ロッキング・オン最新号の編集後記・僕にとっての渋谷陽一

初めて渋谷陽一に会ったのは1985年、渋谷が34歳で僕が23歳、ロッキング・オン社の入社面接の時だった。それからずっと、渋谷と僕は40年の間、毎日顔を合わせ、言葉を交わし、一緒に仕事をしてきた。渋谷も僕も長期休暇を取ったことはなかったので、文字通り40年間ずっと毎日同じ空間と時間の中で過ごしてきた。どんな友達より、同僚より、親や兄弟よりも長い時間を共に過ごしてきた。渋谷にとってもおそらくそうだったと思う。

だからなのか、あれほどいろんな方々に心に残る印象的な(ときには鋭い批判の)言葉をかけてきた渋谷から、僕に対して何らかの評価や批判の言葉を受け取ったことは40年間の中でほとんどなかった。褒められたこともないし、否定されたこともない。うぬぼれて言うならば、渋谷は僕を片腕として、あるいは長年使い慣れた道具として、重宝してくれていたのかもしれない。

一度だけ、渋谷が『SIGHT ART』という雑誌を創刊して僕が勝手にブログでそれについてレビューを書いたときに「嬉しいなあ!」と声をかけられた。「山崎洋一郎にこれだけ評価されたらそりゃ嬉しいよ!」と言われた。僕もその一言が本当に嬉しかった。その一言でもう十分だった。
個人的な話でごめんなさい。(山崎洋一郎)
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