2016年3月にリリースされたメジャーデビュー曲“FLY HIGH!!”が『ハイキュー!!』のオープニングテーマとなって以降、数々のアニメの曲を手掛けてきた彼らは、海外のリスナーからの支持も着々と集めるようになった。2022年、2023年にワールドツアーを開催。北米、中南米、ヨーロッパ、アジア、中東などでの大型イベントへの出演もたくさん経験している。
彼ら同様にアニメソングをきっかけとして海外での活動を加速しているアーティストは多い。日本語の曲がこんなにも海外で聴かれる状況は、過去にはなかった。大きな変化の当事者のひとりとして、BURNOUT SYNDROMESはどのようなことを感じてきたのだろうか? 広がっている可能性、見つめている未来についても語ってもらった。
インタビュー=田中大
──結成20周年を迎えましたが、中学時代から一緒に過ごしてきたということですね。アニメソングって流行るけど廃れないじゃないですか? それってすごいことだなと思います(石川)
石川大裕(B・Cho) はい。人生の3分の2ですね。
廣瀬拓哉(Dr・Cho) 多いなあ。
熊谷和海(G・Vo) 60%以上? 嫌だなあ(笑)。
石川 20年も続けたら、逆に感慨もないですね。13歳から横にいましたから。
熊谷 クラスメートくらいの感覚なんですよ。いつも近くにいるけど、毎日喋るわけでもないっていう。
──でも、20年続くクラスってないですよ。
熊谷 怖いなあ! 『漂流教室』でしょ!
──結論が早くも出ましたね。
熊谷 BURNOUT SYNDROMESは『漂流教室』です!
廣瀬 そういうことか。
石川 生き延びるしかなかっただけ(笑)。
──(笑)。バンドシーンで活動し続けるのが過酷なサバイバルなのは確かです。
熊谷 年間300組、500組とかがデビューして、5年続くのがその内の1組から10組っていうような話も聞くから、10年っていうのは我々からすると「一生懸命やってきたなあ」くらいですけど、本当にありがたいことなんだろうなと思います。
──しかも細々と続けた10年ではなくて、着々と活動の規模を広げてきたじゃないですか。
廣瀬 我々の意識としては、ずっと細々とやってきた感じなんですけど。
熊谷 我々はあんまり教室から出てないから、実感がないんですよね。
廣瀬 教室から脱出できず(笑)。
──(笑)。活動のエリアが広がったというのは、この10年くらいの日本の音楽シーン全体に関しても言えることだと思います。海外公演をする人たちが増えましたから。
熊谷 確かに変わりましたよね。やっぱりコロナ禍だと思います。あそこで世界中のアニメ需要が急に増えた実感があって。楽曲の再生回数として目に見えてわかったんですよ。『ハイキュー!!』の曲は、まさにそうでした。その頃から日本全体がアニメに力を入れていったというのもあって、それに付随する形でいろんな場所へと羽ばたいて行けた実感はあります。でも、バンドとしてやっていることは、その前と変わらなかったです。同じことをずっとやっているのに、急に評価のされ方が変わったんです。そもそも『ハイキュー!!』の“FLY HIGH!!”なんて、2016年のメジャーデビュー曲でしたから。「Spotifyで1億回再生行きました」とか言われたけど、我々としては時差があったというか。
石川 アニメソングって流行るけど廃れないじゃないですか? それってすごいことだなというのも思います。いまだに“残酷な天使のテーゼ”とか、カラオケで歌われますし。“FLY HIGH!!”が4年後にああなったのも、アニソンのすごさですよね。
──コロナ前から、こうなっていく気配はあった気がします。FLOWがコロナよりもかなり前にブラジルとかでライブをした時、「俺ら、海外のほうが人気あるかもしれない」って言っていましたから。
熊谷 FLOWは、そういうことの先駆けでしたね。FLOWは早い段階からそういうのが見えていたのかもしれないです。我々はインドネシアでFLOWとご一緒したことがあったんですけど、あの時の“GO!!!”の盛り上がり方は、やばかったです。
──日本語のロックバンドの曲がこんなに海外で聴かれるようになった状況は、過去にはなかったはずです。
熊谷 アニソンは特殊な気もしていて。海外に於いては別のジャンル、「アニメロック」として聴かれていて、「ロック」として捉えられてはいない気がします。そもそも日本のロックって独特だったりもするから、これがJ-ROCKということなのかもしれないです。「J-ROCKとはアニメだったんだ」ということなのかもしれないですね。
──日本のロックバンド、アーティストが海外進出を目指す動きは70年代頃からありましたけど、なかなか成し得なかったことが急に実現されているのを感じます。
熊谷 海外に行くとX JAPAN、L'Arc-en-Cielとかもパイオニアだったんだと感じます。FLOWよりも先に可能性を探ってくれていたんだろうなと。我々と海外の企業さんを繋いでくれるエージェントさんが、そういうことを言うんですよ。X JAPANのマネージメント、GLAYのなんらかに携わったりとか、そういう人たちの現場を経験してきている人たちが多いので。あの世代のバンドとかがずっと種をまいて、ちょっとずつ耕してくれていたのが、今になって花開くようになったのかもしれないなと感じるようになりました。
──メジャーデビュー曲の“FLY HIGH!!”の時、アニソンを手掛けることに関してどのような想いがありました?アニメが好きな方々に、アニメへの愛情と共に自分たちの楽曲を聴いてもらえる。愛が広がっていくような感覚が僕の中にあります(廣瀬)
熊谷 「このアニソンのコンペで勝ったらデビューだぞ」という話だったんです。デビューしたかったので、アニソンだというのは、あんまり考えたことがなかったですね。我々はアニメ世代でもあるから、「アニソンって嬉しいな」というのもあったし。
──ミュージシャン側のアニソンの捉え方も、平成初期、昭和の頃とは大きく変化したと思います。昭和の頃から活躍しているアニソン界の先人のお話によると、「子どもが観るテレビまんがの歌」という捉え方で、格下に扱われる傾向が強かったそうですから。
熊谷 そういうお話、よく聞きますね。我々は、そういう感覚がなかったですけど。
石川 僕らはむしろアニソンで音楽を学びましたから。
廣瀬 アニソンは作品が好きな方々と一緒に作品を愛せるというか、すごく広がっていけるんですよね。我々のお客さんだけでなく、アニメが好きな方々に、アニメへの愛情と共に自分たちの楽曲を聴いてもらえる。愛が広がっていくような感覚が僕の中にあります。
石川 FLOWのTAKEさんが「『NARUTO -ナルト-』は作品としては終了してしまうけど、アニメソングとライブだけはずっと続く。アニメの熱量をライブとかでよみがえらせることができる。それが我々の使命」というようなことを言っていて。その感覚は、僕もなんとなくわかりますね。
熊谷 アニソンに関しては、90秒という統一規格も素晴らしいと思っています。2分使って1コーラスの曲ももちろんいいし、30秒で一気に掴むのもいいんですけど、90秒の縛りはボクシングの階級制みたいな感じなのかなと。縛りがあることによって、良し悪しがわかりやすい、比べやすいように思うんです。それはコンペのやりやすさにも繋がっているでしょうし。「90秒だったら、この構成のほうがいいよね」っていう明確な基準が生まれたことで発展したところもあるように感じています。
──みなさんにとって『ハイキュー!!』との出会いは、やはり大きかったですよね?
熊谷 はい。あの作品を通じて我々のことを知ってくれた人も多かったですし、道を切り拓いてくれました。
──アニメの曲を手掛けることによって、バンドとしてやりたいことが変化してしまう感覚はありました?
熊谷 なかったです。ずっと自由にやらせてもらっていますので。入れなきゃいけないキーワードとかもあまりなくて、指定自体ももらったことはなくて、NGも出たことはなくて。好きなことをやっています。
石川 今はTikTokで広がることもありますけど、あれは15秒とかじゃないですか? それはメロディの勝負じゃなくてリズムだと思ってて。語りみたいなフックが大事やから。でも、熊谷くんの作る曲はメロディがいいから、それを出しつつ多くの人に聴いてもらえる形になっているのがアニソンというフォーマットなんでしょうね。
熊谷 このフォーマットに向いていたというか、それに合わせてデビューしていったから、得意分野になっていったのかもしれない。TikTokで競うのは違う階級でしょうし、やっぱりボクシングみたいな階級がバンドにもあるんだと思います。
──デビューしてから、ソングライティングに関する変化はあったと思います?
熊谷 あったと思います。アニメの曲じゃなくても自然と1コーラスが90秒になりました(笑)。そういう尺、間合いって染みつくんですよ。
廣瀬 アニソンは元気の良さを求めていただくことが多い気がしていて。確か“FLY HIGH!!”の1番のサビ前の駆け上がりフレーズはもともとなかったんですけど、アニメの制作会社の方が「ここは駆け上がってほしいんです」というようなことをおっしゃって。そういうご要望を聞いて、はっとさせられることも度々あります。
熊谷 サウンドの要望をいただくのは稀なんですけど、言われる時って、「なんかわからないですけど激しく」というような抽象的な形なんです。音楽の専門の人だったら「ここのフィルを」みたいな具体的な話になりますけど、音楽の専門家ではない人の感覚的な意見ってすごく大事だと思っています。専門用語を介さないフラットな意見をもらえる機会ってあんまりないですし、音楽畑以外のクリエイターの意見も反映できている気がします。クリエイターとしての素直な意見ですから、それってとてもクリエイティブなことだと思います。
廣瀬 “FLY HIGH!!”の頭にドーン!というキックドラムの音が入っていて、あれは僕の引き出しから出したものだったんですけど、プロデューサーのいしわたり淳治さんが「これは浮遊感がある。アニメに合ってるからいいね」って言ったことを思い出しました。そういうご意見もいただいてアニメソングってできていくんですよね。
──BURNOUT SYNDROMESの曲のどのようなところが海外の人に受け入れられていると感じていますか? “花一匁”や“BLIZZARD”みたいな、和的情緒のあるテイストも新鮮なのかなと想像しているんですけど。「日本の音楽でもこんなにいい歌詞があるんだよ」と伝えるのは、せっかく海外に行くんだから、我々に課されたミッションだと思います(熊谷)
熊谷 どうなんでしょうね? 我々のアルバム曲で、めちゃくちゃ海外で受ける曲があるんです。『孔雀』に収録されていた“若草山スターマイン”は日本のお祭りの曲で、太鼓や花火の音が入っているんですけど、海外の人の受け止めているノリはメタルみたいです。めちゃめちゃヘッドバンギングをしてノってますので(笑)。
石川 海外の人は日本のお祭りの曲に触れる機会がないでしょうからね。僕らもスペインのトマト祭りの曲とかわからないですし。でも、そういうことがわからなくても「なんかいい」ってなるんやろうな。
熊谷 日本人が歌ってるという時点で、なんか和なもの感じてくれてるのかな?
──初めての海外公演は、いつでした?
石川 2017年のフランス(『SUGOI FESTIVAL』)です。
──どんな反応でした?
廣瀬 日本とはノリが違いましたね。
石川 たとえば“ヒカリアレ”は、いつもだったら1回目の《光あれ》を熊谷くんが歌い上げるんですけど、お客さんの声のほうが大きかったのは、あの時が初めてでした。「あっ! これは歌いたいんだ?」って思いました。
──2022年のアルゼンチンの『Anime-Con Argentina』のライブ映像を観たんですけど、爆発的な盛り上がりでしたよね。
熊谷 アルゼンチンはイベントで2デイズだったんですけど、90分だったんです。我々には90分のライブをできるだけのアニソンはないので、自然とアニソン以外の曲もやらなきゃいけなくなって。でも、アニソンではない曲のほうが盛り上がる瞬間もあったりして、自信になりました。
──「好きなアニメの曲だから好き」ということではなく、「このバンドの音楽、好き」という伝わり方ができたということですね。
熊谷 そうなんだと思います。「日本語のオリジナル曲でちゃんと伝わるんだ?」というのは実感としてありました。他のアーティストも多分、海外に行くとその問題にぶつかるんですけど、「意外とアニメソングじゃない自分たちの曲でも行けるんだ?」って感じるんだと思います。そういうのを積み重ねていくと、アニソンとか関係なく海外に行けるようになるのかなあという予感はしますね。
──海外展開に関しては、「英語で歌わないと本格的に勝負できないんじゃないか?」という話がよく出ますよね。この点に関してはどう思いますか?
熊谷 いまだにあれは「どうなんだろうな?」っていう感じがします。たとえばBTSの“Dynamite”も英語でしたし、日本語の曲が海外でヒットするというのは、正直なところまだ想像がつかないです。PSYの“江南スタイル”くらい強烈な曲だったら母国語の歌詞でも海外でヒットするというのはわかるけど、あれは「面白さ」という要素も大きかったように思います。やはり、本当にアメリカとかでヒットさせたいんだったら、英語で歌わないといけないんでしょうね。『デーモン・ハンターズ』の曲も英語じゃないですか。
──韓国のガールズグループが主役のNetflixのアニメ『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の曲、ビルボードチャートで1位でしたよね。
熊谷 やっぱり英語以外でランクインするのって難しいんだと思います。でも、英語に関してネイティブに勝てるわけがないから、そこは課題ですね。アニソンの枠から出る必要はないと感じているんだったら、日本語でいいかなと思います。
──みなさんとしては、アニソンの枠から出る気持ちはあるんですか?
熊谷 私は別にない(笑)。私自身は野望、一切ないんですよ。
廣瀬 時々“FLY HIGH!!”とかを海外公演をする国の言葉で歌うことはあるんですけど、それはファンのみなさんへのサービスなので。そういえば、この前アメリカに行った時のミーティングで、「テロップを表示する時に英訳した歌詞がいいのか、ローマ字表記で日本語で歌えるようにしたほうがいいのか?」という話をした時、ほとんどの人がローマ字派だったんです。つまり歌詞の意味をアニメソングに求めているというより、一緒に歌いたいという気持ちのほうが強いんですよね。
石川 でも、僕らは歌詞の意味と内容を知ってほしいんです。
熊谷 我々は英訳をテロップにしてほしい。我々は歌詞に自信があるから。そこは意見の相違があるんです。でも、「日本語で歌いたい」という人は、アニソンの界隈の人たちだけなんです。そういう小さい枠組みの中で「英語で歌うつもりはないけど、意味は知ってほしい」という我々のようなアーティストもいれば、「英語で歌いたいんだ」というアーティストも当然いるだろうし。そういうのはアーティスト毎に異なるんでしょうね。
──歌詞の意味を伝えるために、どういうことをしているんですか?
熊谷 ステージの後ろの大きなディスプレイにMV的に映像を流しながら歌詞を表示するとかですね。英語圏は字幕文化がないので、文字を見ながら映像を観てバンドの演奏も観るって、難しいみたいです。でも、それはそれで押しつけ続けてもいいように感じています。私自身も洋楽の歌詞を見て、「歌詞、いいなあ」って思いますし、海外の人も歌詞の意味は重要視しているはずなので。「日本の音楽でもこんなにいい歌詞があるんだよ」と伝えるのは、せっかく海外に行くんだから、我々に課されたミッションとしてもいいのかなと思います。
──バンドとしての強い意志を持ちながら海外での展開を模索しているお話を聞いて思い出したんですけど……熊谷さんは学生時代に「海外の人名はその国の言葉で書くべきなのでは?」と言って、世界史のテストでその方針を貫いたんですよね?貫いて実験して、駄目でもいいんです。それを後の誰かが活かせばいいという考え方です。シンプルにわくわくします。「海外ってフロンティアだな」って感じるので(熊谷)
熊谷 はい(笑)。彼(石川)、その話をよくするんですよ。
石川 何度話してもいいくらい変な話だから(笑)。
熊谷 でも、それはこだわってるわけじゃないんです。
石川 それは僕もわかります。
熊谷 喧嘩を売りたいんです。
石川 そうなんです(笑)。
熊谷 反抗したいんです。
石川 正論で殴りたいっていう。
熊谷 そう!(笑)。音楽やるうえでも、それはあるんでしょうね。
──デビューした頃と比べても、その気持ちは衰えていないですか?
熊谷 はい。でも、「俺たちのほうがすごい」というようなことは、他のアーティストに対してまったく思ってなくて。せっかくやるんだったら我々にしかできないことをやらないと、実験台としての意味がないということなんです。様々なアーティストが海外に行くようになっている中、我々も実験台のひとつなんですよ。「どのやり方が有効なのか?」っていうのをレコード会社の人たちは見ているんです。我々としてはデータを差し上げるだけというか。そういう感覚があります。失敗したとしても参考になるデータは得られるので、それによってこのあとの音楽業界に貢献したいです。
廣瀬 きっと発展するものってそうなんですよ。我々は韓国ドラマが好きで、3人で韓国語で喋ってたら、韓国のフェスの関係者に「なんで韓国語で喋ってるんですか?」と訊かれて、理由を話したら「ありがとうございます! 韓国のドラマが好きでいてくれて」と言われたことがあって。つまり韓国のドラマを国策、自分たちのものとして認識しているから、感謝の言葉が出てきたんだと思います。日本のアニメもそうなっていけばいいですよね。我々が実験台になる意味も、そこにあるんだと思います。
熊谷 「全員でチームです」と私は思っています。
──海外でどのように展開していけるか模索している人、全員がチーム?
熊谷 はい。私はもともと科学者になりたかったんです。科学者って、昔から「生贄だ」って言われているんですよ。ノーベル賞を獲るような科学者は、世界中の何万人にひとり。その他は、ひとつの数式とかが正しいかどうか証明するために一生を費やすんです。光が当たるひとりの下には、ものすごい数の生贄がいるという話が私は好きで。だから私もそうでありたい。貫いて実験して、駄目でもいいんです。それを後の誰かが活かせばいいという考え方です。このスピリットでやってきたから、これだけの期間にわたってやってこられたのかなというのも思います。こういう存在を欲している人は、どこかしらにはいるんですよね。我々には変なこだわりはないから、「やりますよ」って言う。どっちかというと喧嘩をしたいだけ(笑)。「全然やりますよ。喧嘩売ってきますよ」という守りに入らないスタイルだから。そういう意味でも海外でやるのは、やったことがないことの連続なので、合っているんでしょうね。シンプルにわくわくします。「海外ってフロンティアだな」って感じるので。
──今年の6月にリリースした20周年記念の“月光蝶”も、フロンティアを目指す気持ちを感じる曲だったと思います。
熊谷 この曲も喧嘩売ってますね。Enfantsの松本(大)くんに言われました。「おまえ、20周年の曲で、それはおかしいだろ」って(笑)。でも、それでいいんです。
──石川さんのライブでのヘッドセットマイクを着用するスタイルも、ロックバンドの定型にこだわらない尖った姿勢の表れのように感じたことがあるんですけど。
石川 あれ、なんなんでしょうね? あれで許されてるの、やばいですよ。
熊谷 あれも喧嘩ですよね。あれを始めた頃はライブハウスの人たちとかに「それはロックじゃないからやめろ」って言われたんですけど、「いや。むしろ……」と(笑)。
──(笑)。ライブに関しては、来年3月の日本でのツアーが決まっていますね。
熊谷 久しぶりのツアーなんです。海外ではやれなかったアーティスティックなことをやれるので、楽しみにしています。
──年内は、12月27日に「COUNTDOWN JAPAN」、28日は「FM802 RADIO CRAZY」への出演がありますが、これに関しては?
廣瀬 日本でのフェスも久しぶりです。
熊谷 日本でのフェスのノリを忘れているところがあるんですよ。「歌ってもらえるんだっけ?」みたいな。
廣瀬 すごく楽しみにしています。海外でライブをやる機会が増えている中で、すごく成長しているので。音楽面はもちろん、人間としても成長できてきているこの数年間なんです。それを久しぶりに国内のみなさんに示せるのを我々も楽しみにしているので、ぜひフェスとかで観ていただきたいですね。
●ライブ情報
BURNOUT SYNDROMES 20th Anniversary TOUR 2026
3月7日(土) 東京・Zepp Shinjuku(TOKYO)提供:ソニー・ミュージックレーベルズ/Handmade Music
3月13日(金) 愛知・THE BOTTOM LINE
3月15日(日) 福岡・DRUM Be-1
3月21日(土) 宮城・Rensa
3月28日(土) 大阪・BIGCAT
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部