自身の歌こそがバンドの武器だという自覚のもとそれを磨き続けてきた菊池陽報(Vo・G)に「歌では勝てない」とまで思わせたものとはいったいなんなのか。そしてそこから彼はどのようにして這い上がろうとしているのか。内面が滲み出るような挑戦的で内省的な新曲“Strawberry”に寄せて、彼は今の心境を赤裸々に語ってくれた。これがThis is LASTの現在地、そしてさらなる飛躍への第一歩である。
インタビュー=小川智宏 撮影=軍司拓実
──ツアー「Scoop!」も佳境ですけど(取材日は11月上旬)、調子はどうですか?1回挫折したんです。「俺は歌じゃ勝てない」って
バンドとしてはよくなってると思いますけど、なんか……このツアーに入る少し前から、はっきり言うと自分に対して自信をなくしてしまって。その自信を取り戻すところから始まるような形でツアーに入ったんで、僕はずっとメンタルが行ったり来たりしているような状態が続いてます。みんなに支えてもらって、バンドも歌もなんとかいい状態にはできているんじゃないかなと言い聞かせている状態ですね。
──自信をなくしたというのは何か理由があったの?
今年に入ってから自分の中に違和感みたいなものを感じ始めてはいたんです。もともと、自分はThis is LASTはどのバンドよりも、どのアーティストよりも歌を磨いていくべきだなと思ってやり続けてきたんですけど、いろいろな場面で戦わせていただくことが増えて、その中で俺なんかよりもいい歌を歌う人がこれだけいるんだっていうことに気づいて。その人たちを本気で倒そうと思っていろいろもがいたんですけど……1回挫折したんですよ。「俺は歌じゃ勝てない」って思って。でも、それでバンドを終わりにしたくないから、パフォーマンスだったり人を巻き込む力みたいなもので勝っていくしかないって思ったんです。歌はダメだって思ったことが始まりだったんですよ。
──なるほど。
そこから、ある程度歌えていればあとはパフォーマンスでお客さんを巻き込んでいけばいいっていう感じでやり続けてきて。そうすることで自信を持たせるというか、誰よりも自信を持てる部分を、人と違う部分──人よりも強い部分で育てていこうと自分の中で思っていたんです。けど、うちのマネジメントと話をしていたときに、今のライブは言ってしまえば普通というか、「このレベルで留まるものじゃないと思う」とはっきり言ってもらって。メンバーとも話をして、みんな僕の歌を信じてくれてるって言ってくれて、やっぱりもう一度歌と曲で勝てるバンドになっていかなきゃいけないなって思い直したんです。それが今年の夏終わりぐらいで、そこからツアーに入っていきました。僕の中では、今まで積み上げてきたものをゼロにしたような感覚でしたね。
──ちなみに、今のあきくんにとって、「いい歌」ってどういうもの?
いわゆる「グルーヴ」みたいなものとか、歌には「なんかいい」っていうのがあるじゃないですか。僕はそういう「なんかいい」がもともと好きじゃなかったんですよ。根拠のないものが好きじゃない。でも、歌には根拠はないけど、確実に「いい」っていうものがあって。先日Mr.Childrenのライブを観に行かせていただいて、桜井(和寿)さんの生の声を初めて聴いたんですけど、桜井さんの声を聴いて「これが本物なんだ」って本当に一瞬でわかったんです。もちろんテクニックでいえばピッチだったり声量だったり細かいものがいっぱいありますけど、桜井さんの声に入っている「気持ち」に素直に胸を打たれたというか。やっぱり人の心にまっすぐ刺さるか、生の声でどれだけ人の心を動かせるか──そういうシンプルな良さがあるものが、いい歌なのかなって思って。そういういい歌って、根拠がないとはいえ、そこにはいろんなテクニックが隠されていると思うし、それこそ運もあるし状況もあるし、そのすべてが重なった瞬間に掴めるものだと思うんです。でも、その瞬間に自分の力が足りなかったら掴めないから、絶対に掴めるように、今はとにかく追いかけています。
──なるほどね。それはたとえば『HOME』っていうこれまでのLASTの集大成みたいなアルバムを作って、バンドの体制も変わって、大きな節目を迎えたっていうことも影響しているのかな。
タイミングもあったし、バンドとしてもいろんなイベントに呼んでもらったり対バンも増えたり、いろいろな人と接することが増えていったのもあって。それで「自分ってこんなにも稚拙なんだ」と。「俺はギターを持った猿だな」と思って。
──そこまで言うか(笑)。
ほんと、それぐらい思ってしまって。別にそれまで調子に乗ってたとかではないんですけど。俺らはもっとやれるって思ってたけど、自分が目指している先の人たちを見たときに単純に絶望して、その気持ちに勝てなかった。今回のツアーでも、どれだけいいライブができたとしても、周りに「すごくよかったよ」って言ってもらえたとしても、ロッキンやCDJのメインステージでやっている本当に強いバンドとライブで戦って勝てるかっていったら、「いや、勝てねえな」って思うんですよ。よかった点よりもダメだった点を見つめていかないとその人たちには勝てないと思っているし、この挫折が、とにかくまずはThis is LASTを抜け目なくいいバンドにしていかないとって思えるきっかけになったと思います。
──そういう気持ちの変化は、楽曲にも反映されている感じはする?自分の中で1回得意技を使わないようにしてるというか。違う引き出しを出さないと、将来的にアリーナやスタジアムに行けないなって
曲は別軸で考えてて、もはやライブでやることを考えるのをやめましたね。今、世の中で多く聴かれているジャンルや音像を考えると、ロックバンドすぎるものはあまり聴かれなくなってきているし、日本のトップチャートを見てもロックバンドって少ないなって思うから、今はロックバンドのあり方を新しく作っていかなきゃいけないときだなと思っていて。ストリーミングというものでどういうふうに再生されるかも研究して、とにかく聴かれる音像、時代の音像というものをいかにバンドとして落とし込めるか、みたいなことをやっています。まずは曲の良さを求めるようになってきているので、バンドの音像じゃない曲を「これライブでどうすんだろうな」と思いながら、最終的に作り切るみたいなことがよくありますね。
──今年リリースした“スーパーキセイマン”とか“Scoop!”を聴いても、パッと聴いた感じはLASTの王道っていう感じなんだけど、細かい部分をすごくアップデートしている感じは確かにありますね。
そうですね。自分の中ではシンプルにいいものを作りたいっていうのがあるし、どれだけ歌を優先できるかっていうところは変わってないので。それがあるからアップデートできているし、ブレずに追い求められているんじゃないかなと思います。
──あと、さっき理屈を越えた歌の良さというものがあるっていう話をしてたけど、もともとあきくんの書く曲ってすごく論理的だったというか、歌詞においても情景を丁寧に描写して物語を組み立てていく感じだったじゃないですか。緻密に書き込んでいくことで曲を成立させるのが上手な人だと思ってたんですけど、最近の曲はそれをすっ飛ばしてる感じがあるなと思ってるんです。
ああ、そうですね。自分の中で、1回得意技を使わないようにしてるというか。違う引き出しを出さないと、将来的にアリーナやスタジアムに行けないなって。必殺技を封印しているというか、違う必殺技を編み出そうとしてるのはありますね。
──そうやってあきくん自身が進化していくことでバンドも進化していくという。それを引き受ける責任感は変わっていないどころか、さらに強まっている感じですね。
はい。これだけ一流の人たちが集まって一流の仕事をしてくれてて、てる(鹿又輝直/Dr)もよっしー(芳井雅人/サポートベース)もこれだけいいドラムとベースを鳴らしてくれてて、俺が生半可な仕事をしたら、俺がいないほうがいいよってなるから。実際に「俺、いないほうがよかったな」っていう日もあるし……それだけみんなに感謝してるので、それに見合った仕事ができてない自分がすごく嫌なんです。そういう気持ちのもとでやってます。
──逆に言うと、自信がなくなってたときでも、メンバーがいてスタッフがいて、みんなでThis is LASTを前に進めてくれるっていう安心感もあったのかな?
そうです。だから、どんなことがあっても、なんか「俺たちは大丈夫」っていう感覚がずっとあるんです。頭の中ではわかってるんですよ。自分の中にはいろんな自分がいるのに、実際の自分はただ絶望に明け暮れる毎日を過ごしている人間で──そのバランスを取るのが本当にきついです。いろんな自分が常にいろいろと入れ替わるんですよね。分析してる自分もいるし、客観視して「今これが足りないよね」って思ってる自分もいる。考え事をするときはその全員が集まるんですよ。そうなると寝れなくなる。それを日夜しているっていう状態ですね。今自分に必要な自分が誰かを考えて、そいつとうまくスイッチできるようにならないとなって思ってます。
──そんな中で今回“Strawberry”という、LAST的にめちゃくちゃ新鮮な曲が出てきたわけなんですが。これは今の話をふまえると、あきくんにとってはどういう位置づけの曲?“Strawberry”は自分の恋愛詞の中ですごく新しくもあり、奇妙なものでもある。「俺の中の違う俺が書いたのかもな」っていう感覚です
僕の中では“Strawberry”は自分の恋愛詞の中ですごく新しくもあり、奇妙なものでもあると思っていて。「俺の中の違う俺が書いたのかもな」っていう感覚です。今までの僕のスタイルでは、どれだけ人に簡単に伝わるかを意識して、ひと目見ただけで「こういう歌詞なんだね」ってわかるものをストレートに、シンプルに書いてきたんですけど、この曲は本当のところを掴ませない歌詞というか。恋愛詞ではあるけど、恋愛詞でもないかもしれないみたいな。「え、これなんなの?」っていうものができたのかなと思います。だからすごく奇妙な感覚なんですけど、「いい曲書けたな」っていう感覚もありました。
──本当その通りで、今までの菊池陽報の文体にはなかった曲だと思う。メロディも歌詞もどこか淡々としているというか、あえてドラマを作らない感じというか。これはどういうふうにできていったの?
“Scoop!”を書いてたとき、曲が全然出てこなかったんです。“Scoop!”はタイアップで曲作りに縛りがあったんで、1回自分から素直に出てくるものを何にも縛られずに書こうと思って。“Scoop!”を書けないことのフラストレーションで、休憩のつもりで書いたら出てきた曲が、この“Strawberry”でした。だからといって、気持ちが“Scoop!”と似ているとかはないんですけど。この曲は、最初から歌詞も決まっていたかのようにすらっと書けたんです。書き終わった歌詞を最初に見たとき、自分でも「俺は今、何を思ってるんだ?」みたいな感じではあったんですけど(笑)、自分を見つめていくと一つひとつの言葉に「なるほどね」って納得できる部分もあって。それこそ、いろんな自分が今思ってることをちりばめられたから、こういう掴ませないような歌詞になったんだなと思いますね。
──それは面白い。印象としては逆だと思ってた。“Scoop!”のほうがサラッとできて、むしろ試行錯誤しながら作ったのがこの“Strawberry”だったのかなって。
“Scoop!”はもともと“恋愛凡人は踊らない”っぽさを求められていたのもあって、そう言われたら“恋愛凡人〜”を超えなきゃって思うし、なおかつ応援歌みたいなものにしたいという気持ちもあったんです。でも、その畑は僕は持ち合わせていないものだったから、不利な状況の中で戦っていたんですよね。逆に“Strawberry”は今の自分の葛藤していること、悩んでいることが本当にストレートに出たし、自分がいいと思っている新しいものが作れました。この曲が生まれて、やっぱり俺はちゃんと成長してるんだなって思えました。いろんなものに対して悩んで、でも1個ずつ段階を踏んできてはいるんだなって。
──今日ここまで話してくれたことが全部“Strawberry”には正直に出ている感じがするよね。これ、全然答えが出ない、ずっと考えているような歌詞じゃないですか。
そうですね。内省的な歌詞よりは情景が浮かぶ歌詞のほうが今のLASTを作ってきてくれていると思うから、そういうものを書いていこうと思っていたんです。でも、内省的な歌詞も今のLASTにとっては大事なのかもなと思って。
──サウンド的にも、バンド的じゃないというか、めちゃくちゃミニマルですよね。世の中に自分の曲が認められたことはまだないと思っていて。どうやったらもっと自分の曲が届くんだろうっていうのが、すべての原動力です
歌に譲りまくっていて、てるも最後の8小節しか叩かない。だから、ライブでやるのは怖いんですけどね。この曲の時間の中で、曲のストーリーを紡ぐのはほぼ俺なわけじゃないですか。観る側からしたら普通に見えるかもしれないけど、俺の気持ちとしてはLASTはバンドとして戦ってるんで、この曲の8割を俺が表現して、最後にてるとよっしーの3人で鳴らして、納得できるクオリティや説得力を持たせて完結させるという──とてつもなく緊張感のある難しい曲ではあるなと思います。でも、今の僕にいちばん近い楽曲でもあります。
──しかもこの、きわめて斬新で挑戦的な曲が『キミとオオカミくんには騙されない』のBGMとして流れて、SNSではちゃんと盛り上がっていて。
でも、そうやってSNSで使ってもらえるのは嬉しいですけど、そもそもTikTokとかを想定して書いた曲ではなかったので、そういう曲はそういう曲としてちゃんと狙って書いていかないとなって淡々と考えている感じです。そういう部分に一喜一憂するのが怖いというのもあるし。
──でも、番組でこの曲が流れた瞬間に、みんな「LASTの新曲だ」って気づいてたじゃん。ちゃんと届いているんだなって思ったけどね。
それは嬉しかったし、すごいことだなと思います。ちょっと流れた瞬間に気づいてもらえたっていう。それこそ桜井さんの声もちょっと聴いただけでわかるじゃないですか。そういうのが僕にとっての理想のボーカル像なので。
──ミュージックビデオも、抽象的だけど素晴らしい映像になっていますね。
本当に。あの映像を観て、またちょっと怖くなって(笑)。こんなにいい映像を観てライブに来たらめっちゃ期待値上がるな、どうしようって思ってます。しかもこの曲は俺がほとんどなんで、俺がミスったら全部終わりだから。
──大丈夫だよ(笑)。
ステージに上がると自分に対して大丈夫って思える瞬間があるんですけど、ステージを下りるとそう思えないんですよね。すべてが奇跡の上で起きたことだったなって思っちゃうぐらい。もはやステージにいる自分は別人みたいな感じにも思ってます。まだ前向きには考えられてないかもしれない。
──というか、“Strawberry”はまさにステージを下りているときのあなたが出ている曲だからすごく魅力的なんだと思うよ。そしてそれを見せることでThis is LASTはさらに愛されていくんだと思うけどね。
そうですね……そうなるんですかね?(笑)。本当にいろんな人に愛してもらってるなっていうのは思うんですけど、世の中に自分の曲が認められたことはまだないと思っていて、そこは悔しい部分なんです。ただ、どうやったらもっと自分の曲が届くんだろうって思っているのが、すべての原動力ではあると思います。
──それは、それこそMr.Childrenの“抱きしめたい”とか“innocent world”レベルの話をしてるわけですよね。
そう。その曲を聴くためにスタジアムが埋まるっていうのはすごいことだと思うし、そういうバンドでありたい。もちろんストリーミングでたくさん回ることもヒットだと思うけど、将来的に僕が書いたその1曲を聴くためにたくさんの人が来てアリーナが埋まる、スタジアムが埋まるってなったら、それもヒットだと思う。そういう意味で、世の中に受け入れられる楽曲を書けるようにならないとなって思ってやってます。
このインタビューの完全版は、発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』1月号に掲載!
●MV
“Strawberry” MV
●リリース情報
『Strawberry』
●ツアー情報
「This is LAST one man live Hall tour 2025」
2025年3月1日(土) 大阪・オリックス劇場
2025年3月20日(木・祝) 福岡・福岡国際会議場
2025年3月22日(土) 宮城・電力ホール
2025年4月5日(土) 愛知・Niterra日本特殊陶業市⺠会館フォレストホール
2025年4月20日(日) 北海道・札幌市教育文化会館
2025年4月26日(土) 東京・昭和女子大学 人見記念講堂
提供:株式会社SDR
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部