今年リリースから20周年を迎え、デラックス・エディションとして『イン・ユーテロ』の20周年記念盤がリリースされるニルヴァーナだが、このアルバムからの唯一の、そして生前最後のビデオとなった“ハート・シェィプト・ボックス”の監督を手がけた写真家のアントン・コービンが当時のビデオ製作の状況について『スピン』誌に振り返って語っている。
ビデオは相当に物議に醸す問題作ともなったが、そもそもなぜ自分に白羽の矢が立ったのかという問いに、アントンはそれまでにも取材用のフォト・セッションで顔を合わせたことが何度もあって、自分が手がけていたエコー・アンド・ザ・バニーメンのビデオをいたく気に入ってもらえていたから、それがとっかかりになったのではないかと答えている。
さらにアントンは写真が本業なのでさほどビデオを手がけるわけではないのに、数ある作品の中でもこの話を引き受けた経緯を「この曲がすごくいい曲で、バンドのことも好きだったから、すぐにやることにしたよ」と説明している。また、ビデオのイメージの数々はカート自身がアントンに要求したものだと言われているが、こうした指示をアーティストから受けることについてはどう思うかと訊かれてアントンは次のように答えている。
「僕はいいアイディアというのは、それの出所がなんだろうといいアイディアなんだと考えるたちだから、カートがあれだけよく練ったアイディアを正確に指示してきたら、それだけのクオリティのアイディアを無視して使わないというわけにはいかなかったよ。自分たちの映像作品用にこれだけよく表現されたオリジナルなアイディアを用意してくるミュージシャンはまず滅多にいないよ。もちろん、僕にとっては少しも気分の悪いことじゃないし、そういうわけで、このビデオのアイディアのほとんどのものはカートのものだと僕は思ってるよ」
その一方でアントンが持ち寄ったアイディアはどういうものだったのかという問いにアントンは、太母神を表す巨体女やお花畑を通る道、十字架に止まった機械仕掛けの烏、作り物の蝶などは自分のアイディアだったと語り、つまりは演劇的要素を加えたものが自分のアイディアなのかもしれないと説明している。また、作品全体に関しては次のように語っている。
「なかには撮影する時にシナリオをちゃんと考えてないくだりもあって、烏の仕掛けとかも僕のその場の思いつき的なものだったんだよね。でも、あのビデオでは相当にヘヴィーなモチーフを扱っていたんだけど(たとえば木からは胎児の人形が大量に吊るされている)、僕が本当に驚いたのはMTVで検閲されることがなかったということで、それはきっとあの作品の画面の色がすごく明るくて強ったから、MTVはそれ以上のことを観ようとしなかったんじゃないかと僕は思うんだ。もっと些細なことでそれまでビデオを検閲されたことがあったから、最悪の事態も想定してたんだけど、なんにも起こらなかったんだ」
なお、このビデオにはディレクターズ・カットと実際の放映ヴァージョンとが存在することについて次のように説明している。
「違いは最後のちょっとしたところのショットをコートニーが気に入ったかどうかって話で、コートニーが選んだ方をバンドは最初に使ったんだよ。でも、ビデオが1週間びっちり流されてからカートは僕が提案していた方のヴァージョンも流させることにしたんだ。だから、たいしたことがあったわけじゃなくて、ただの好みの問題なんだ」
また、アントンは最近ではアーケイド・ファイアの最新ビデオとなる"Reflektor"も手がけている。