「既成の秩序や常識を破壊する光」の意をその名に宿したDADARAY。REIS(Vo・Key)、えつこ(Key)、そしてゲスの極み乙女。のベースも務める休日課長(B)の3人で構成され、川谷絵音が楽曲の作詞・作曲を手がける同バンドは、今年1月に始動を宣告したばかりであるにもかかわらず、4月から3ヶ月連続でミニアルバム(『DADAISM』、『DADAMAN』、『DADAX』)をリリースするといういきなりの大業を成し遂げている。なぜそんなにも猛烈なスタートダッシュを決め込むのかと疑問に思っていたが、この三部作を聴き、彼女たちには世に放たなければならないメロディ、歌声、そして美学が有り余るほど秘められているのだと気づかされた。
DADARAYはその名の通り、ある種「常識から逸脱した」恋愛観について歌うバンドである。川谷が描く主人公は、そのほとんどが恋人に裏切られ、捨てられ、他の女に奪われ、愛想を尽くしたいのに尽くせず苦悶している、恋愛の神様に踏んだり蹴ったりされている女性だ。
しかし、悲劇を単なる悲劇のままで終わらせたりしないのが川谷のソングライティングである。彼が操る哀れな女性たちは、むしろそんな不遇を酒の肴にしてしまうくらいの強かさを匂わせている。1stミニアルバム『DADAISM』収録“美しい仕打ち”では、《酷い仕打ちをしてきたくせにあなたは/まだ自分を守ろうとするの》と憤りつつ、《嫌いになるの今はやめとくからって/本当よ/ねえ今だけなんだから》と歌い、今月28日にリリースされる3rdミニアルバム『DADAX』収録“場末”では《短い恋路の邪魔をした/シラフ面したあの子も/会いましょう/フラれたら会いましょう/みんな一緒に/捨てられたことに必要以上の乾杯》ととんでもない懐の深さを見せている。このカタストロフィへの反骨精神というか、悲哀を食らって血肉に変え、新たな幸福を自身から生み出そうとする思想こそが川谷のソングライティングの妙だし、ひいてはDADARAYが奏でる音楽の屈強さだと思う。
そして、川谷が紡ぐ楽曲を肉体化させるメンバー3人の手腕も驚くべきものだ。
まずはREISのボーカル。はじめに断言しておこう、DADARAYといえばなんといってもREISの歌である。
彼女の歌声は蜘蛛の糸のように繊細で伸びやかで、かつ口ずさんだ言葉が薄紅色の花になってこぼれ落ちるようなフェミニニティを帯びている。さらに、あどけなさ、強がり、勝気、悲観、母性――と、あらゆるテーマをカメレオンのごとく表現でき、「女の子」、「女性」、「女」を歌い分けられる強みも持っている。
そんなREISの歌が、川谷のディープでえぐ味が利いた歌詞と出会ったらどうなるか? 楽曲は匿名性を失い、「どこかの誰かの悲しい恋の物語」ではなく、「明日にも自分に降りかかりそうな、他人事ではない実話」として現実性をもつようになる。DADARAYの音楽の肝はおそらくそこにある。個人的に、バンド始動の発表と同時に公開された“イキツクシ”のミュージックビデオを初めて観た時、REISの可憐な歌に悶えるような思いをしたのだが、それは彼女の歌唱と川谷の詞による相乗効果がもたらした、ただならぬリアリティによるものだったのだろう。彼女の歌がなければ、川谷が描く深遠な恋愛観が楽曲として生を受けることはきっとなかった。
また、もうひとりのボーカリストとしてえつこが選ばれたことにも大きな意味がある。REISのボーカルが桜ならばえつこのボーカルは向日葵、と個人的に言いたいのだが、繊細でフェミニンな声を持つ前者に対し、後者はややハスキーがかった声で綾戸智恵ばりのパワフルな響きを放ち、歌だけで他を圧倒しうるシンガーである。だからREISベースの曲におけるえつこのコーラスは女性の強さを楽曲にプラスするものとなっているし、ふたりが交互に歌う2ndミニアルバム『DADAMAN』収録“WOMAN WOMAN”は、女性ボーカルならではの愛らしさと逞しさの両方が味わえる実に聴きごたえのある作品に仕上がっている。印象的なフレーズを奏でるえつこのキーボードももちろん不可欠だが、REISとの見事な化学反応を見せる力強いボーカルもまた、このバンドの音楽を構成する重要なエッセンスだ。
そしてDADARAYの立ち上げ人である休日課長のベース。ゲスの極み乙女。では上ものに負けじとど太い音を這わせ絶大な存在感を放っているが、不思議なことにこのバンドではそんな彼のベースですらたおやかに聴こえる。丸みを帯びた細やかな低音は、ときに鍵盤の音色のような温かみを、ときに小鳥のさえずりのような軽やかさを織り成し、聴き手の心をくすぐってくる。ベースソロでも上品で柔らかな音を丁寧に紡ぎあげており、ふたりの女性メンバーが醸し出す色香にいかに寄り添いながら奏でるかというところに彼の心があるのがわかる。DADARAYの楽曲が流麗であるのは、優しい音色で女性ふたりをエスコートする、ジェントルマン的な課長のプレーがあってこそのことだろう。
決して幸せではない恋愛模様を歌うDADARAYの音楽は、一見すればただの悲劇としか捉えられないかもしれない。しかしよくよく聴くと、先に挙げたような感激ポイントが山とある。だからこそ言いたいのだ、DADARAYの音楽は最高の喜劇であると。まもなくリリースされる『DADAX』も、聴き終えたときに呼び起こされたのは哀情ではなく純粋な感動だったし(個人的に“9月に落ちるひとしずく”は名曲すぎてつい笑ってしまった)、彼女たちは悲しみをそのまま芸術に昇華させる力を持っている。こんな尊いことができるバンドの音楽を、今、聴き逃していいわけがないのだ。(笠原瑛里)