その声を殺してしまうな――SHE’S『Tragicomedy』が謳う、自分を許し、他者を認めること

SHE’Sの4thアルバム『Tragicomedy』が素晴らしい。たったひとりを救いたい、という井上竜馬(Vo・Key)の想いから始まったこのアルバムは、昨今の情勢を受けて作られた作品ではない。しかし、今改めて聴いてみて、思うことがたくさんあった。

そもそもどうして素晴らしいアルバムだと感じたのか、という話から始めたい。端的に言うと、いきいきとした楽曲群から、バンドが迷いを振り切ったことが伝わってきたからだ。

まず惹きつけられるのが、曲調の多彩さだ。2018年リリースのシングル『歓びの陽』ではエレクトロ路線のアプローチを見せ、その半年後に出た3rdアルバム『Now & Then』ではサウンド/アレンジのレンジをさらに押し広げたSHE’S。その辺りから予兆はあったが、今回はさらに曲ごとの個性が際立っている。

『歓びの陽』以降のナレッジから、「生と打ち込みの共存」という要素を活かし、よりドラマティックな響きを獲得することに成功している曲がある。一方、それとは別に、ドラムとベースは全編打ち込みという振り切れ方をしている曲がある。壮大な景色を描く曲や、ストリングスやブラスの入った明るいポップスもあるが、アコースティックギターとフィンガースナップを中心にすっきりまとめた曲もある。トオミヨウや島田昌典といった外部のアレンジャーが携わっている曲もあるが、むしろ、従来のイメージから遠いところにある曲はバンド自身が編曲をしている。たとえば、昨年9月に配信リリースされ、先発シングル『Tricolor EP』にも収録されていたラテン調の楽曲“Masquerade”。異国情緒溢れるフィドルのイントロは新鮮味があるし、服部栞汰(G)がエレキではなく全編でアコギを弾くというトライもあったが、この曲に新しい風を吹かせたのは――そうして新境地を切り拓いてみせたのは彼ら自身だった。


要は、「日本のバンド」や「ピアノロック」といった型にはまらずに制作できているということで、それは曲構成にも表れている。従来の持ち味=メロの美しさで聴かせる曲もあれば、ループするコードを推進力としている曲もある。J-POPの定型と言える「Ąメロ→Bメロ→サビ」という構成ではない曲も多いし、間奏やアウトロに歌詞有りの歌が入っている曲もある。おそらく、歌いたいから歌った、結果的にはみだしていた、ぐらいのテンションなのだろう。

ピアノロックバンドと名乗ってはいるものの、「ピアノが入っていないとダメ」というこだわりは元々ない。「その時々での音楽の好み、自分たちのなかでのブームに素直でいたい」、「だからこそ変化を恐れずにいたい」というスタンスはバンドのなかにずっとあった。そういう意味でメンバーはよく「オルタナでいたい」と言っていたし、実際、リリース作品やライブからは、その時々でのトライを読み取ることができた。

ただ、これまでは「ここまでやってしまうとSHE’Sっぽくなくなる」という若干の躊躇いが感じられたし、どこかバランスを取りに行っている節もあった。だけど、今回はそれがない。そこが大きな違いだ。活動を重ね、経験を積んでいくなかで、音楽家としての精神を体現する術を身につけることができた。心と体が結びついたのが今だった。おそらくそういうことなのだろう。だから、豊かなサウンドが鳴っている作品だけど、「広がった」よりも「深まった」と表現したくなる。バンドの風通しの良さが気持ちいいほどに伝わってきた。

続いて、井上による歌詞について。井上は人と人との関わりについてずっと歌い続けている人物で、アルバムのテーマ=「心」は、彼のソングライティングの軸にあるものだ。ただし、自身を省みることは過去を顧みることに直結するため、そして先述のようにSHE’Sというバンドは「変化を恐れずにいたい」、「前進をやめずにいたい」というスタンスのため、1stアルバム『プルーストと花束』を最後に、自身の内面を深掘りする書き方からは少し離れていた。

しかし今回、そういう書き方に戻ってきた。それを踏まえたうえで、ポイントはふたつある。ひとつは、怒りや憎しみなど、ネガティブなものとされている感情について歌った曲があること。たとえば、インスト明けの2曲目、作品の第一印象を決定付ける“Unforgive”は、この仕打ちは忘れない、あなたのことは死んでも赦さない、と繰り返す曲。このオープニングはかなり驚かされた。というのも、これまでのSHE’Sには怒りを歌った曲がほとんどなかったからだ。しかし、今回のアルバムにはそういう曲もある。皮肉めいた言葉遣いも増えてきている。一般的に、苦手な人とは自分の映し鏡であり、それを分析するとコンプレックスが浮き彫りになるという。そういう表現が増えてきたことは、ある意味、自身の内面のさらに奥へ踏み込んで、歌詞を書けている証ではないだろうか。

そしてもうひとつのポイントは、明確な意思表示がされていること。曲の解釈はあくまで聴き手に委ねたいという想いからか、井上は歌詞において、これまで断定的な表現を避けていた。しかし今回は「僕はこう思う」、「だからあなたにはこうして(しないで)ほしい」というところまで歌えている。これは決定的な変化だ。

どんな絶望でも 受け止めよう/君がいるから(“One”)              
愛されていたいなら/ありのままを見せてよ(“Masquerade”)
心が叫んでいる時に/涙が止まらない時に/それ以上強くなろうとしないでいい/ただ傍で生きていてほしい(“Be Here”)
消えてしまいたい 頬を濡らす君に/君と生きていたい 何度も僕は言うよ(“Tragicomedy”)


そもそも『Tragicomedy』は、彼の身近にいる人が心の病になったことをきっかけに書き始めたアルバムなのだそう。「その人の心を救いたい」という気持ちがあったからこそ、迷いを振り切ることができた、それによって、言葉の強度が上がったのではないだろうか。

余談だが、私はSHE’Sのメンバーと同い年だ。20代後半、中途半端に大人になり、涙を飲む方法ばかり覚えてしまった今、人には打ち明けづらい感情を彼らが歌ってくれていることに今すごく救われている。このアルバムを聴き、自分の心のあらゆる起伏を「あってもいいもの」として認めることができた。それがこの作品に心を打たれた理由のひとつである。

過去最高傑作と言えるアルバムではあるが、ここまで強調してきたように、何か突然変異が起きたとか、バンドが180度変わったとか、そういう話ではない。躊躇わず、一歩奥に踏み込むことによって生まれた、バンドの「深化作」だ。
ソングライターが踏み込んで曲を書いたから、バンドメンバーがそれに応えようとしたのか。バンドメンバーのプレイヤビリティを信じていたからこそ、ソングライターが踏み込んで曲を書けるようになったのか。どちらが先なのかはわからないが、いずれにせよ、メンバー間の信頼関係の上に成り立っているアルバムではある。「心」がテーマの本作を通じて、彼らは、

・自分の内なる声にちゃんと耳を傾ける
・そのうえで他者を「自分とは別の感情・思考を持つ生き物」として認める
・互いを尊重し合い、両者が幸せになれるような落としどころを探す

というプロセスの大切さと難しさを音楽で表した。それが大事なのは、バンドでも、友人関係でも、仕事でも、恋愛でも一緒。さらに言うとそれは、(人と人が物理的に触れ合えなくなった、という意味だけではなく)個と個、思想と思想が断絶しているこの社会で、私たちが向き合わなければならないことでもある。都合の悪いものからは目を背け、誰からも見えないようにして隠す。自分の正統性ばかり、それが唯一の正義であるかのように主張して、エラーの存在は認めない。そんなんじゃきっと、誰にも信頼してもらえないし、誰も信頼できなくなる。今起きている問題のなかには、一人ひとりが違う生き物であることを認め、尊重し合うことで、解決できることもあるのではないだろうか。

井上竜馬が人と人との関わりについて歌い続けている(=それを永遠の課題として認識している)ように、私たちは何歳になっても生きるのが上手にならない。相変わらず「心」は思い通りにならず、失敗も、後悔もする。それはちっぽけでどうしようもなくて情けない事実だが、だからこそできること、考えなければならないことがあるはずだ。最後に、収録曲から“Not Enough”の歌詞を引用して本稿を閉じたい。

きっと足りないから
僕ら惹かれ合うんだよ
手を取り合い同じ方向見よう
それを愛と呼んでみよう

(蜂須賀ちなみ)

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『ROCKIN'ON JAPAN』2020年8月号