【インタビュー】オーストラリア発、新世代インディヒーロー:ロイエル・オーティス――アンセムが詰まった大注目の新作『ヒッキー』を語る


ロイエル・オーティスの新作、『ヒッキー』が素晴らしい! 先行シングル“ムーディー”や“カー”は既にSpotifyで1000万回以上の再生回数を稼いでいて、インディロックバンドとしては破格のアンセムメイカーぶりを発揮しているが、作品自体も思いきりよくポップに弾けている。ダン・キャリーが手がけたデビュー作、『プラッツ・アンド・ペイン』は思春期性全開の甘酸っぱいジャングリーポップ、という彼らの持ち味を抑制したクールな作品で、『ソファー・キングス』以前の彼らの方が好きかも……と思っていたのは筆者だけではないのは、ストリーミング上の数字でも明らかだったはずだ。翻って新作は、ファンが彼らに求めている初期路線へと意識的に修正しつつも、単なる原点回帰には終わらせず、エイミー・アレン(サブリナ・カーペンター、オリヴィア・ロドリゴetc.)のようなモダンポップを代表するソングライターとタッグを組み、アンセムの精度を増したインディポップ2.0にアップデートされているのが最高なのだ。間違いなくロイエル・オーティスの最高傑作であり、『ヒッキー』は彼らを次のステージへと連れていくことになるだろう。

(インタビュアー:粉川しの rockin'on 10月号掲載) 




●素晴らしい新作の前に、まずは最高だった初来日の話を聞かせてください。私は後ろの方で観ていましたが、後ろまで皆大盛り上がりでした。初のフジロックはいかがでした?

ロイエル(・マッデル、以下ロイエル)「フジロックでのライブは夢だったから、まさに夢が叶った瞬間だった。実はぼくは時間ができたらすかさず日本、東京に行きたいっていう感じで、下北沢が好きなんだけど、あんなにエネルギー全開のクラウドを想像してなかったし、あんなに大勢の人が観てくれるのも予想していなかったから、すごく嬉しかった」

オーティス(・パヴロヴィッチ、以下オーティス)「ぼくは初めての日本だったからちょっと驚きもあったけど、フジロックはいいフェスだったね」

●ライブでは改めて、あなたたちのケミストリーが唯一無二だと思いました。バンドのバランスも普通のギターバンドとはちょっと違いますよね?

オーティス「ライブをやり始めた頃からキーボードのティムは5、6年くらい一緒にやってる。ドラマーは二人に交代でお願いしてるんだけど、シドニーで小さなライブをやり続けているうちに今の形になってきたという感じだね。パブとかバーとかチキンウィング屋とか、とにかく小さな会場でひたすらライブをやり続けていくうちに徐々に形ができてきたんだ」

●ニューアルバム『ヒッキー』にはあなたたちの最高のインディポップアンセムが詰まっていると同時に、『プラッツ・アンド・ペイン』をさらにイノベイティブにしたような進化系ソングも詰まっている二面性が最高ですよね。

オーティス「とても気に入ってるよ。去年はかなりツアーをやっていて、ずっと移動しているような感じだったんだけど、今年に入ってからの4ヶ月はツアーがオフで、その間にレコーディングをやったんだ。その時点ではまだそんなに曲ができてなくて、デモと古い曲がいくつかあるくらいだったから、ほとんどイチから作った。あとは今回初めて一人のプロデューサーではなくて複数の人たちと作って、曲ごとにプロデューサーが違うから、そういう意味でも前作とは違う。『プラッツ〜』と比べると少しシンプルになってるんじゃないかと思う。そんなにゴチャゴチャしてないというか」

ロイエル「『プラッツ〜』は少しダークだったと思うけど、それと比べると『ヒッキー』は何というか、少し……ライブでオーディエンスにどう伝わるか、たとえば『ここのパートはフェスで盛り上がりそう』とか、そういうことをこれまでよりも考えて作っていたと思う」

●『プラッツ〜』との比較で言うと、今作でより意識したサウンド的なテーマはそのあたりだったんでしょうか?

ロイエル「そうだね、ライブでどうかっていう。それはたぶん去年すごい数のツアーをやったっていうのがあるからだと思う」

●『ソファー・キングス』までのロイエル・オーティスと『プラッツ〜』にはちょっとギャップがあって、『プラッツ〜』ではジャングリーなポップの側面は抑えめでしたよね。まずこの認識は合っていますか?

二人「そうだね」

●EPと前作の位置付けがそのような認識で合っているとして、『ヒッキー』はそのマップにどう位置付けられる作品だと言えますか?

オーティス「『プラッツ〜』の続きではないかな。どちらかと言うと『バー・アンド・グリル』とか『ソファー〜』の延長線上にあるような気がする」 

ロイエル「うん、確かに。あと間違いなくシフトはしていて、新作は、これまでよりもう少し単刀直入というか、いきなり核心を突くようなものになっていると思う。それに今回はオープンな姿勢で、初めて他の人のアイデアを取り入れたんだよ」

●“ムーディー”や“フーズ・ユア・ボーイフレンド”はロイエル・オーティスのポップセンスを別次元に進めた最高のアンセムだと思いますが、クレジットを見ると、エイミー・アレン、ブレイク・スラトキンという今日のメジャーポップの最前線にいる人たちとのコラボなんですね。彼らとやってみた理由は?

オーティス「ブレイクと、それから同じく今作でプロデュースしているオマー・フェディとも去年出会って、まずとにかく感じがよくて、話しやすくて、それに制作中もずっと根気強くぼくらに付き合ってくれたんだ。それでブレイクがエイミー・アレンを紹介してくれて、その時点では何がどうなるか全然予想していなかったんだけど、初めて彼女とスタジオに入った日に一緒に“ムーディー”を書き始めたんだ。エイミーはものすごく短い時間で曲を書く方法を知っているんだよ。めちゃくちゃ有能な人」 

ロイエル「ものすごく効率的なんだ。新たに学んだのは、とにかくアイデアに対してオープンになって、決断する前に、そのアイデアがどうなるかを最後まで見届けることが大事だということ。それは自分にとっては間違いなく学びだったね。制作中も、『このアイデアはないな』とか『これはダメだ』とかすぐに却下しそうになることが結構あったけど、続けていくうちにその最初はなしだと思ったアイデアやビジョンを理解できるようになってくることに気づいたんだ」

●本作でサウンド的なインスピレーションになったアーティストは?

ロイエル「ニュー・オーダーとか?」

オーティス「そうだね。というか特に具体的にこういうサウンドにしたいっていうのがあったわけではなくて、オープンに作りたかったんだよ。もちろん影響を受けたものっていうのはずっと変わらずあるけどね」

ロイエル「ギターのトーンに関しては常にザ・キュアーとザ・スミスを参考にしていて、ドラムマシンとドラムビートはニュー・オーダーを参考にしているんだ。でもそれは普段からそうだから今作に限ったことではないんだけど(笑)」

●歌詞は基本的にラブソングが多いと思うんですが、あなたのパーソナルな物語なんでしょうか?

オーティス「基本的にはパーソナルな経験からだけど、そこに少し加えたりしてる。“ジャズ・バーガー”なんかは、たまたま二人とも同じ時期にパートナーと別れたっていうのがあって、それで自然とラブソングになったし、意識せずにラブソングになってることは結構多いかもしれない」

ロイエル「さようならを言っている曲が多いんだ。でもたとえば“ムーディー”なんかはエイミーのアイデアが入っていて、他の誰かの物語を取り入れること自体が初めてだったんだけど、楽しかったよ」

●本作で描かれるのは、最終的にあなたが大事な何かを「失う」という情景です。これはロイエル・オーティスの表現に常に共通しているテーマでもあるように思います。なぜあなたたちは過ぎ去った日々の記憶や喪失を、甘く心浮き立つようなサウンドに乗せて歌うんでしょうか? ブライアン・ウィルソン的ですよね。

ロイエル「それはめちゃくちゃ嬉しい褒め言葉だ、ありがとう。何だろう、自然とそうなるというか、ライブをやるようになってからツアーで家にいないことが多くなって、というか二人とも基本的には家がないも同然のスーツケース生活だから、個人的にはしょっちゅう自分がどこにいるか分からない感覚に陥るし、孤独を感じるし、次にどこに行くのか、いつ終わるのか、いつ家族や愛する人に会えるのかが分からなくなったりするから、曲も自然とそういう内容になるんじゃないかな。自分が知っていることについて書くわけだから、今の自分たちが書くとなると、何かを切望したり誰かが恋しくなったり、会えなくて寂しい相手との思い出だったりになるんだと思う」

オーティス「そうだね。そういう曲を書くことで思い出とか感情を整理できたりもするから」

●“アイ・ヘイト・ディス・チューン”では《You know I hate this tune cause I think of you》と歌いますが、実際にあなたにとって過去の失恋を思い出して辛い曲があるとしたら?

ロイエル「実は“アイ・ヘイト〜”の歌詞は『プラッツ〜』のときに書いたもので、演奏は今とまったく違うものだったんだけど、ブレイクと改めてやった今の演奏が合うことに気づいたっていう曲なんだよね」

オーティス「辛いけど自らを苦しめるようについ聴いてしまうのはニック・ケイヴの“我が腕の中へ”かな」

ロイエル「おーそれか」

オーティス「あとペニー・アンド・ザ・クォーターズの“You and Me”」

ロイエル「ぼくはダニエル・ジョンストンの“Honey I Sure Miss You”。これを聴くと今も心が疼くしはっきりと思い浮かぶ人がいる。あとジェフ・バックリィの曲は全部そう」

●結成から6年、大きな状況の変化を経てなおロイエル・オーティスにとって変わらないこと、変えるべきではないと思うことは?

ロイエル「情熱と意欲。それを保ち続けるのは簡単なことじゃないから、そこは変えるべきじゃないと思う」



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