【徹底復習】アークティック・モンキーズ、新章へ。彼らの12年間が示す、彼らにしかできないこと

Photo by Zackery Michael

5月11日、アークティック・モンキーズのニュー・アルバム、『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』がいよいよリリースされる。前作『AM』(2013)から実に5年もの歳月を要した本作だが、何よりも驚きなのはサウンドそれ自体だ。

『トランクイリティ〜』は架空のホテルを舞台にシュールな物語が展開される超絶コンセプト・アルバムであり、彼らが『AM』で達したギター・ロックの、モダン・ロックの頂点から逸脱していく新境地の一枚だ。なにしろ本作のソングライティングはアレックス・ターナーがほぼひとりで行い、しかもそのほぼすべてをピアノで書いているのだ。


そんな『トランクイリティ〜』の驚異のサウンドについては、リリースを待って深堀りすることにしよう。5月11日まで新曲を一曲も公開しないという彼らの決断に、一切の先入観を持つことなく本作に没入してほしいという意図を感じるからだ。

とは言ってもどうしても気になる! という方は、ロッキング・オン最新号に掲載のインタビューをお読みいただければと思う。未だかつてないプロセスで未だかつてないサウンドに辿り着いたその道程を、アレックスが詳細に証言してくれている。

『トランクイリティ〜』のリリースまで約1週間。ここではアークティック・モンキーズのこれまでの歩みを改めて振り返ると共に、今回の『トランクイリティ〜』が彼ららしくない予想外の激変作ではなく、むしろアークティック・モンキーズだからこそ可能だった、彼ららしい新章であることを明らかにしていくことにしよう。


『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』(2006)


アークティック・モンキーズのデビュー・アルバム、『ホワットエヴァー・ピープル・セイ・アイ・アム、ザッツ・ホワット・アイム・ノット』がリリースされたのは今から12年前。2000年代初頭のガレージ・リバイバルの最中に10代の少年だった彼らはロックンロールと出会い、衝撃を受け、そしてそのまっさらな興奮を叩き付けるように鳴らしたのが本作だった。

当時の彼らがザ・ストロークスザ・リバティーンズから大きな影響を受けていたのは間違いないが、彼らが受け継いだのはガレージ・ロックのスタイルというよりも、ロックを初期化し、再びユース・カルチャーのど真ん中に設定し直した、ストロークスやリバティーンズのスピリットそのものだったと言っていい。

ちなみに『トランクイリティ〜』のオープニング・トラック“Star Treatment”は、「俺はストロークスの一員になりたかっただけなんだ(I just wanted to be one of The Strokes)」という一節で幕を開ける。

北イングランドに住まう少年の等身大を時にシニカルに、時にリリカルに綴ったアレックスの歌詞は、ザ・ジャム時代のポール・ウェラーザ・ストリーツのマイク・スキナーとも比較される、少年の言葉の奪還でもあった。

『ホワットエヴァー〜』がどこまでもオーセンティックなギター・ロック・アルバムでありながら、どこまでもフレッシュな同時代のサウンドたりえたのは、ロックンロールの再生産ではなく、ロックンロールと少年の物語がここから再び「始まった」からだ。100点満点のデビュー・アルバムという意味ではオアシスの『ディフィニトリー・メイビー』に匹敵する傑作でもあった。



『Favourite Worst Nightmare』(2007)


そう、『ホワットエヴァー〜』リリース時のアークティック・モンキーズは何よりもオアシスと比較される存在であり、UKロックの王道クラシックを引き受けるに相応しいバンドだと、当時は誰もが思っていた。しかし、『ホワットエヴァー』は『ディフィニトリー・メイビー』のような普遍的傑作であると同時に、彼らにとって通過点に過ぎなかったことが、翌年早くもリリースされた『フェイヴァリット・ワースト・ナイトメアー』によって明らかになった。

この時代、彼らは猛烈な勢いで様々なタイプのサウンドと新たに出会い、吸収し続けていた。そしてその膨大な発見の数々によって、自分たちの可能性を開拓していくことに初めて自覚的になった。結果、サーフ・ロックの弾丸リフで度肝を抜いた“Brianstorm”を筆頭に、メタル、スカ、ダンス・パンク、ファンクと、シンプルなガレージ・ロックの骨格に大胆に筋肉が肉付けされていったのがこの『フェイヴァリット〜』だ。

また、彼らは本作で初めてシミアン・モバイル・ディスコのジェイムズ・フォードをプロデューサーに迎え、以降彼とのコラボは新作『トランクイリティ〜』まで途切れることなく続いている。フォードはレディオヘッドにおけるナイジェル・ゴドリッチに近い役割を果たしているプロデューサーであり、アークティックのロックンロールが思春期の熱病を脱した先で、その質量の具体的かつ厳密な対象化が行われたのは、彼の功績によるところが大きい。


2000年代後半のアークティック・モンキーズ、つまり20代前半の彼らは、まるでスポンジのようにサウンドや知識を吸収し、それらを片っ端から消化し、アウトプットしていた時代で、アレックスの表現衝動はアークティックの活動に収まりきれず、マイルズ・ケインと共にザ・ラスト・シャドウ・パペッツを始動、2008年にはデビュー・アルバム『ジ・エイジ・オブ・ジ・アンダーステイトメント』をリリースした。

TLSPはアレックスがアークティックには適さないと判断したシネマティックでバロックなアート・ポップを志向したプロジェクトで、それはアレックスがひとり部屋に篭ってピアノで書き上げた『トランクイリティ〜』にも通じるものがある。

ちなみに彼は『トランクイリティ〜』について「アークティック・モンキーズ向けではないかもしれない」と思ったそうだが、そこで「アークティックでやろう、やりたい」と励ましてくれたのがジェイミー(G)だったという。そういう意味でも『トランクイリティ〜』はアレックス・ターナーという多才のチャンネルが統合された一作でもあるのだ。




『Humbug』(2009)


アークティック・モンキーズ本体の話に戻ろう。彼らは2009年にサード・アルバム『ハムバグ』をリリースしている。つまり、アレックスは2006年から2009年までTLSPを含むと毎年フル・アルバムを作り続けていたということになる。2000年代後半の彼らがいかにとんでもない成長期にあったかがお分かりいただけるはずだ。

そしてこの『ハムバグ』を語る上で欠かせないのがクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのジョシュ・オムの存在だ。フォードと共に本作のプロデュースを手掛けたオムは、俗にストーナー、デザート・ロックと称される粘り越しのグルーヴを本作で彼らに直伝したわけだが、それ以上に彼が果たした役割で大きかったことは、アークティックの4人を「外に連れ出した」ことだろう。

本作はバンドにとって初のアメリカ・レコーディング作であり、シェフィールド育ちの彼らにとってフォードと行ったNYレコーディングはともかくとして、オムに誘われて向かったモハーヴェ砂漠に至ってはほぼ別の惑星に降り立ったようなものだったはずだ。結果的に本作はアークティックを語る際に用いられてきたUKロックのスケールを打ち壊し、彼らを等身大の物語から解放するきっかけとなった。

アレックスは『トランクイリティ〜』のSF的コンセプトについて「自分の身近な現実・周辺よりも先のエリアにあることについての曲を書きたかった」と語っていたが、それはこの『ハムバグ』のコンセプトに近いものがあるのだ。



『Suck It and See』(2011)


2000年代後半のアークティック・モンキーズがスポンジのように吸収し続け、成長・変化続けるフェーズにあったとしたら、2010年代に入って初のアルバムとなった『サック・イット・アンド・シー』は、彼らが初めて「立ち止まった」ようにも聞こえたアルバムだった。

立ち止まり、その場で足元を深く掘り下げるように自分たちのソングライティングを見つめ直した作品であり、過去の大胆な足取りと比較すると彼らのディスコグラフィーの中で最も地味な作品であることは否めない。

しかしソングライティング主義を極めた結果、ポップ・ソング集として非常に優れたアルバムとなっているのも事実で、アレックスがTLSPとこの『サック・イット・アンド・シー』で培ったドリーミーでシアトリカルなポップ・センスは、『トランクイリティ〜』でも活かされているのだ。



『AM』(2013)


そして、デビュー以来脈々と続いてきた彼らの飽くなき探究心と発見の連続が、前作『サック・イット・アンド・シー』で再測定されたバンドのソングライティングの核とがっぷり組み合い、揺るぎなき表現体となったアークティック・モンキーズが生み出した最高傑作が『AM』だ。

自分たちの名前を冠した本作にはハード・ロックやストーナーを基調に、メタルにサイケデリック、ブルースとこれまでの彼らの歩みのおよそ全てが内包されていたし、同時にヒップホップとR&Bを大胆に導入し、これまでの彼らとはかけ離れた領域に足を踏み入れたチャレンジ作でもあった。ただし、本作の凄さはヒップホップとR&Bがギター・ロックから遠ざかるための道具ではなく、それらを全て包括できるほどに彼らのロックンロールが揺るぎないスタンダードを獲得していたことだ。

ロックのサブジャンル化、ニッチ化が急速に進んだ2010年代にあって、このアルバムによって守られたロックンロールの領域、バンド・サウンドの尊厳は計り知れないものがあったし、エディ・コクランを彷彿させるリーゼントでキメた当時のアレックスのビジュアルにも、彼らがそれを自覚的に背負っていたことが伺える。

『AM』は本国のみならず、アメリカで初めてミリオン・セールスを記録したアークティック・モンキーズのアルバムとなった。そう、『AM』はまさに2010年代のロックのユニバーサル・デザインを刻んだアルバムだったのだ。


あれから5年の歳月が流れた。『AM』のツアーが終わったとき、「あるチャプターの幕が閉じたと感じた」とアレックスは語っている。実際、『AM』はアークティック・モンキーズの最初の集大成作であり、彼らだからこそ作りえたモダン・ロックのスタンダードだった。

そしてそのスタンダードに基づいた作品を再生産するのではなく、リセットすることを選んだのが『トランクイリティ〜』だ。そしてそれが出来るのはアークティック・モンキーズしかいなかったということを、彼らのこれまでの12年間が証明しているのだ。 (粉川しの)



アークティック・モンキーズの最新インタビューは現在発売中の「ロッキング・オン」6月号に掲載中です。
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『rockin'on』2018年6月号