桑田佳祐、ライブ・ツアー2012を観て思ったこと


2012年という年に行われる必然がリアルに伝わって来るライブだった。簡単に言ってしまうと「頑張ろう日本」がテーマである。いうまでなく、国政レベルのメッセージから、商店街のキャンペーン・テーマまで、日本中に溢れかえった言葉だ。
桑田佳祐はその消費され尽くされたメッセージを、このライブによって独自のオリジナリティーのあるものに変換するという、ほとんど不可能と思える事に挑戦し、成功させてみせた。本当に凄いと思った。
桑田は「頑張ろう日本」というメッセージの「日本」に徹底してこだわった。頑張ろう日本というけれど、その日本とは何なのだ?と我々に問いかけ、自らにも問いかけた。
日本人としてのアイデンティティー、それを僕達はどこに感じ、何を持ってそれを鼓舞し頑張ろうと言うのだ。
今回のライブのハイライトは「声に出して歌いたい日本文学」である。日本の近代文学、夏目漱石から宮沢賢治までたくさんの名作にメロディーを付けて歌うという、野心的を超えて無謀ともいえる大曲だ。
ほとんどの日本人なら国語の授業で読んだことのある小説の一節一節が桑田メロディーに乗って歌われていく。
まさに2012年に生きる日本人が自己形成期に、ほぼ全員共有した言葉だ。
ポップ・ミュージックのスターが行える、最も大胆な日本人論だろう。聴き手は自分の記憶と心情に引き寄せながら、その一節一節を聞くことになる。
テレビ番組の企画から始まり、ベスト盤にも収められているナンバーだが、このライブに於いてその歌が生まれた必然が全て明らかになった気がした。
3時間を超えるライブは、日の丸を連想させる巨大な太陽の映像から桑田が「明日晴れるかな?」を歌うところで大団円を迎える。そこには短絡的なナショナリズムも、情緒的な同胞意識もない。今の日本人のタフでリアルな「頑張ろう日本」があるだけだった。

僕が観たのは埼玉スーパー・アリーナでのライブ。ネタバレになるのでツアー終了後に書かせてもらった。
我々は桑田佳祐というポップ・スターを同時代に持てて幸せである。
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