7月2日、ショーン・“ディディ”・コムズに対する判決が下された。「性的人身売買」や「組織的な犯罪共謀」など、有罪となれば終身刑となる重罪を含む、5つの罪に問われた裁判だ。音楽業界だけでなく、アメリカ全体が注目していたこの裁判。判決の瞬間を裁判所で見た。
約2ヶ月にわたって行われたこの裁判で、ディディは5つの罪に問われていた。中でも、終身刑の可能性がある「組織的な犯罪共謀(1件)」や「性的人身売買(2件)」などの3件の重罪については、いずれも無罪。一方で、最長懲役10年の軽罪2件「売春目的の移送」については有罪となった。最長で懲役10年が科されるが、通常の量刑では実刑でも数年と見られ、すでに約1年勾留されていることから、早期の出所の可能性もある。
この判決を受け、ディディは明らかに安堵した様子だった。最初に「組織的な犯罪共謀」が無罪と読み上げられると、小さくガッツポーズ。続いて「性的人身売買」2件も無罪とされると、傍聴席からは息を呑む音も響き、どよめきも起きた。彼は陪審員に向かって手を合わせ、「ありがとう」と繰り返し、天を仰いで祈った。
最後に有罪となった「売春目的の移送」の評決が読み上げられた後、判事が一人一人の陪審員に確認すると、ディディはそれぞれに深く頭を下げ、手を合わせて「ありがとう」と言っていた。そして、陪審員が退場したあと、これまで2ヶ月間座っていた椅子の上に跪き、再び祈りを捧げていた。
法廷を出た家族は抱き合い、涙を流し、息子は踊っていた。傍聴席にいたファンやメディアの一部からも、歓声が上がった。
ディディ側の弁護士は、重罪が無罪となったことを理由に、判決までの期間を自宅で過ごさせるよう申請。しかし判事は、彼が「依然として危険であり、怒りを抱え、飛行機で逃亡の恐れがある」として却下した。検察側に協力し証言した元恋人キャシー・ベンチュラも、この釈放に反対の意を示する書類を提出していた。
ディディの家族が法廷を去るところ。
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判決が出る直前、ディディは午前9時半に法廷に現れ、家族に向かって手を合わせて祈った。その際、私は聞こえなかったのだけど、複数のメディアによると彼は「God bless this jury. God please watch over my family(神よ、この陪審員たちをお守りください。家族を見守ってください)」と語ったという。
毎日来ていたディディの母。
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ちなみに、今日判決が出たのは驚きで、というのも、前日の7月1日には、陪審員による審議は難航していたのだ。5つの罪状のうち4つは決着がついたものの、最も重い「組織的な犯罪共謀」については「どちらの立場も説得できない陪審員がいる」との理由で結論に至らず、評決不能を示すメモが提出されたのだ。
検察側、弁護側ともに「部分的な評決は望まない」として、引き続き審議を求めていた。しかし、その翌朝には突然「評決に達した」とメモが届き、全員が再び法廷に呼び戻された。
今回の裁判における検察側の主張は、ディディが、自身の会社「バッド・ボーイ・エンターテイメント」などを通じて、性的欲望を満たすための組織的な犯罪を20年以上にわたって主導していたという構図だった。
中心となったのは「フリークオフ」「ホテルナイツ」などと呼ばれた行為。これは、元恋人のキャシーや匿名で証言した「ジェーン」がディディと付き合っていた際、2009年から逮捕されるまでの2024年に、ほぼ毎週、12時間から長い時は3日間も続けて各都市のホテルで行われていたもの。内容は恋人が変わってもいつも同じ。ディディは、彼女たちの意に反してドラッグを与え、男性エスコートとの性行為を強要。ディディはそれを見ながらマスターベーションをしていた。ディディの指示を拒否すれば、彼女たちは暴力や脅しにさらされた。また、ディディはその様子を録画し、「映像をリークする」と脅しにも利用していた。今回陪審員はその映像を証拠として見せられた。ベイビーオイルなどが大量に見つかったが、この時に使われたものだ。
この「フリークオフ」のために、ディディは従業員を使ってエスコートや、ホテル、移動の手配やドラッグの用意をさせていた。さらに、彼女たちへの暴力などの証拠隠滅も行った。それが、「組織的な犯罪共謀」に当たる。また、今回有罪となった「売春目的の移送」は、「フリークオフ」の際、男性エスコートを各地に呼んだ行為が対象。彼女たちへの暴力などを目撃し、会社を辞めたという元従業員の証言もあった。
この裁判は、最初から「非常に難しい事案」と言われていた。
理由は、「組織的な犯罪」であることを証明することが難しいこと。しかしNYの検察側はこれまで95%以上という驚異的な有罪率を誇り、今回欲を出しすぎたという見方も多かった。さらに、性的行為における、ディディと恋人の間での同意と強制における境界線の難しいこと。また彼が有名人であるための「ライフスタイル」、職場内での複雑な力関係、またトラウマなど、複雑な問題が絡んでいたからだ。#metooムーブメント以降、ハーヴェイ・ワインスタイン、ケヴィン・スペイシー、ジョニー・デップなどの裁判の後、とりわけ注目されていた。
この裁判のきっかけとなったのは、ディディがキャシーがホテルのロビーで蹴り、部屋まで引きずる様子が映った監視カメラの映像がリークされたことだった。また、短期間交際していたキッド・カディを「殺す」とディディが言って、カディの家に乗り込んだり、車が爆破された事件もあり、カディも証言台に立ったりした。しかし弁護側は最終弁論で、「キャシーはセックス好きで、ディディとの関係は、“現代の偉大なラブストーリー”だった」「すでに和解金を受け取っているので、彼女は“勝者”だ」とまとめた時は、言葉にならない怒りが込み上げた。
今回の判決を受けて、キャシーの弁護士は、「我々は、彼が何らかの責任を問われたことを嬉しく思っています。彼の人生では、これまで一度もそういうことは起きていなかったのですから」と気丈とも言えるコメントを出した。さらに、「今回の刑事手続きは、2023年11月にキャシー・ヴェンチュラが民事訴訟を起こすという勇気ある行動から始まりました。陪審員は、キャシーに対する性的人身売買については合理的な疑いを超える証拠があるとは認めませんでしたが、売春目的の輸送については有罪と判断する道を切り開きました。自らの体験を明らかにしたことで、キャシーはエンターテインメント業界と正義を求める闘いの両方に消えない足跡を残したのです」。
キャシーは、証言台に立った際、妊娠8ヶ月半だった。証言から間もなく子供も生まれ、夫と子供達と平穏に暮らしているということ。
私はこの2ヶ月、可能な限り法廷に足を運んで見ていたけど、キャシーがディディから受けた暴行があまりに酷かったこと、またPTSD(心的外傷後ストレス障害)から抜けられず、2人の子供達を残して、死のうとした証言などを聞いて涙が出そうだった。ディディにレイプされたが、死ぬまで誰にも言わないつもりだったと、体を震わせながら消え入りそうな声で語った元従業員の証言などを見て、心が張り裂けそうになったりした。しかしディディの弁護士は、彼女がインスタに投稿したディディへの「ハッピーバースデー」のメッセージを永遠に読み上げたりしたのだ。レイプされた人に、「ハッピーバースデー」とコメントするのはおかしい、と。何度もいたたまれない気持ちになり、女性たちが法廷で証言するのが、いかに勇気がいるのか、どれだけ困難かを今回痛感した。
ディディは今回超一流の弁護士を8人も雇った。1000万ドル(約15億円)は払ったと言われているが、ディディの財産からしたら何でもない額と言われている。
https://x.com/aaakkmm/status/1940568331175842070
そういえば、カニエ・ウェストがディディをサポートして現れた日もあった。
ちなみに、ディディの裁判に関連して、彼の豪華なパーティに出席していたセレブたちの「共犯性」を問う声も一部あるが、今回の裁判での焦点となったのは、あくまでディディと元恋人、そして男性エスコートの間でのみ行われていた具体的な行為に関するものだ。証言では、キャシーが一時的に付き合っていたカディやマイケル・B・ジョーダン、またそれとは別件でシュグ・ナイトなどの名前はあがったが、「フリークオフ」にディディとキャシー、「ジェーン」以外のセレブは全く関与していない。
検察側が公式声明を発表している。
「性犯罪は被害者に深い傷を残し、憂慮すべき現実として、社会の多くの側面にいまだ根強く存在しています。被害者は、心身にわたる耐えがたい虐待を受け、長期的なトラウマに苦しみます。ニューヨーク市民、そして全米の人々は、この悪しき行為が根絶され、加害者が法の裁きを受けることを求めています。」
ディディの刑期は10月初めに決まる予定だ。