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 15:52、場内に鳴り響いていたSEが静かに姿を消す。その静寂を切り裂くように現れた、空間を引っかく繊細で幻想的な音。それは徐々に重く響くキーボードやパーカッションが加わることで肉体性を帯びていき、抽象的なイメージ世界はやがてたしかな異空間へと変貌を遂げる。そして5分後の15:57、完全に景色も匂いも変わったこのEARTHステージに、ACOが舞い降りた。1曲目“メランコリア”。地鳴りのようなアグレッシヴなパーカッションの上を、鋭く磨き上げられた氷柱のようなACOのスクリーミングが飛ぶ。ここはもう現実ではない、完全に彼女の世界だ。
 ビリビリと体に響く重低音に、かろうじて現実の自分の肉体を自覚してはいるが、意識は完全に彼女の作り出した異世界の中を泳いでしまう。最新作『irony』と前作『material』を中心とした選曲は、中盤“This Women’s Work”、“hans”、“irony”と続く。ACOの歌には、これといってイメージを強制する言葉や強いメッセージ性があるわけじゃない。だが、鋭利な暴力性と母性的な優しさが交差する、その透明で神秘的な声自体が、脳の深いところに眠っていた情景とエモーションを喚起させるのだ。心がぐらんと揺らぎ、大きな感情の流れに呑み込まれる。神経をダイレクトに刺激する電子音の効果もあって、もう自分のバランスが取れない。スタート時はまばらだった後方エリアにも人が集まり、この不思議で幸福なトリップを堪能している。
 ラストはこのステージが初披露となる新曲“忠告”。歌い終わると「ありがとう」という言葉とともに余韻に浸るまもなくサラッとステージを去ったディーヴァ。突如夢から引き戻された私は、しばらくのあいだ茫然とするしかなかった。(有泉智子)
「岐阜からきました。山嵐で燃えます!」