リアム・ギャラガーのソロ・デビュー・アルバム、『アズ・ユー・ワー』が見事全英初登場1位を奪取!リアムも「ロックンロールが正式にナンバー・ワンになったぜ」と喜びの勝利宣言をツイートしていたが、今回のチャート・アクションでもうひとつ注目すべきは、『アズ・ユー・ワー』の初週セールスの90%以上がフィジカルとダウンロードの売上げによるものだったということだ。このストリーミング全盛時代にあって驚くべき比率だが、CDやアナログ(ちなみにアナログ盤チャートでももちろん1位)として物理的に「手に入れたい」、「所有したい」、「長く聴き続けたい」と思わせる王道クラシックなロックンロール・アルバムであることが『アズ・ユー・ワー』の最大の魅力なわけで、それを思えば当然の結果だと言えるかもしれない。
『アズ・ユー・ワー』がリアムを中心としたソングライティング&プロダクションの「チーム」によって作られたアルバムであることは、今週の一枚でも書いた。ここではさらに具体的に、王道クラシックな傑作ロックンロール・アルバムを生んだチームの編成と、各ナンバーのバックグラウンドを検証してみることにしよう。
1. Wall Of Glass
『アズ・ユー・ワー』を生み出したチームの言わば監督的ポジションにいた人物が、ご存知グレッグ・カースティンだ。そしてプロデューサー&アレンジャーとしてのカースティンの采配が最もヴィヴィッドに冴え渡っているナンバーが、この“Wall Of Glass”。同ナンバーはリアム、カースティン、アンドリュー・ワイアット他多数のソングライターによる合作曲で、本作中でも際立ってチーム感が強い一曲。つまり、「誰が書いた曲だろうが、俺が歌えば俺の曲になる」というリアムのソロの大前提を、アルバムの冒頭で宣言する役割を果たしている曲ということだ。
「お前はワン・ダイレクション(一方向)を売りつけられた / 俺はレザレクション(復活)を信じ続ける」と歌われるように、まさにリアム・ギャラガーの復活を告げる強力なロックンロール・チューン。明快な起承転結を持つポップ・ソングであり、緻密に計算された奥行きを持つ今様な音響ナンバーでもある“Wall Of Glass”だが、そこにド迫力のリアムのボーカルが乗ると普遍のロックンロールへと一気に集約されていく。素晴らしい声、素晴らしいギター、そして熱く固いアティチュード、それさえあればいつの時代であってもロックンロールは輝けるのだとリアムは身を以て証明したのだ。
2. Bold
『アズ・ユー・ワー』にはチームによる合作曲だけではなく、リアムが一人で全てを書き下ろしたナンバーも複数収録されている。中でもソングライター=リアム・ギャラガーの現時点でのベスト・ソングと言っても過言ではないのがこの“Bold”だ。ファルセット・ボーカルと柔らかく絡むメロディはリアムの実は繊細な詩情の結晶であり、オアシスの“Little James”の昔から普遍の、彼のソングライティングの核の在処を伝えている。
ちなみにこの曲には「目が覚めると、お前の声がする / 過去を追いかける(chasing yesterday)ほどの愛なんてないって」という一節があるが、これはノエル・ギャラガーのセカンド・ソロ・アルバム『チェイシング・イエスタデイ』を念頭において書かれた一節であるのは間違いないし、「過去を追いかけても意味がない」といち早くソロに踏み出した兄に対するアンサー・ソングとも取れる。続けて「もう大丈夫だから(It’s alright now)」と歌うリアムの心境をどうしたって深読みしたくなってしまうナンバーなのだ。
3. Greedy Soul
本作のプロデューサーとしてグレッグ・カースティンばかりがフォーカスされているが、実は彼がプロデュースしたのは数曲で、大半の曲はダン・グレッグ・マーグエラットがプロデュースしている。彼はザ・ヴァクシーンズやサーカ・ウェーヴスを手掛ける若手のホープで、“Bold”やこの“Greedy Soul”も彼の手によるもの。ガレージ・ギターのラフでダーティーな質感をザリっと残したこの曲はインディ・ギター畑出身のマーグエラットならではのプロダクションで、野太いコブシを思う存分効かせるリアムのボーカルと最高のタッグになっている。ちなみに“Greedy Soul”もリアムが一人で書いた曲だ。
4. Paper Crown
本作中でも一、二を争うアコースティック系の佳曲。リアムのファルセットのスウィートな持ち味がここまで生かされきった曲も久しぶりだろう。同ナンバーはアンドリュー・ワイアットとNY出身のシンガーソングライター&俳優のマイケル・タイによる共作曲で、リアムは作曲にノータッチ。アンドリュー・ワイアットはカースティンと共にベックの新作『カラーズ』にも参加している人物で、本作でも重要な役割を果たしている。
5. For What It’s Worth
リアムとSimon Jonsの共作曲。「『アズ・ユー・ワー』で最もオアシス的な曲は?」と問われたら、100人中99人が「“For What It’s Worth”!」と応えるだろうインスタント・クラシック。たっぷり余白が取られた空間を悠々と行進するミッドテンポのグッド・メロディといい、途中でインサートされるストリングスといい、『モーニング・グローリー』に収録されていてもおかしくないようなナンバーなのだ。
「言い訳させてもらうと いつも悪気はなかったんだ」、「言っても仕方ないけど 傷つけてごめん」と歌われる歌詞が「リアムが謝罪?!誰に?!」と話題を呼んだナンバーでもある。彼が誰に対して「ごめん」と言っているのかは諸説あるが、「ゴシップ合戦の集中砲火を浴びて / 俺は戦いの目的を忘れたみたいだ / でも体の奥では今でも炎が燃えてる」という一節には、ロックンロールを見失いかけていたここ数年の自分への、リアムの禊のような心境を垣間見ることができる。
6. When I’m In Need
ミニマムなアシッド・フォーク調の前半からラウド・ギターとラウド・ボーカルがとライバルなリズムに乗る後半、そしてホーン全開のクライマックスへと育っていくサイケデリック・チューン。
7. You Better Run
たとえば“Bold”がソングライター=リアム・ギャラガーのメロディ&リリシズムの最良例だったとしたら、同じくリアムが一人で書いた“You Better Run”は彼のロックンロールの理想を再定義するグルーヴ・チューンだ。「天使よ、かくまってくれ(gimme shelter)」、「完全にめちゃくちゃ(helter skelter)だ」と、ストーンズやザ・ビートルズをさりげなく(…でもないか)レペゼンした歌詞にも注目。
8. I Get By
こちらもリアムの単独作曲ナンバーで、ヘヴィー・グルーヴのブルーズ・ロックンロール。リアムは長きにわたって「ビッグなロックンロールはバンドでなければ鳴らせない」と思っていたはずで、そんな彼がソロとしてこういう曲を一人で書き、歌えたことも意味は本当に大きいと言える。
9. Chinatown
“Paper Crown”に続きアンドリュー・ワイアットとマイケル・タイの共作曲。ひたすらビューティフル!な名曲。アコギのアルペジオのフォーキーで素朴な質感を残しつつも、後半に行くにしたがって重層的なリヴァーヴをがんがん効かせてリアムのファルセットを宙高く飛ばしていくという、シンプルのようで実はかなり大胆なプロダクションも最高。
10. Come Back To Me
リアム、カースティン、ワイアットの共作曲。“For What It’s Worth”が『モーニング・グローリー』的なオアシスを感じさせるナンバーだったとしたら、この“Come Back To Me”は『ディフィニトリー・メイビー』的オアシスを内在させたナンバー。無敵のギター・アルバム、ロックンロール・アルバムである『アズ・ユー・ワー』だが、ギター・ソロが大々的にインサートされる曲は殆どなく、これは数少ない一曲だ。
11. Universal Gleam
リアムは本作でアコースティック・ギターを数曲で披露していて、“Universal Gleam”もそのうちの一曲。8月の来日公演でも本編のクライマックスを担ったエピック・チューンで、「ユニバーサルな微光(Gleam)」というタイトルからはステンドグラスから外光が差し込む薄暗い聖堂を想起させるが、まさにそんな聖堂に響くゴスペルのようなナンバー。こちらもリアムのソロ・クレジット曲。
12. I've All I Need
最後もリアムのソロ・クレジット曲。「ひとりじゃビックな曲は書けない」とリアムは言っていたけれど、“Universal Gleam”や“I've All I Need”のようなナンバーを聴くと「なんだよ、全然書けるじゃないか!」と言いたくなってしまう。本編ラストに相応しいシンフォニックなナンバーで、ギター、コーラス、ホーンを別個のピースとして捉え、最適な位置にはめ込んでいったような流麗な起承転結が新鮮。本作においてリアムがロックンロールを唯一客体視した曲と言えるかもしれない。
ちなみに「俺は冬眠して歌う / 羽を集めながら(I hibernate and sing/While gathering my wings)」という同ナンバーの一節は、かつてダコタ・ハウスのオノ・ヨーコの邸宅に招かれた際、彼女のキッチンに掲げられていた横断幕に書かれていたメッセージなのだという。当時リアムはそれをメモっておいたそうだが、それから何年もの歳月を経て、音楽活動を一時期やめていたジョン・レノンの姿に過去数年間の自分の葛藤を重ねた時、「俺は冬眠して歌う / 羽を集めながら」というメッセージが、改めてリアムの中で特別な意味を育み始めたのかもしれない。(粉川しの)