サザンオールスターズが問い続けるポップミュージックの真価──「THANK YOU SO MUCH!!」ツアーファイナル、大熱狂の東京ドーム公演レポート!

All photo by 西槇太一

「デビュー50周年という大きな目標もあるにはあるんでございますけれども、これからは皆さん次第でございます! これからも皆さんに楽しんでもらえるように、サザンオールスターズ頑張りますので、よろしくお願いします!!」という、ライブ終盤に放たれた桑田佳祐(Vo・G)の言葉は不思議なほど軽やかに清々しく響き、それゆえに触れる者のハートを弾ませてやまなかった。その手応えはまるで、『THANK YOU SO MUCH』というアルバムを初めて聴いたときの感触と同じだった。恐ろしく雄弁で濃密なのに、魔法のように軽やかに響いてくる最新のサザン楽曲たち。つまりこのライブツアーもそうだったのだ。ベテランバンドと無数のファンたちの交差点には言葉にし尽くせないほどたくさんの思いが渦巻いているけれど、だからこそ交わされる言葉は、音楽は、率直な対話をもたらすものでなければならなかった。『THANK YOU SO MUCH』というアルバムとライブツアーのタイトルが、まさしくそうだったように、だ。

6年ぶりの全国ツアー「サザンオールスターズ LIVE TOUR 2025『THANK YOU SO MUCH!!』」は、1月11日・12日の石川県産業展示館4号館を皮切りに、5大ドームを含めた全国13会場26公演で開催。北は札幌から南は沖縄まで、真に文字通りの全国ツアーとなったが、もちろん全公演のチケットはソールドアウト。開催期間中の3月19日に晴れて10年ぶりのオリジナルアルバム『THANK YOU SO MUCH』をリリースし、そして迎えた5月28日・29日は東京ドームでのファイナル2デイズ。本稿でレポートする29日公演については全国589のスクリーンでライブビューイングも行われ、会場の5万人+劇場の15万人が見届けるという規模感のステージになった。

期待感と興奮が場内にたっぷり立ち込め、いよいよ開演時間。賑やかな登場SEを用いることもなく、ただ盛大な歓声だけを浴びるようにしながら、サザンオールスターズが姿を見せる。野沢秀行(Percussion)、関口和之(B)、原 由子(Key・Vo)、松田 弘(Dr)、そして桑田佳祐は最初からギターを携えての登場だ。ゆったりと優しく、次第に力強く沸き上がるソウルフルなオープニング曲は、『NUDE MAN』(1982)収録のアルバム曲“逢いたさ見たさ 病める My Mind”。サザンとファンとの待ち焦がれた邂逅に思いを重ねるような選曲が素晴らしいのだけれども、今回のツアーでの披露は実に1991年以来。お笑いコンビ・霜降り明星のせいやがネタでモノマネを披露し、相方の粗品が「似てるけどこの曲知らん!」とツッコむくらいにはレアな楽曲なのである。しかし、曲と演奏のクオリティ(ゴスペル風コーラスで膨らんでゆくさまも素晴らしい)でねじ伏せてゆくような説得力と凄味が感じられていた。サザンの歴史の奥行きをまざまざと見せつけられるオープニングなのである。


続く“ジャンヌ・ダルクによろしく”では一転してソリッドかつキャッチーなロックサウンドが立ち上がり、背景スクリーンにはネオンサイン風のバンドロゴが浮かび上がってテープキャノンが放たれる。我々の知っている現在進行形のサザンが、《熱いステージが始まるよ》というフレーズで呼びかけてくれるのだった。いとも容易く盛り上がってしまうわけだが、前述の衝撃的なオープニング曲で「このライブは一体どうなってしまうんだろう」とドキドキハラハラさせられたこともあり、“ジャンヌ・ダルク〜”の場面では少しホッとするような心持ちがした。この時点でもう既に、サザンの掌の上でいいように転がされているのである。


「こんばんはー! 東京ドームに帰ってきました。嬉しいような、寂しいような、悲しいような気持ちですけれども、千秋楽です。延長したい。明日から仕事がないんですよ」。桑田はそんなふうに笑いめかして挨拶しながら、カメラ越しに各地ライブビューイング会場にも声をかける。ステージ上のサポートメンバ―は、片山敦夫(Key)、斎藤誠(G)、山本拓夫(Sax)、吉田治(Sax)、菅坡雅彦(Tp)、TIGER(Cho)という盤石の顔ぶれだ。このあとにも“せつない胸に風が吹いてた”を経て斎藤のギターソロが語りかけてくるような“愛する女性(ひと)とのすれ違い”など、往年のアルバム曲を立て続けに披露し、サザン作品の多彩な引き出しがばんばん開け放たれてゆく。ステージ上のメンバーが1曲1曲を楽しみ尽くすように、時折アイコンタクトも交わしながらプレイする姿がとてもいい。必要以上にオーディエンスを煽り立てたりするわけでもない。ただ楽しそうに演奏する姿そのものが、極上のエンターテインメントなのである。

原のキラキラした鍵盤フレーズに導かれる美曲“海”から、毛ガニこと野沢が八面六臂の活躍を見せる“ラチエン通りのシスター”。ダンサー陣(エバトダンシングチーム)の活躍も手伝ってドーム内にカチャーシーが広がる“神の島遥か国”といった楽曲群もツアーでの披露は久しぶりだが、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA出演時にセットリストに組み込まれていたのは記憶に新しい(『THANK YOU SO MUCH』完全生産限定盤に映像収録)。迎え火か送り火か、ステージ上に幾つものトーチが灯される“愛の言霊(ことだま)〜Spiritual Message〜”では、濃厚な和洋折衷グルーヴの中から吉田による幽玄のダブ・トランペットもなびいてくる。命の儚さを知っていればこそ、我々は命を燃え上がらせる熱狂の祭宴へと飛び込まずにはいられない。序盤8曲のうちシングル表題曲は2曲という攻めたセットリストであるにもかかわらず、素晴らしい充実感をもたらすライブが繰り広げられている。


アルバム『THANK YOU SO MUCH』が見事オリコン週間ランキング1位を記録したことに触れる桑田と、温かい喝采を浴びせるオーディエンス。ここで披露されるのは、今年1月1日にデジタルリリース&MV公開された“桜、ひらり”だ。能登半島地震から1年を経て、MVの通り石川公演からスタートしたライブツアーの意味を再確認する一幕である。傷ついた故郷。大切な人との離別。人々のそんな抜き差しならない現実と共に、サザンの音楽はある。最新アルバム収録曲の披露が続き、まさに困難な日々にも我々に力をもたらしてくれるポップミュージックの讃歌“神様からの贈り物”では、スクリーン上に尾崎紀世彦や坂本九、伊東ゆかり、奥村チヨ、永六輔といった、日本ポップミュージック史上の偉人たちのレガシーが映し出される。一方で、深刻な人の世に警鐘を鳴らす“史上最恐のモンスター”のシリアスなメッセージも、ポップミュージックが担うべき重要な役割のひとつと言えるだろう。ドームの天井に幻惑的な模様を描く照明演出も手伝って、思考の深みへとダイブしながら余韻を引きずるパフォーマンスになった。


スタンドマイクで歌の世界に没入する“暮れゆく街のふたり”は、桑田佳祐による飽くなき歌謡研究の成果と呼ぶべき傑作。そして車のエンジンスタート音が導くのは、爽やかな疾走感と共に国道134号線を下る情景を伝える原坊シングス“風のタイムマシンにのって”だ。口笛の旋律を寄り添わせていた桑田は、演奏をフィニッシュすると誇らしげに「原由子ちゃんでちゅ!!」とコールするのだが、石川公演を終えた直後にはふたりが揃って体調を崩してしまった、というツアーの苦労話も飛び出していた。

サザンメンバーひとりずつの挨拶を経て、「関口と出会った頃の曲」と紹介されたのは、デビューアルバム収録曲でもある甘美なMPBテイストの“別れ話は最後に”だ。山本のフルートが優しい音色を添える。「来月で(デビュー)47年。THE ALFEEより歳下です。まだ上がいるうちは辞められません!」という桑田の宣言がオーディエンスの嬌声を誘い、「石破総理より歳上です」という言葉に続いて届けられたのが“ニッポンのヒール”。ボブ・ディランとスライ・ストーンが肩を組んで追いかけてくるようなサウンドを撒き散らしながら、あらためてのメンバー紹介を交えたセッションへと突入する。


そして、デビュー前からのレパートリーでありながら『THANK YOU SO MUCH』で遂に音源化された“悲しみはブギの彼方に”の凄まじいかっこよさはどうだろう。桑田はボトルネック・スライドのブルージーなギタープレイを持ち込み、一方で曲調はトロピカルなニュアンスも含むという、サザンならではの独創的なミクスチャー感覚が見事花開いている。さらには、コミカルなアニメーション仕立ての映像演出と共に泣き笑いのストーリーを伝える“ミツコとカンジ”、オーディエンスが装着したリストバンド型「THANK YOU SO MUCHライト」が一斉に煌めいてドーム内に銀河を作り上げるような“夢の宇宙旅行”、人民服のような衣装を纏ったダンサーたちが前衛的なダンスを披露しつつ切迫した心模様を描く“ごめんね母さん”と、続けざまに披露される新作曲たちが多彩なムードでライブの時間を満たしてくれる。ドレスアップしたダンサーたち、スクリーンに映る極彩色のネオンサイン、そして飛び交うレーザー演出と、これでもかという華やかさで届けられたディスコタイム“恋のブギウギナイト”は、恋心とエロスを糧に何度でも若々しいバイタリティを迸らせるサザンの真骨頂だ。

それにしても、つくづく不思議なライブである。70年代、80年代、90年代、2000年代、2010年代、そして今日の2020年代と、実に6つものディケイドにわたって国民的ヒットシングルを世に放ち続けてきたサザンが、それらをほとんど披露していない。歴代の優れたアルバム曲の数々が、ディスコグラフィの豊かさを物語るのはわかる。それはまだいい。不思議なのは、それでも日本が誇る国民的バンドの華々しく懐の深いドームライブとして成立してしまっているという点だ。つまり、『THANK YOU SO MUCH』という最新アルバムの収録曲たちは、幾多のヒットシングル並みのポップな求心力と充実感をもたらしているのである。『THANK YOU SO MUCH』が極めて風通しのよい、キャッチーなアルバムであることは多くのリスナーが認めるところだろうが、新作ツアーがこれほど画期的でチャレンジングな内容になることを、一体誰が予想していただろう。そしてサザンは十分な勝算をもって、そのチャレンジを成功させたのである。恐ろしいバンドだ。


「今日は新曲をたくさん聴いてくれて、ありがとうございます! この辺で、いつも皆さんに可愛がってもらっている曲、やっていいですか」。桑田がそう告げてからの本編終盤は、早くもウィニングランのような様相を示していた。“LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜”の華麗なるグッドメロディから、モンスターに扮したダンサーたちと踊りまくる“マチルダBABY”。イントロの鍵盤フレーズが大歓声を誘う “ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)”では、ドーム一面で拳が振り翳される。そして狂騒のまま飛び込む“マンピーのG★SPOT”。金色の大砲と左右に丸いタンクがのせられた被り物を桑田が装着。月に代わってお仕置きしそうな風貌のセクシーヒロインたちと大暴れするのだった。

メンバーがツアーTシャツに着替えて始まったアンコールでは、丁寧に思いを込めて熱唱を届ける“Relay〜杜の詩”が。「茅ヶ崎ライブ2023」の開催直前にはデジタルリリースされていた曲だが、そのときのステージでは演奏されておらず(エンディングに音源が流された)、今回のツアーが晴れてライブ初披露となった。対話を促すメッセージに続いての“東京VICTORY”は、この日いちばんの盛大なチャントを巻き起こして熱い思いを共有する。そしてこのテキストの文頭で紹介した桑田のMCのあと、“希望の轍”から“勝手にシンドバッド”という無敵のリレーでライブは大団円へと向かった。大勢のサンバダンサーたちに交じって、プロレスラーや一升瓶を携えた角刈り親父、さらには東京ドームということで読売ジャイアンツのマスコットであるジャビットくんとシスタージャビット(ビッキー)も登場してステージを賑わせる。終演を惜しむように♪ラララ…の合唱フレーズを反復し、ドーム全体の10回ジャンプでフィニッシュした刹那、桑田は「サザンオールスタァァァァーズ!!」と堂々誇るように叫ぶのだった。(小池宏和)



●セットリスト
サザンオールスターズ LIVE TOUR 2025「THANK YOU SO MUCH!!」
2025.5.29 東京ドーム

01. 逢いたさ見たさ 病める My Mind
02. ジャンヌ・ダルクによろしく
03. せつない胸に風が吹いてた
04. 愛する女性(ひと)とのすれ違い
05. 海
06. ラチエン通りのシスター
07. 神の島遥か国
08. 愛の言霊(ことだま) ~Spiritual Message~
09. 桜、ひらり
10. 神様からの贈り物
11. 史上最恐のモンスター
12. 暮れゆく街のふたり
13. 風のタイムマシンにのって
14. 別れ話は最後に
15. ニッポンのヒール
16. 悲しみはブギの彼方に
17. ミツコとカンジ
18. 夢の宇宙旅行
19. ごめんね母さん
20. 恋のブギウギナイト
21. LOVE AFFAIR~秘密のデート~
22. マチルダBABY
23. ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)
24. マンピーのG★SPOT

Encore
25. Relay~杜の詩
26. 東京VICTORY
27. 希望の轍
28. 勝手にシンドバッド