暗闇の中ぽっかりとステージがだけが浮かび上がるような演出。光と影の対照とグラデーションを巧みに使った、シンプルだがセンスのいいライティング・アート。会場の東京国際フォーラムは地響きするような重低音の威圧感こそもうひとつだったが、分離のいいクリアで硬質な電子音と対照的にゆったりと広がるエフェクト、優しく柔らかいが芯のある声がゆらゆらと揺らめくように空間を彩り、身体の奥に共鳴しながら深く響き渡って、ほとんど桃源郷のよう。強い音圧を感じながらも決して暴力的ではなく緻密で温かい音響は、やはり音が拡散する野外では求められない、屋内のホールならではの体験だった。和声を重視したミニマルなアレンジと不規則なリズム、最小限の音の出し入れで彩り豊かな色彩を出すバンドの演奏も素晴らしかったが、なんといってもジェイムスのヴォーカルの長足の進歩に腰を抜かした。静寂の中から立ち上がってくるソウルフルでゴスペル的な歌唱は、決して不安や孤独や恐怖ではなく、生きるエネルギーや喜びや生命の躍動を強く感じさせ、何度も聴いたはずの初期楽曲において一層深みを増していた。最新の電子音響と生身の人間の魂と声が立体的に交差し、機械と肉体が、過去と未来が緩やかに手を携え、美しく優雅で幻想的な光景を現出していたのである。
本人は途中、客席の湧き方が足りないことに戸惑いがありそうだったが、それは集中して針の音が落ちる音をも聴き逃すまいとする生真面目で誠実な日本の観客の美点である。椅子席に慣れない若い観客が、最後に我慢しきれず立ち上がって盛大なスタンディング・オベーションを送る。僕も立ち上がって精一杯拍手を送った。最高のライブだった。(小野島大)