ミュートマス @ SHIBUYA AX

ライヴを観終わった後に精根尽き果て、完全燃焼の末の放心状態でフラフラと公園通りを下っていると、今度は徐々に身体に新たなパワーが漲ってくるのを感じる。ミュートマスのライヴを観た後のいつだってそんな、自身の「からっぽ感」と「満ちていく感」が交互に押し寄せる猛烈な快感に支配されるわけだけど、昨夜のライヴもまさにそういうものだった。

サマーソニックでのステージからわずか3カ月のインターバルでの再来日となったが、その間には新作『オッド・ソウル』のリリースがあったので、サマソニとこの日の渋谷AXのステージの意味合いは全く違うものになっていたと言っていい。サマソニがリリース前の『オッド・ソウル』のナンバーの試運転の場だったのに対し、今回の来日公演はオーディエンス自身が『オッド・ソウル』をがっつり自分達のモノとした上で彼らとガチンコで向き合う勝負の場となったからだ。破格のライヴ・バンドとして名高いミュートマスだが、昨夜のショウはそんな彼らのパフォーマンスを100%受け止めて完全燃焼できるオーディエンスが集結した理想の空間となっていた。

このご時世に渋谷AXを満員にできるロック・バンドは本当に貴重だと思うが、オープニングはそんな満員の渋谷AXのフロアの後方、なんと下手の入り口からバンドが登場する。タンバリンのポール、バスドラを肩に担いだロイ、スネアのダレンとそれぞれが思い思いの楽器をブチ叩きながらオーディエンスの間をもみくちゃにされながらステージに向かうという、これが昂らないでおれようか!という憎い演出である。

1曲目は新作『オッド・ソウル』からのナンバーで“Prytania”。フリーキーで多展開な変態プログレの一撃で、のっけからミュートマスの異常なまでのプレイヤヴィリティが全開で発揮される。続く“Blood Pressure”は一転してブルース・ロックンロール。直前まで前後左右に激しく伸縮していたリズムが、一気に滑らかな楕円のビッグ・グルーヴへと転じていく。そして早くも投下される“Spotlight”!オーディエンスの恒例の16ビート手拍子も完璧に決まる!凄い!やはり今日のファンはツワモノ揃いのようだ。

新曲“Allies”以降の中盤は、ねっとりファンク、ド派手なエレクトロ・ポップ、そしてもちろんロックンロールと、さらに楽曲ごとのサウンドのバラエティが広範囲に拡大していくカオティックな展開になっていく。しかしミュートマスのライヴの凄さはいくらカオスになってもポップさを失わないことで、次から次へとカオスの種類がきちっ、きちっと一旦角を揃えてから(?)移り変わっていく様は、場面展開の妙の映画を観ているかのようでもある。彼らが異様に上手いバンドだからそう聞こえるのかもしれないが、カオスはカオスでもミュートマスのそれは彼ら自身が手綱をしっかり握りしめたカオスなのである。

「次は僕たちのファーストEPからの曲を演るよ」とポールが言って始まったのは“Reset”。この曲を初めて聴いた時は型破り過ぎる新人の登場に唖然としたものだが、こんな延々と続くインストを、主役は超凄腕なドラムスで、ギターはブレイクビーツみたいな音粒を弾き出していているような奇妙で歪なナンバーを、当然のような顔で楽しげにプレイしてみせる彼らの姿に、当時感じたそんな衝撃を改めて思い出してしまった。ライヴも未だ中盤にして、早くもドラム・セットがぶっ壊れ始めるのを「これが僕らの儀式だよ」と笑って説明するポール。ダレンは壊れたバスドラ・ペダルをファンにプレゼントする。

ここまでは変態すれすれな超ハイレベル&超多展開のミュートマスの技量審査的ナンバーが続いてきたが、“Walking Paranoia”以降はじっくりと空間を設計していくタイプのゆるやかなドラマツルギーのナンバーが主体となっていく。“Goodbye”のスマッシング・パンプキンズを彷彿させるメランコリィや“In No Time”~“Control”のスケール感は圧巻で、前半戦とは異なる脳の部位が刺激されていくのを感じる。

そして“Chaos”以降のアンコールは再びのカオス!怒涛のロックンロール・ショウの最終コーナーに相応しい肉弾戦と化していく。曲間を埋める怒号のごとき歓声が彼らのウィニング・ランをさらに加速させていく。終演後、ステージ上にはもちろん、バラバラに解体されたドラムセットの残骸が燃えカスのように散らばっている。これぞミュートマス。完全燃焼して一旦からっぽになった彼らと私達の肉体を象徴するかのような幕切れだった。(粉川しの)