ベックとスティーヴン・マルクマスがコラボ新作『ミラー・トラフィック』を語る

ベックがプロデュースしたスティーヴン・マルクマス&ザ・ジックス『ミラー・トラフィック』

ベックがプロデューサーを務めたことで大きな話題となったスティーヴン・マルクマス・アンド・ザ・ジックスの新作『ミラー・トラフィック』。ベックとスティーヴンはともに90年代後半から00年代へかけてのアメリカのロック・シーンを代表するアーティストであったにもかかわらず、ふたりの活動が交錯することはほとんどなく、ここにきて初めて実現したわけだが、そうした経緯をベックとスティーヴンがニューヨーク・タイムズ紙に語っている。

スティーヴンによると、ふたりが初めて会ったのはフィラデルフィアにあるトロカデロ・シアターでのことで、ちょうどセカンド『クルーキッド・レイン、クルーキッド・レイン』からの“カット・ユア・ヘアー”がヒットしかかったペイヴメントがこの劇場に出演した時のことだそうだ。ちょうどこの頃、ベックはまだ“ルーザー”の大ブレイクの波に乗っていなかった頃で、同じフィラデルフィアでももっと小さな会場でライブをこなしていたとのことだ。

ふたりは決して「近しい義理兄弟」にはならなかったが、その後もツアーなどで出くわすことは度々あって、その都度、お互いに出していた作品を褒め合っていたとスティーヴンは説明している。特にスティーヴンはベックが自分の作品の音にかけてきた念入りな尽力を高く評価していて、「実際にどう音として鳴るのかという配慮」がすごいのだとして、「実際、悪い音質になったところがあったとしても、それは意図的なものだ」と説明している。ベックはそれに続けて「いや、意図的じゃなかったよ」と断っているが。

その一方でベックは当時のペイヴメントは「ほかの40個くらいのバンドが競って意識していたバンドだった」と語っていて、「外から見ていると、やってることが本当に楽しそうだった」と説明している。これに対してスティーヴンは「まあ、外から見ると確かに楽しそうだよね。でも、一時期までは本当に楽しかったよ」とコメントしている。

しかし、00年代に入ってスティーヴンがオレゴン州ポートランドへ移ってジックスを結成し、ベックも活動領域を広げてからふたりが接触することもなくなってしまったのだが、昨年、ベックは突然スティーヴンにもしよかったらプロデューサーをやらせてくれないかと持ちかけたのだとか。

「ある時点でふと気づくんだよね。そういえば、一緒になにもやったことなかったなあってね。なんか当たり前すぎるアイディアのように思えて、実際に実現するのに15年もかかったんだよね」とベック。

ちょうどジックスとの作業にとりかかっていたスティーヴンがバンドにこの話を持っていくと、バンドとしても外部プロデューサーを初めて迎えようかと考えていたので、バンドには前向きに迎えられたという。ちなみにこの時点でのプロデューサーの候補としてデヴィッド・フリッドマンやジェイムス・マーフィーらの名前が挙がっていたが、ジックスの面々はベックの起用を押したとか。

実際、ジックスの面々はベックの参加は『ミラー・トラフィック』のからっとした性格や音や楽器のサウンドの指向、そして、楽曲についても大きな影響を及ぼしていて、バンドだけであれば使わなかったもしれない曲をベックは蘇らせたりしたという。

「ベックは特にやっつけで投げやりに書いたような曲の多くに虜になってたみたいで」と説明するのは『ミラー・トラフィック』制作後にバンドから離脱したドラムのジャネット・ワイス。「『いや、こういうのが本物なんだよ。ぼくが狙いたいのはこういう楽曲なんだ』って言ってたのね」。

収録された15トラックは数日でレコーディングを終えたというが、このレコーディングをジャネットはこう振り返る。「確かにちょっと居心地が悪くなってくる瞬間はいろいろあって、それは『うわー、自分たちって今起きてる状況をまったくコントロールできなくなってる』っていうものだったりした」というが、こうした不確実な状況が却っていい結果を生んだと説明している。「Tシャツでスネアを覆ってみたら、どんな音になるだろうっていう、そんな試みみたいな感じかな。で、やってみたら、ものすごくいい音だったっていう」。

年末へかけてツアーを続けるジックスだが、その後の予定はスティーヴンも明らかにしておらず、ただ家族でヨーロッパに移ることを挙げている。その一方で、ベックも今後の活動について特になにも明らかにしていないが、ベテランのカントリー歌手、ドウァイト・ヨアカムのプロデュースを手がけているという。

ドウァイトはベックのことを「音楽の可能性をものすごく引き出す」としていて、いずれ大プロデューサーになるかもしれないと絶賛している。「どこか浮世離れした人物に思えるところもあるかもしれないけど、ベックの音楽に対する内省的なアプローチは、自分のやっていることにどれだけベックが情熱的に関わろうとしているのかをよく教えてくれるんだよ」。

ちなみにベックが『ミラー・トラフィック』で心がけたのは「みんなでできるだけクールなサウンドを鳴らすようにしたかったんだ。やり過ぎにならない程度にね」とのことだ。