる絡み合いがたまらなくスリリングな“あなたは蜃気楼”もそう。このアルバムを作るにあたってメンバーのなかに「歌モノ」を作るという意思があったことはいくつかのインタビューのなかで彼ら自身が語っていたことだが、ここで彼らが標榜していたのは単なる「歌が立っている」ということだけではないことが、これらの楽曲からははっきりと伝わってくる。声とメロディがバンドのアンサンブルの一部として機能する――言い換えれば、ロックバンドとしてのメカニズムのなかにポップな歌とメロディを強固に結びつける――そこにこそ彼らの狙いはあったのではないか。今改めてそう感じる。
メロディは常田というソングライターにとっても大きな武器だが、それは単に彼が優れたメロディメイカーだという意味ではない。メロディを、あるいは井口という稀有なシンガーの声を、混沌としたバンドのサウンドのなかにどう紐付け、どう広げ、どう混ぜ込むか。そのセンスの鋭さが、“白日”のような王道のバラードから“Teenager Forever”のような振り切ったアッパーチューンまでを結びつけてKing Gnuの色に染め上げている。つまり、常田の書くメロディは、ロックバンドで鳴り響いてこそ効果を発揮するメロディなのだ。そして『Tokyo Rendez-Vous』は、そんな常田のソングライティングの原点でもある。ロックバンドだからこそ鳴らせるメロディと、ロックバンドのメカニズムのなかでこそ活きる声。そこに自覚的だからこそ、King Gnuはこれほどまでに大きなバンドとなった。その出発点は、間違いなくこのアルバムにあったのだ。(小川智宏)