エレクトロ、ロック、ヒップホップなどを融合し、先鋭的なポップミュージックを生み出してきた水槽。“MONOCHROME”(TVアニメ『BLEACH 千年血戦篇-相剋譚-』EDテーマ)、“ランタノイド”(アニメ『龍族 -The Blazing Dawn-』EDテーマ)を含む本作は、「FROM LAPTOP TO ROOFTOP」(ラップトップからルーフトップへ。)を意味するタイトル通り、水槽自身の意識が外へと向かうことで、音楽的・精神的な飛躍を果たした作品となっている。
本作『FLTR』の軸になっている楽曲のひとつが、“カルチュラル・オートマティカ・フィーディング(feat. たなか)”。《時代と寝たインテリジェンスは/幸福な夢を見るか?》というフィリップ・K・ディックの名作をオマージュしたパンチラインを持つこの曲でたなかをフィーチャーしたことは、彼の音楽を敬愛し続けてきたという水槽にとっても大きな意味を持っているようだ。
そこで今回は、水槽とたなかの対談をセッティング。時代の空気を鋭敏に感じながら独創的かつ刺激的な音楽を生み出し続ける両者の対話を通し、楽曲“カルチュラル~”とアルバム『FLTR』の魅力を感じ取ってほしいと思う。
インタビュー=森朋之 撮影=タカギユウスケ
(ぼくのりりっくのぼうよみの)曲を聴いて「男性でこんなにも高い音域がきれいに出せる人、めっちゃ珍しいな」と驚いた記憶があります
──水槽さんのニューアルバム『FLTR』に収録された“カルチュラル・オートマティカ・フィーディング(feat. たなか)”にたなかさんが参加していまして。
たなか はい。おじゃましてます。
水槽 (笑)ありがとうございます。
──この曲を軸にしながら、水槽さん、たなかさんの関係性を深掘りしたいなと思っています。まずふたりが出会ったきっかけは?
水槽 初対面は2023年の「VIVA LA ROCK」ですね。DiosのサポートをやってるLITEの山本晃紀さん(Dr)と知り合いだった縁で観に行かせてもらって、そのときに初めてご挨拶して。完全にファンとアーティストみたいな感じでした。
たなか ハハハ。
水槽 ぼくのりりっくのぼうよみの頃からずっと聴いてましたからね。音楽雑誌で名前を見て「すごいアーティスト名だな」と思ったのがきっかけだったんですけど、曲を聴いて「男性でこんなにも高い音域がきれいに出せる人、めっちゃ珍しいな」と驚いた記憶があります。
たなか ありがたい。僕も水槽さんの名前は存じ上げていて。SpotifyとかでDiosを検索すると、「Diosが好きな人はこんなアーティストも聴いてますよ」って名前が出てくるじゃないですか。そこに水槽さんの名前があって「こういう方がいらっしゃるんだな」と。
水槽 そういえば初めてお会いしたとき、Ichika( Nito/G)さんが私の曲を聴いてくれてたんですよ。ちょうどその時期に“呼吸率”という曲を出したばかりだったんですけど、Ichikaさんが「今朝聴いてた」って。 嬉しかったです。
──水槽さん、たなかさんの音楽に影響を受けてますよね?
水槽 めっちゃ受けてますよ。意識してリファレンスにした曲もあります。
たなか えー! 気になる。
水槽 1stアルバム(『首都雑踏』)に入っている“アイリス”はくじらさんに提供していただいたんですが、リファレンスとしてぼくりりの曲を送らせてもらって。今回のアルバムに入ってる“点滴”もそうで、ぼくりりの“超克”
のアレンジを参考にさせてもらってます。
たなか そうなんだ。最近リアルに子供が産まれたんですけど、自分の曲を聴いて参考にしてくれてるって、疑似の子供みたいな感じがします(笑)。
──水槽さんはたなかさんのリリックにも影響を受けてるんですか?
水槽 どうだろう? Diosの歌詞みたいに達観はできてないですけど、“没落”(ぼくのりりっくのぼうよみ)くらいのことは言えるようになってきたかも。あと敬語とか「~です」みたいな丁寧な言い方を混ぜるのはぼくりりの影響かも……って今思いました。
たなか 慇懃な感じね。
水槽 そうそう。慇懃無礼というか(笑)。
──では“カルチュラル・オートマティカ・フィーディング(feat. たなか)”について聞かせてください。この曲でたなかさんをフィーチャーしたのはどうしてなんですか?自分のリリックをたなかさんに歌ってもらったらどうなるんだろう?とワクワクしながら歌詞を書いた
水槽 たなかさんをフィーチャーすることになってから作りました。「たなか用」です。
──とにかく一緒に曲をやるんだと。
水槽 はい。きっかけは、去年の11月に渋谷のeggmanでやったイベント(「ABSOLUTE EGO A/W 2024」)に出たことですね。そのときにたなかさんが観に来ていて。
たなか 4組出ていたんですけど、その中の1組と関わりがあったから、観に行ってみようかなと。音楽とは全然関係ない友達が「水槽って人、めっちゃ好きなんだよね」って言ってたから、じゃあ、一緒に行こうよってことになって。次の予定があったから、すぐ出ちゃったんですけどね。
水槽 ニアミスだったんですよ(笑)。物販に立ってたら、ファンの人が「たなかさん来てましたね。何かあるんですか?」って言っていて、「え、いたの?」って。すぐにインスタでコンタクトを取って、「今度ごはん行きましょう」ってお誘いしました。で、後日飲みに行って。それが去年の12月ですね。
たなか まだそこまで冷え込んでなかったのは覚えてる(笑)。
水槽 自分は前から「たなかさんと喋りたい」と思っていたし、そのときに「一緒にやってほしい」と言いました。
──直接オファーしたんですね。
水槽 そうですね。アルバムにフィーチャリングの枠を1曲作りたいとは思っていて、何人か候補が頭に浮かんでいたんですけど、第一候補はたなかさんだったんで。機会を窺っていたところもあるし、タイミング的に「今だ!」と思って。大人を通して連絡するより、そっちのほうがバイブスが高いじゃないですか。どうなるかわからないし、賭けではあるんですけど、今回はうまくいきました。
──水槽さんが出演したイベントにたなかさんが来たというのも何かの予兆だったのかも。曲の構想もあったんですか?
水槽 フィーチャリング枠の楽曲は、アッパーなダンスナンバーで、パンチラインがある曲にしようということだけは決めてました。具体的な曲調とかはなくて、その人に特化した曲を用意しようと。なので“カルチュラル~”は「たなか用」なんですよ。
──なるほど。曲作りはどうでした?
水槽 めっちゃ楽しかったんですよ、これが。たなかさんの声を脳内再生できるから、すごくスムーズにメロが書けて。(歌うのは)難しかったと思いますけど。
たなか そうね。最初に聴いたとき「う、うわぁ」ってなりました(笑)。いちばん最初はワンコーラスだけだったよね?
水槽 そうだったと思う。
たなか そのあと、マイナーチェンジがちょこちょこあって。とりあえず1回歌を入れてみて、水槽さんの脳内で鳴っているものと齟齬がないかすり合わせた感じかな。そのあとすぐにフルサイズのデモが来て、あとはババババってやりました。
──(笑)めちゃくちゃスムーズだったと。
たなか そうですね。この曲に限らず、水槽さんの曲はアレンジがすごく好きで。芸が細かいというか、聴いててすげえ楽しいし、ワクワクする感じがあるんですよ。今回の曲もそうだったし、詞も含めて全部作ってもらって、その通りにやるっていうのも新鮮でよかったです。(普段の客演は)自分で歌詞を書いちゃうことが多いので、面白かった。
水槽 絶対、自分で書きたかったんですよね。「自分で書いた歌詞をたなかさんに歌ってもらう」というのは夢でもあったし、自分のリリックを歌ってもらったらどうなるんだろう?とワクワクしながら歌詞を書いて。レコーディングもすごかったですね。自分の脳内で鳴ってるものとまったく齟齬がなくて、そのまま曲になったというか。
──想像通りだった、と。
水槽 そうですね。まさか想像通りになるとは思ってなかったから、そういう意味では想像を超えてたんですけど(笑)。
たなか レコーディングも結構スムーズに進んだ気がします。「こういうパターンもあるよね」みたいなものをたまに何個か出しつつ。
水槽 基本的な解釈は一致していたんですけど、そのうえで「こういうのはどうかな?」と提案してくれて、そこから選んで。夢が叶ったというか、非常に嬉しかったです。この曲の歌詞、ちょっとぼくりりっぽいかなと思っていて。
たなか そうかも。
水槽 Diosの歌詞は結構、達観しているし、哲学的なところもあると思うんですよ。広いテーマを扱ってるというか、狭いことを歌うときも、デカい視点から語ってるイメージがあって。“カルチュラル~”はそうじゃなくて、ぼくりりの頃のリリックに近い気がする。
──たなかさん、“カルチュラル~”のリリックについてはどんな印象がありますか?
たなか えーと、ちょっと待ってくださいね……(と歌詞を確認する)
水槽 というか、フィックスの音源って聴きました?
たなか あ、まだ聴いてない(笑)。
水槽 間奏が全然変わってくるんですよ。アラビアっぽい感じになってて。
たなか そうなんだ。あとで聴いて「おおー!」って言います(笑)。歌詞は、確かに懐かしさがありましたね。レトロみたいな意味合いではなくて、それこそぼくりりのときみたいな言葉の選び方だなって。
水槽 そういえばド頭から《です》──《君たちの大好きなcultureです》って書いてますね(笑)。
たなか ホントだ(笑)。今気づいた。
水槽 あと、この歌詞はかなり意識して尖ってるんですよ。
たなか 確かに水槽さんの曲の中でも尖りめな感じですね。「結構すごいこと言うなあ」って思いながら歌詞を読んだ記憶があります。
──《乱暴に抑えつけてその口を開けて/ドーパミンの海でしか生きられない》というラインもありますからね。《さあ文化を喰らえ》だったり。
水槽 自分ひとりの曲だとビビッて言えないでしょうね。そもそも、外側に向いている曲がほぼないんですよ。基本的に自分の内側に向かって何かを行っている曲ばかりだし、《君たち》から始まる曲なんてまったくなかったので。“feat. たなか”だから、こういう歌詞が書けたんだと思います。
たなか わかるかも。僕も誰かを下げるような歌詞はあまりないので。でも、そういう曲が世の中にあったほうがいいし、自分が関わったことでこの歌詞が出来たんだとすれば、いいことしたなって思います。
水槽 キャッチーさを考えたら、自己との対話とか、自分の内側に向いている曲よりも、誰かに物申したほうがいいじゃないですか。ただ自分の場合は、強気なことを言った経験があんまりなくて。アルバムの中でも1曲だけですからね、外向きなのは。あとは最後の曲(“点滴”)もちょっとそうかな。
──もちろん“カルチュラル~”で歌われていることは本心ですよね? 大量のコンテンツが押し寄せてきて、中身を吟味することもなく摂取しまくってる人たちに対して「それはどうなんだ?」という。
水槽 まず「自分がそうだな」と思ってるんですよね。普段だったらもっと自虐的な歌詞になるんですけど、それはいったん置いてといて、この曲「おまえら、そうだろ?」を書いていて。気づいたらショート動画をずっと観てることとかも全然ありますからね、自分の生活の中に。意識してやらないようにしていても、いつの間にかインスタのストーリーを観続けてたり。大して興味もないのに観てるって自分でも異常だなって思うんですけど、どうしても止められないっていう。そういえばたなかさんとも「止められない。中断が苦手」っていう話をしてましたよね。
たなか してたかも。
水槽 ふたりとも中断が苦手なんですよ。「風呂に入れないとか、まさにそれだよね」って(笑)。やりたくなくても何かをずっと続けてしまう自分を俯瞰して書いた歌詞でもありますね。
──たなかさんも以前、「ずっと続いている状態を変えるのが大変」みたいな話をしてましたよね。
たなか そうですね。朝起きるのもそうだし、飲み会を切り上げるとか、なんでもいいんですけど「今この瞬間、続いているものを止めて、次のことをやります」って大変じゃないですか。その中には「部活やめます」とか「バイトやめます」とかもあると思うんだけど、そういう決断って、HPじゃなくてMPを消費する感じがあって。さっき水槽さんが言ってた「ショート動画を観続ける」というのも流れるプールで遊んでるようなものだから、気持ちいいんですよ。それを切り上げるのってめっちゃムズいよねって。
水槽 これは自分が勝手に(たなかと)「一緒だな」と思ってるんですけど、デカい決断のほうがやりやすい気がするんですよ。たとえば引っ越しだったり、音楽活動の環境を変えるのはあんまり悩まずにやれるので。関係ないけど、前に一緒にカラオケ屋に行ったんですけど、インターネット老人会みたいな選曲というか(笑)、昔のボカロを歌いまくったんですよ。
たなか 懐かしかった。
水槽 その中に「こういう感じでやってみたい」という曲がいくつかあったんですけど、特に“WAVE”(niki)は“カルチュラル~”のリファレンスになってます。シンセベースが印象的な曲なんですけど、それを参考にしながら自分なりにアレンジして。
──“WAVE”は2010年代前半のボカロシーンの名曲ですよね。音楽性、リリックを含めて“カルチュラル~”はアルバム『FLTR』の中でも軸になっている曲なのかなと。
水槽 アルバムの2曲目ですからね。1曲目(“ROOFTOP TOKYO (FLTR ver.)”)は2020年に出した処女作のリアレンジバージョンなので、イントロダクションに近くて。「ROOFTOP」という言葉も入ってるし、ここしか置き場所がなかったんですよ。なのでアルバムの実質的な幕開けはM2なのかなと思っています。
ラップとルーフトップ、自分の小さい部屋と大きいステージ、リリイベとナイトイベ、その両方を往来できる人になりたい
──そもそもアルバムの全体的なコンセプトはどういうものだったんですか?
水槽 (アルバム収録曲の)3~4曲くらい出来たときに、アルバムの方針を考えて。『FLTR』は「FROM LAPTOP TO ROOFTOP」なんですけど、往来したいという気持ちがずっとあるんですよ。ラップとルーフトップ、自分の小さい部屋と大きいステージ、リリイベとナイトイベもそうですけど、両方をやり続ける人になりたい。往来感を持ちたいというのが今回のアルバムの大きい基軸です。
──意識が外向きになったと。
水槽 今までは「部屋だけ」「ラップトップだけ」だったんですよ。ソングライティングもそうで、さっきも言ったみたいにずっと内向きだったし、自分と対話し続けていたんだけど、それをちょっと外に向けてみたくて。引っ越しとか環境の変化とかいくつか理由があるんですけど、『BLEACH』のエンディングテーマのお話をもらったことも大きくて(“MONOCHROME”はTVアニメ『BLEACH 千年血戦篇-相剋譚-』EDテーマ)。「この曲を世界中に聴いてもらうためにやれることは何でもしよう」と思ったし、それが「部屋から出ていく」につながったのかも。
たなか なるほどね。
水槽 これもちょっと余談ですけど、“MONOCHROME”のインストゥルメンタルが『BLEACH』の公式で発表されたときに、「Diosだ」って言われて。
たなか めっちゃ言われてた! 「え? Diosが『BLEACH』の曲やってるの?」って(笑)。
水槽 「Diosで決定」くらいの勢いで盛り上がってましたよね(笑)。確かに(曲調が)似てるんですよ。
たなか Diosに似てるというより、Ichikaだよね。
水槽 Ichikaさんのギター、自分も好きですからね。確かにIchikaさんっぽいフレーズは使いがちだし(笑)、「Diosだ」って言われたのも嬉しかった。
──たなかさんはアルバム『FLTR』をどう捉えていますか?
たなか めっちゃいいですね! アレンジも歌もすごく好きなんだけど、特によかったのは“箱の街”。《アルバムは順番通りに/一曲目から丁寧に/それ以外の愛を知らない》がすごいなって。これは僕の考え方なんですけど、曲全体が素晴らしい必要はなくて、心に残る一行、印象的なメロディが存在していれば、そのリスナーにとっては意義のあるものだと思っていて。《アルバムは順番通りに~》はまさにそうだし、この曲を聴いたときに「勝った!」みたいな。もちろん勝ってるのは水槽さんなんですけど(笑)。
水槽 (笑)そこの歌詞、自分も気に入ってるんですよ。
たなか そりゃそうでしょ。
水槽 刺すつもりで書いた歌詞が本当に刺さるとマジで嬉しい。しかもたなかさんに刺さってるのがアツい。
たなか 最高です。これって要約すると「真摯な姿勢」ということだと思っていて。誰かが喋っていることをシリアスに聴く、真摯に向き合うって大切だよねということだと思うんですけど、それを音楽という比喩に落とし込んだのが《アルバムは順番通りに~》じゃないかなと。すべてを理解する、全部をわかってあげることは誰にもできないんだけど、まずは人にちゃんと向き合うことが大事だし、それを「アルバムを頭から聴く」というメタファーで表現されているのがいいですよね
水槽 まさしく、ですね。自分は上手にできることがあんまりないから、「せめてそれくらいは守ろう」という核の部分というのかな。特殊な才能がないからこそ、これだけはしっかりやろうという姿勢の提示として書いた歌詞なので、そういうふうに受け取ってもらえてすごくうれしいです。
──全部をわかってあげられなくても、マジメに向き合って聴くことはできる。
水槽 はい。アルバムを1曲目から丁寧に聴くって、簡単で誰でもできることだけど、みんながやっているか?といえばそうじゃなくて。自分はそれをちゃんとやろうということですね。
たなか 素晴らしい。けど、水槽さんが上手にできることはいっぱいあるでしょ(笑)。その結果が『FLTR』でしょ。
水槽 ありがとうございます。まあ、自分に対する評価がそうだってことですね。
自分の内面だけは絶対に守り抜こうと決めた。そういうフェーズですね、自分は
──たなかさんは『ガソリン EP』(Dios)のインタビューで「自分にとっての幸福とか喜びを燃料にして走るほうがいいんじゃないか?みたいなことを言いたくて作ったのが、“My Gasoline”」とコメントしていて。今現在、たなかさん、水槽さんが音楽を生み出す「燃料」はなんだと思いますか?
たなか ここ1年くらいは自分のポジティブな思想というか「前を向いて、人生をよりよくしていく」というちょっと気恥ずかしいテーマをシリアスかつロジカルかつポップに伝えるためにはどうしたらいいか?ということをやってきて。今は「そんなに難しいことをやらなくても、ただかっこいい、ただ美しいものに価値がある」みたいな揺り戻しのフェーズに来てますね。子供が産まれたことで、それがより加速していて。まだ生まれたばかりなんですけど、ちょっとずついろんなことがわかるようになってくるじゃないですか。その最初の時点で出会うのはよりよいものであってほしいし、自分もよいものを作りたいと思うようになって。
──子供のためにもよいものを作りたい、と。
たなか そうですね。育てる側の目線、自分のことでいうと、日常の大部分を子供のために取られるんですよ。「自分は今まで、暇だったからいろんなことに割けるリソースがあったんだな」と思ったし、一般のリスナーの皆さん、聴いてくれる人の皆さんと同じようなシチュエーションになってる気がして。仕事が忙しい、家事育児が大変だとか、いろいろある中で音楽を聴いてくれてるわけじゃないですか。そういう人たちにどれだけシンプルに届けることができるか?ということをやるべきだし、自分も強制的に忙しい状況に追い込まれたことによって、それをさらに衒いなくやれる感じがしています。
水槽 すごい。今たなかさんは「気恥ずかしいテーマをロジカルに……」みたいなことを言ってましたけど、私もベースが斜に構えている人間だし、前向きになることが恥ずかしいというのが前提なんですよ。ぼくのりりっくのぼうよみの初期のリリックはまさにそういう感じだったと思うんですけど、そこからちょっとずつ脱却して、精神的な土台を作ったことで今の感じになっているんじゃないかなと。
たなか うん。
水槽 自分も同じような感じなんですよね。アルバムに入ってる“報酬系(feat. lilbesh ramko)”で《不幸とかオワコン》という歌詞を書いたんですけど、不幸に浸ってる時代は終わりだし、自分だけではなくて「みんなで終わろう」と思っていて。今はそういう感じになってるんですけど、以前は不幸に浸っていたし、あえてそこに降りていって尖ったパフォーマンスをしているのが、たなかさんをフィーチャーした“カルチュラル~”でもあるっていう。
たなか そうだね。
水槽 もうひとつは自分の軸をしっかり持つことが大事だと思っていて。処女作(“ルーフトップトーキョー”)を作ったときって、誰かに届けたいとか自分の見られ方もまったく考えてなくて、ただただスティーヴ・アオキとBTSがかっこよくて、「自分もやろう!」というだけだったんですよ。そのあとはいろんなことを考えながら作るようになってきて。自分の軸に肉づけするのはまだいいんだけど、まったく違う軸を立てて曲を作るのは違うと思うんですよ。売れるためであっても、自分の軸から逸れたことはしたくない。そのことを歌ってるのが“点滴”という曲なんです。《劣等感や優越感の類を/点滴にして生きているでしょう?》という歌詞があるんですけど、まさにそれが燃料だったというか。点滴だから、抜いたら死んじゃうっていう。
──劣等感、優越感をエネルギーにして創作を続けてきた?
水槽 クリエイターにはそういう側面が絶対にあるはずだと思います。“点滴”には《その背後に互換性》という歌詞もあって。音楽をやってると才能のある後進がどんどん出てくるし、キリがないんですよ。劣等感や優越感を点滴にして走ってきた自覚もあるんですけど、それを引き抜く決断をしようと思って書いたのがこの曲ですね。意図的に尖ることもできるし、「聴いてもらうためになんでもやろう」と思うこともあるけど、自分の内面だけは絶対に守り抜こうと決めた。そういうフェーズですね、自分は。
──いちばん大事なことですね、それは。
水槽 めちゃめちゃ大事ですね。幸せに生きるために。
たなか うん。幸せに生きよう。
──素晴らしい。月並みですが“カルチュラル・オートマティカ・フィーディング(feat. たなか)”をステージでパフォーマンスするところをぜひ観たいです。
水槽 4月19日のライブ(「水槽 THIRD CONCEPT LIVE “FLTR”」)でやります。ムズそうですけどね。息を吸う場所があまりないので(笑)。
たなか そうなんだよね。曲を聴いてると気持ち的には「かっこいいな」が7割、「これをライブでやるのか……」が3割くらいで。
水槽 やばい(笑)。
たなか まあ、かっこよくなるでしょう。がんばります。
水槽 4th Album『FLTR』
<CD 収録楽曲>
01. ROOFTOP TOKYO(FLTR ver.)
02. カルチュラル・オートマティカ・フィーディング(feat. たなか)
03. MONOCHROME
04. SINKER
05. ランタノイド
06. 報酬系(feat. lilbesh ramko)
07. 箱の街
08. POLYHEDRON
09. スードニム
10. ロリポップ・バレット
11. 点滴
●ライブ情報
水槽 3rd ONE MAN LIVE "FLTR"
日程:2025 年 4 月 19 日(土) OPEN 17:00 / START 18:00会場:LIQUIDROOM
提供:not_equal_online studio
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部