夏フェスシーズンがいよいよ本格的に開始した。スペインでは最新ポップの今を詰め込んだプリマヴェーラが開催されたのと同じ週末ーー6月6〜8日、NYでは今年14回目を迎えるガバナーズ・ボールが、緑が美しいフラッシング・メドウズ・コロナ・パークにて幕を開けた。
昨年は、今年のプリマヴェーラに名を連ねたサブリナ・カーペンターやチャペル・ローンが、まさにスターダムを駆け上がる瞬間を見せてくれたが、今年もまた、記憶に残るハイライトが次々に生まれた。来日公演も決まっているタイラー・ザ・クリエイターは、最新作をひっさげ単独ツアーの真っ只中にフェスに登場。オリヴィア・ロドリゴは、なんとデヴィッド・バーンとのサプライズ共演で観客の歓声を一身に浴びた。さらにフェスのヘッドライナーとしては初登場となるホージアの貴重なライブもあり、この週末は、夏フェスシーズン開幕を高らかに宣言する3日間となった。
以下、今年のハイライトをご紹介。
1)オリヴィア・ロドリゴ、デヴィッド・バーンとサプライズ共演。
今年のガバナーズ・ボールで最も熱狂を巻き起こした瞬間、それはオリヴィア・ロドリゴとデヴィッド・バーンのサプライズ共演だったと言っていいだろう。しかも、2人が披露したのは、トーキング・ヘッズの“Burning Down the House”。振り付けまでシンクロさせて、可愛らしさとアイコニックなカリスマ性が交差する瞬間となった。こちら、その時の映像。
オリヴィア本人も、Instagramにこう綴っている。「信じられない…伝説のひとり。デヴィッド・バーンと一緒に歌えるなんて! 一生忘れられない瞬間になった!!!! ❤️🎸💋」。
彼女はこれまでも一貫して数々のアイコンと共演を果たしてきたが、今回のように可愛いで片付けられない、鋭さと完成度の高さをあわせ持つパフォーマンスは、まさに彼女の真骨頂だ。来日公演を観た人なら、それがいかに完成度の高いものか知っているはずだ。彼女があまりに当たり前に何かもこなしてしまうので、技巧の存在に気付かないほど自然体だということ。
この日も、デヴィッド・バーンを相手に完璧な振り付けをしながら、堂々たるボーカルを響かせた。それは、おそらくバーンを知らないだろう彼女の若いファンにも響く、ポップとアートの橋渡しのような瞬間だった。昨年はマディソン・スクエア・ガーデンで2万人規模×4日間のライブを完売させたが、今回はそのチケットが手に入らなかっただろう低学年の子どもたちまでもがフェスに足を運び、大歓声を上げていた。10歳未満の子どもたちからX世代まで、あらゆる世代を惹きつけるオリヴィアの吸引力が改めて証明された。フェス全体を通しても最大の観客と熱を集めたライブであり、この若さにして今のポップシーンを牽引する実力を見せつけた。
ライブ映像はこちら↓
2)来日も決定しているタイラー・ザ・クリエイター
タイラー・ザ・クリエイターは、これまでアルバムごとに強烈なキャラクターと世界観を構築し、それをツアーのステージでも見事に再現してきた。前作では、パステルブルーやピンクのふんわりした色合いを基調に、“旅”をテーマとした遊び心あふれるステージだったが、今回は一転。
『CHROMAKOPIA』では、緑と黒を基調に、マスクと制服姿、そして巨大なコンテナにタイトルを掲げるという、インダストリアルでシリアス、どこか不穏な世界観が提示されていた。
ライブ映像
アルバム全体のテーマは、派手で爆音な音像とビジュアルの裏に浮かび上がる、孤独や混乱、名声、将来への不安に揺れる30代のリアルな内面――まさに心理劇だ。この日のライブも、すでにその“クロマコピア・モード”が全開。彼は新たなキャラクターのままステージに登場し、会場は大絶叫に包まれた。「クロマコピア! クロマコピア!」の大合唱が巻き起こり、観客のタイラーへの愛も変わらず熱い。
緑の照明、濃いスモーク、激しいパイロ演出のなか、体に響く重低音が空間を満たす。新作のオープニング曲“St. Chroma”で幕を開けると、アグレッシブで爆発的、カオティックでパラノイア的な世界観がいきなり全開。そこから新作の楽曲を一気に5曲も披露するという、ドラマチックな展開も圧巻だった。
混沌の中に宿る美しさを体現したような、圧倒的なライブ。ファンもまさに“待ってました”というムードで、一字一句を合唱する。MCでは、「本当だったら今ツアーの真っ最中なんだけど、ガバナーズ・ボールだから来てやったんだぜ」と、いつもながらの愛ある悪態も健在。
後半は、『IGOR』から“NEW MAGIC WAND”、『Goblin』の“Yonkers”、そして『Flower Boy』のラブソング“See You Again”で甘く感動的に締めくくる完璧な流れ。今回はフェス仕様で全18曲、コンテナの上でのパフォーマンスだったが、単独公演ではさらに凝った演出になるはず。来日公演も、ぜひ楽しみにしていてほしい。
この日のセットリスト
3)ホージア
ホージアがヘッドライナーを務めたこの日は、観客の年齢層がやや上がっていたのが印象的だった。明らかにこの日だけを目当てに来たような新たなファン層も加わり、会場にはタイラーとはまた違ったベクトルの熱量の高い期待感が満ちていた。
「初めて僕のライブを観る人へ。実は普段はもう5%くらい良い声なんです」と冗談めかして語ったホージアは、自身とバンドメンバーの何人かがウイルスにかかっていると明かした。確かにスクリーンに映る表情には疲れが見える瞬間もあったが、90分間のパフォーマンスにその影は感じられなかった。
“Work Song”で始まり、“Cherry Wine”はアコースティックでしっとりと披露。“Someone New”や“Too Sweet”など代表曲を次々と繰り出し、敬虔なフォークロックを軸にしながらも、映像と照明を駆使した演出でフェス仕様のダイナミズムを演出。ゴスペル風コーラスが祈りのように響く場面も多く、彼の真摯な人柄がそのまま音楽に宿っていた。それでも全体としては、メインストリーム的なスケール感と開かれた表現によって、誰にでも届くパフォーマンスとして成立しており、フェスのヘッドライナーとして申し分のないステージだった。
メイヴィス・ステイプルズとの共演曲“Nina Cried Power”の前には、「心からの言葉」と前置きして長いスピーチを行い、このフェスの中でも最も政治的と言えるメッセージを観客に投げかけた。アメリカとアイルランドの公民権運動、そして現在も続くパレスチナ解放の闘争に言及し、「私たちは毎日、世界の人々のために立ち上がるチャンスがある。暴力の連鎖を生む帝国主義には『ノー』と言うべきだ」と訴えると、観客からは大きな拍手が起きた。さらにニューヨークを「とても特別な場所」と称し、善意や連帯の姿勢、人種差別への抗いをここで目にしてきたとも語った。
そしてラストは、もちろん“Take Me To Church”。6月のプライド月間に合わせて、ホージアはレインボーフラッグとピンクのレズビアンプライド旗を掲げてステージを後にし、最後まで連帯のメッセージを体現してみせた。フェスのヘッドラインは初めてと言っていたが信じられない貫禄の大トリだった。
4)その他のハイライト
ーベンソン・ブーン:
登場するやいなや、ピアノの上に堂々と立ち、いきなりお得意の宙返りを披露して観客を驚かせた。まさかこんな早々にやってしまうのかと思っていたら、「誰か、宙返りしてって言った? これが何のショーか分かってる? 僕のショーって、宙返りだけだよ?」と茶目っ気たっぷりに笑わせる。が、実際には私が確認しただけでも5回宙返りしていて、瞬きした隙にまた歓声が上がったので、きっと6回以上はしていたはず(笑)。
ライブ映像
初日のヘッドライナーであるタイラーの直前という重要なスロットでの登場。彼が現れた瞬間、会場の空気がピリッと引き締まり、フェスもいよいよ終盤に差し掛かることを感じさせた。スケール感、楽曲のクオリティ、パフォーマンスの完成度。どれをとっても数段上だった。
観客席に飛び込み、ファンとハイタッチを交わしながらラストは“Beautiful Things”。一瞬たりとも目が離せないスリリングなステージで、宙返りの連発は、そんな彼のライブを象徴し、鮮やかなアクセントを加えていたのかもしれない。
ーコナン・グレイ:
「これは、アルバムの発売を発表してから初めてのライブなんだ」と語ったコナン・グレイは、新作『Wishbone』の世界観そのままにステージへ登場。セーラー服姿で現れた彼の背後には、学芸会風(実はハイテクで動く)な“海”のセットが広がり、その上で展開されるドラマチックなファンファーレと、沈みかけた船からひょっこり姿を現す演出に、観客は一気に引き込まれた。とにかく彼がチャーミングすぎた。そして何より感動したのは、その最初のインパクトと、誰もが愛さずにいられないパフォーマンスの熱量を、最後まで一切落とさずに走り抜けたこと。結果として、昨年のサブリナ・カーペンターやチャペル・ローンのように、ヘッドライナー以外では最大規模の観客を集めたことも納得のステージだった。
ライブ映像はこちら。
観客が大合唱の映像。
ーMk.gee:
「とにかくライブを観ないとわからない」と言われるアーティストだが、この日もまさにその言葉通りだった。ギターを手にステージに立ち、そこに新しさを生み出すのは簡単なことではない。それでも、この日のMk.geeのパフォーマンスには、確かにそれがあった。
フランク・オーシャン、ジャスティン・ヴァーノン、クレイロ、ジャスティン・ビーバー、そしてこの日彼の後にメインステージを務めたタイラー・ザ・クリエイターなど、支持者やコラボレーターは枚挙にいとまがない。そんな彼について、エリック・クラプトンが「彼は、誰にも真似できないようなギターの奏法を見つけ出した」と語ったというのも頷ける。
オルタナ、ハイパーポップ、エモ、R&Bの要素を飲み込みながら、ギターの爆音、シンセのうねり、レーザーの音響効果が入り混じるサウンド。そのなかに突如として現れるポップのフックが、きらめくような瞬間を生み出していた。全身黒の衣装で登場した彼自身にもカリスマ性があったが、何より感動的だったのは、この日のステージ全体が彼独自の視点で貫かれていたことだ。
ステージ上の3面スクリーンには、ハンドヘルドカメラによる一見DIY風な映像が投影されていたが、そのカメラワークや投影タイミングは、楽曲ごとに緻密に設計された演出だった。
NYタイムズのインタビューで彼はこう語っている。「実験っていうのは、最大限のスケールでやらなきゃ意味がない。誰かが作った城に入るつもりはない。自分の仲間と、自分たちのやり方で、自分たちの城を築きたい。それが今、必要なことだと思う。そして、そこに来たいと思ってくれる人がいるなら、歓迎するよ」。
この日のステージは、その言葉をまさに体現するものだった。彼に魅せられた観客は、きっと少なくなかったはずだ。
ーマネキン・プッシー:
パンクスピリット全開のマネキン・プッシー。怒りを炸裂させながらジェンダー規範に挑み、時に笑いも交えつつ、全体としてはクールなアティチュードで観客を団結させるステージだった。
ーザ・レモン・ツイッグス:
2日目は雨の影響で開場が16時半にずれ込み、そんな中で最初に登場したのがザ・レモン・ツイッグス。観客がまだ入場途中という状況で、少人数の前からスタートし、「大歓声をありがとう」と早速ジョークを飛ばす。その良質な楽曲と確かな演奏力に、曲が進むにつれて観客がどんどん増えていった。
ーカー・シート・ヘッドレスト:
全部を観ることはできなかったが、圧倒的な人気を誇っていたのがカー・シート・ヘッドレスト。「限られた時間で可能な限り曲を詰め込む」と宣言し、新作『The Scholars』からの楽曲を次々に披露。緻密な音作りとストーリーテリング、そして強烈なフックによって、観客は“ロックオペラ”のライブ体験に熱狂していた。
ーロール・モデル:
女性ファンの絶叫がひときわ響いたのはロール・モデル。コナン・グレイが“Sally”でサプライズ登場し、キスを交わすと、会場のボルテージはさらに上昇。
これがその瞬間の映像。
ーワロウズ:
そして、女性ファンの大合唱が最も大規模だったのがワロウズ。メインステージでは途中で土砂降りとなったが、それさえもドラマチックな演出の一部となり、会場をさらに盛り上げた。
ークレイロ:
クレイロは、まるでフェスの空間を自室に変えてしまったかのような、親密なパフォーマンスを展開。長年このフェスに出演してきたキャリアもあるとはいえ、あの広大な野外で繊細な空気を作り出せる彼女の表現力には改めて驚かされた。
ータイラ:
昨年は体調不良で出演をキャンセルしていたタイラも、ついに登場。「みんな、『タイラ、パーティしたい!』って叫んで」と観客を煽り、アフロポップ、R&B、アマピアノをブレンドした彼女のサウンドで会場は一瞬にしてダンスフロアに。激しいダンスも軽やかにこなす彼女のクールさが、明るい時間帯の空気すら熱狂へと変えていった。
ーマリーナ:
アルバムをリリースしたばかりのマリーナは、80年代ダンスミュージックの影響を絶妙なバランスで取り入れたサウンドで魅了。
ライブ映像
ーフェイド:
さらに、コロンビアのスーパースター、フェイドは、巨大な3Dマスクのセットも強烈。その人気ぶりは昨年のラウ・アレハンドロを彷彿とさせた。国際的なサウンドでありながら、現代的な感性で切り込むスタイルこそが、多くの支持を集める理由だと感じた。
ーT-ペイン:
そして、ファンでなくとも絶対に楽しめるステージを作り上げたのがベテランT-ペイン。モーツァルト、カニエ・ウェスト、ジャーニーといった多彩な楽曲を自身のヒット曲にミックスし、徹底的に観客を盛り上げていた。
ーヤング・ミコ:
最後に今回初めて観て惹き込まれたのが、プエルトリコ出身のヤング・ミコ。ラテントラップ、レゲトン、ヒップホップをミックスした彼女のサウンドは、いまのラテンポップの最前線にあるもの。その中で、女性として、クィアとしての視点をしっかりと持ち、鋭い眼差しでステージに立つ姿と、そのカルチャーを祝福するようなサウンドに、熱狂的なファンが大歓声を送っていた。
皆さんも今年の夏フェス楽しんでください。